買い物
クレアの言葉を聞いて固まっていたルークは、クレアが困ったように笑ったのを見て我に返った。
「す、すみません!まさか、アナスタシア王国だなんて思わなくて、トランスヴァール帝国なんて言ってしまって………」
とっさに出た言葉にルークは、(あぁ、間違えた)と後悔した。
こんなことを言うつもりではなかった。
クレアは気を遣われたくないはずなのに、自分から墓穴を掘ってしまった。
今まで保っていた王子のような笑顔も崩れ、完全に焦りきってクレアの顔を見ることができないルークに、クレアは口を開いた。
「いえ、大丈夫です。誰もアナスタシア王国なんて思いませんよ。あんなに弱い国でしたし」
アナスタシア王国をバカにするような発言をするクレアの顔は、別にアナスタシア王国に思い入れがあるわけではないというような表情だった。
ルークはあっけに取られた顔でクレアを見る。
(気にしていない……のか?)
様々な思考がルークの頭の中を飛び交ったが、これ以上墓穴は掘らないと決めたルークは聞こうとしたことを全て胸にしまい、いつもの王子スマイルを浮かべた。
「すみません、取り乱してしまって。案内を続けますね」
「あ……はい。お願いします」
せっかく仲良くなったのに、また、溝ができたようとお互い感じた。
東の商品が売っている地帯からまた少し歩いていくと、西の商品が現れるようになってきた。
西の地方は北に次いで魔法が栄えている場所だからか、取り扱っている商品は生活を豊かにする魔道具や、魔法が使えない人が魔法を使われそうになった際に使う対魔術結界などの防御系の魔道具が多く売られている。
クレアは魔法使いのため、魔道具は必要ない。
しかし、専用の魔術をかけられるローブを買う必要があった。
クレアのローブは、ところどころほつれていて、真っ黒だったはずのローブが色褪せていて、相当昔の物だと見受けられるため、誰かからもらい受けたものだと推測される。
ルークは西の商品を専門的に売っている知り合いがいると言って、商店街を進んでいく。
だいぶ奥まったところまで進んでいくと、あまり繁盛していない露店にたどり着いた。
店の見た目は隅にきのこが生えてそうなほど、ジメジメとして暗く、近寄りがたい雰囲気を出している。
(さすがにこの店ではないな……)
とクレアが通り過ぎようとした矢先、
「クレア、ここが私の知り合いの露店です」
どうやらここがルークの知り合いの店のようだ。
ルークのような明るい見た目の男が立ち入るようなイメージがなかったため、クレアは心底驚いた。
「ほんとうにここであってますか……?」
「……?えぇ、確かにここですが」
なぜそんなことを聞くのかと本当にわかっていないルークを見て、クレアはルークが偏見を持たない人なのだと思った。
そんなルークが信じる人の店だ。品揃えもしっかりしているだろう。
クレアは黙ってルークの後をついていく。
露店に近づくと、ルークは売り子をしている女性に話しかけた。
「ルセ、ちょっと見繕ってもらえないかな」
ルセ、と呼ばれた女性はルークの方を振り返る。頼りになる母のような顔をした人だ。
ルセはルークの後ろにいるクレアをじっと見ると、手招きをしてクレアを引き寄せた。
ルセのもとへ行くと、ルセはクレアにずいっと顔を近づけた。
「あんた、相当な魔法使いだね。ここで買うってことは西へ行くのかい?あんたなら北のがお似合いだがねぇ」
突然顔を近づけられたことに驚いたが、クレアが魔法使いだということを見破ったことの方が、クレアを驚かせた。
本人曰く、相手の魔力量が見える『魔眼』という能力を持っているらしい。
納得したところで、クレアもルセに答える。
「私は北から旅に来てるので、北に行くと帰ることになるんです。西に行くのも、魔法を極めるというよりかは約束のためなので」
「そうかい……。北は寒さ、西は乾燥がひどいって言うからね、その分必要なもんも変わってくるさ。ここには全部取り揃えてあるはずだから買っていきな!」
「はい、ありがとうございます」
店の見た目とは違ってルセはとても気さくな人だ。
ルークと必要なものを買いながらルセの話を聞くと、この店はもともとルセの夫が経営していたらしい。
ルークも夫の方との交流が多かったようだ。
ルセの夫は西のいろんな町を訪れては商売をして地域の人と交流していて、持ち帰った商品をここで売っていたという。
昔はこの店で売り込み、他の町は2、3日くらいで離れる生活を続けてきたが、頻繁に出入りしてそれなりに身分の高い人の相手もすると、彼の商才が目に留まるようになり、店を空けることが増えてきたため、妻のルセに任せるようになったのだと教えてくれた。
ルークはルセの夫に妻を1人残すのが怖いから、と頼まれ、こうしてよく見に来るそうだ。
知る人ぞ知るという感じで今は昔なじみを中心に売っているらしい。
ルセの店は本当に品揃えが豊富で、必要だった商品がほぼ買えてしまった。新しいローブも買うことができ、順調すぎる滑り出しだ。
ローブに魔法をかけるのは他をあたる必要があると言われたため、商品を買うだけ買って、ルセの店を離れた。
店を離れたのは日の入りくらいだった。
「本当にローブを捨ててよかったんですか?」
クレアが買った商品を収納魔法で収納していると、ルークがそう問いかけてきた。
クレアはさっき、ルセの店でローブを新調した際に今まで来ていたローブを廃棄するように頼んだのだ。
ルークがなぜか廃棄に反対していたが、クレアはお構いなしに廃棄した。
どうしても納得がいかなかったようで、ルークは心配そうな顔でクレアを見ている。
クレアは少し笑ってうなずいた。
「あのローブはもともと、私をひろっ………助けてくれた方が身につけていた物で、ローブのない私が旅に出るときにどうしてもと駄々をこねていただいたんです。
あの方からは『いつかお前だけのローブを持つときがやってきたら荷物になるから捨てろ』という約束のもとでいただいていたので、こうして捨てないと怒られてしまいます」
クレアの答えにルークはまた、彼女の15歳には見えない大人びたものを感じた。