証拠 (ゼルナside)
2026.10.18 改訂、一話にまとめられると思い後ろにあった「誘導 (ゼルナside)」を削除し改訂したものをこちらへ結合
「だからッ!私はやっていないと何度も言っているだろう!!」
「うるせぇっ!!お前がテッド逃がしたのは知ってんだぞ!」
「どこに証拠がある!?他人の口から聞いた話を鵜呑みにして私を責めているのか!?」
コツ、コツ
互いに叫びあっている警備舎の取り調べ室に続く廊下で、クレアさんの靴音が響いた。
不意に取り調べ室の扉が開いて、ヒルゼ様がこちらを見て目を見開いた。
「ク、クレア?お前さんどうしてここに」
さっきまで大声を出して怒っていたとは思えないくらいにヒルゼ様が狼狽まくっている。
いつも子供に怖がられているからだろうな。
クレアさんは表情を変えることなく、ヒルゼ様の横を通り過ぎて取り調べ室に入った。
僕たちも入ろうとしたが、ヒルゼ様がため息をついて閉めたので、外(中の様子が見えるように窓がついている)から見ることになった。
大声を出して疲れたのか、メイウェル伯爵は肩で息をして下を向いていた。
クレアさんはローブの中から、手に収まるくらいの水晶玉を机の上に
ダァンッ!
と、音を立てて置いた。
急に大きな音がして顔を上げたメイウェル伯爵は、初めてクレアさんのことを認識した。
だが、何が起こるのかわかっていないようだったから、認識しているかも怪しい。
クレアさんはメイウェル伯爵に向かって笑顔を向けて口を開いた。
「テッドを逃がした証拠がないせいで、納得がいっていないみたいですね。
なら、自分の記憶に問いかければいいんですよ」
そういってクレアさんはガッ、とメイウェル伯爵の頭を掴み、水晶玉をトン、と押した。
ザ……ザザ………
その瞬間、取り調べ室にスクリーンに映し出したような映像が流れ出した。
ところどころ砂嵐が流れている。
地面が現れた。
誰かの足が見えて視点が上に動く。
「こんばんは」
「……っ、ごほっ、お前か……アメニアを攫ったのは!!」
声からして、この視点はメイウェル伯爵だとわかる。
男が笑顔で歩み寄る。
「手荒な真似はこれ以上したくないので、従っていただけませんか?」
「……何が目的だ!こいつの解放はしただろう!?手を貸すことに何のメリットがある!?」
指を指す先にいるのはテッド。
必死な声に男は怯むことなく話しかけてくる。
「膨大な借金があるそうですね?家族に隠していますが、いつまで耐えられるか……」
「なぜそれを……」
借金という話題に取り調べ室が少し騒がしくなる。
全く知られていない情報だったらしい。
「それに、私ならあなたのために貴族を味方につけることができますよ?
さあ、どうしますか?」
「……何をすればいい」
「……はは」
男は突然口元を覆って笑い、メイウェル伯爵に向き合う。
「貴方には場所の確保をお願いしたいんです」
「場所………?」
「はい。商業都市の貴族なのですから、どのあたりが人通りがいいなどには詳しいでしょう?
その知識を使って指定した日に場所を取っていただきたいのです」
「………わかった」
ザザ………ザザ……
また砂嵐が起きて、場面が切り替わる。
「ほ、本当にやるのか?鎖もついているし十分じゃないか!」
また中年近い声が流れ出した。
少しずつ砂嵐が消えていき、誰かの視点のように映像が動く。
これはメイウェル伯爵の記憶だから、伯爵の視点だ。
メイウェル伯爵がテッドの腕を握っている。
テッドが煩わしそうにメイウェル伯爵の手を払い落とすと、メイウェル伯爵は小さな悲鳴をあげながら後ずさった。
「俺のことを解放したのはアンタだろ?
今さら何を怖がってんだよ」
「わ、私は、アメリアに頼まれてっ、」
「でも、俺を利用する目的もあっただろ?」
「そ、それは………」
メイウェル伯爵の体中から汗が流れているのがわかる。
バキィッ!!
突然殴られて視界が揺れる。
メイウェル伯爵が右頬を押さえている。テッドが殴ったようだ。
「俺に逆らうな!そしたら俺もお前に協力してやるよ」
「ひぃ………」
メイウェル伯爵は腰を抜かしている自分の足を奮い立たせて逃げていった。
ブツッ
映像はそこで途端に切れた。
僕たちがポカンと見つめている中で、メイウェル伯爵の顔だけひどく青ざめていた。
「ち、違う……これは、そう!これは全部嘘だ!私を陥れるために手の込んだ映像を作ったんだ!
それを証拠と言って見せているだけだ!!
こんなの私は知らない!!!」
必死に弁解するメイウェル伯爵に未だに困惑していると、クレアさんが悪そうに口角を上げた。
「では、伯爵家の捜索をしても?」
「………はっ?」
突飛な問いにメイウェル伯爵も周りも固まった。
「今の映像が全部嘘ならば、貴方が借金を隠しているようなやましい証拠は何ひとつ出てこないはずですよね?
今すぐ捜索しても困ることなんてないはずです」
「勝手に貴族の家に入るなど────!」
「では、私が許可を出しますよ」
ガチャリと扉の開く音がして、横を見るとさっきまでいたはずのハース隊長が取り調べ室に入っていった。
いつものふざけたような笑いではない、大人びた顔つきで控えめに微笑んだハース隊長は、ルーク隊長のことを馬鹿にできないようなものを感じた。王子様スマイルというよりは紳士のスマイルを貼り付けたハース隊長が、伯爵に小さく何かを囁くと、また体勢を戻した。
先ほどまで怒りで赤くなっていた伯爵の顔は、温度を忘れたようにみるみる青ざめていった。
がくりと項垂れた伯爵は観念したように白状し始めた。
ハース隊長は満足そうに笑ってまたこちらに戻ってきた。
「一体何を言ったんですか?」
「ん?自己紹介しただけ」
悪そうな顔で笑うハース隊長の目は、怒りに満ちていた。
そこで僕はハース隊長の身分を思い出した。こういう身分の使い方は正しい……のかもしれない。
明らかになったのは次のことだった。
まず、商売の政治に関して、ハレシュ侯爵と意見が割れた。
貴族の大半がハレシュ侯爵側についてしまい、自分の意見に賛同する貴族はいない。相当焦っている中で憂さ晴らしに、と友人の付き合いでやったカジノにはまり、莫大な借金を抱えることになった。
隠し切るのも時間の問題となってきたある日、娘のアメリア令嬢がいつもより遅く帰ってきた。
そのときからアメリア令嬢は狂ったように「全知全能」「ガイア様」と言うようになり、テッドを解放するように頼んできた。
アメリア令嬢が狂った理由はわからないらしい。
前から交際していたのは知っていたため、テッドが捕まったことで精神をやられたのならこれで治るかもしれないと考えて捕まったテッドを解放。
とはいえバレたら不利益しか被らない。
カジノはやめられず借金も増えていく一方で、アメニア嬢も治ることなく帰ってこない日が増えてきた。不安になっているところへ、解放したはずのテッドが「連れて行きたいところがある」と言って現れた。
言われるがままに連れられた先で、フードを目深にかぶった男に出会う。
そこには帰ってこなくなったアメニア嬢がいて、娘のために協力しろと言われたらしい。協力すれば娘の解放、借金の帳消し、貴族の味方を増やすと言われて協力することになったようだ。
協力内容は人が集まりやすい場所の確保と設営でそれ以外は何も知らされていなかったらしい。
対価をもらうために戻ってきた小屋でテッドが魔法使いの男と、誘拐と復讐の計画を立てているのを聞いて、抜け出すタイミングができたらアメリア令嬢と逃げようと考えついた。
そして、あの映像の時間あたりを最後にして北の森の建物を去って逃げようとしたところを捕まえられたということだ。
聞いてみると、結構拍子抜けだった。
ただ、自分の不安と弱みにつけ込まれての犯行だ。この地をよりよくすることを約束した貴族がしていい行いではない。
慎重そうなメイウェル伯爵ではあり得ないことだった。
広げるだけ広げて、畳むのが下手くそな感じがして後味が悪くなった。
でも、クレアさんだけはこの事実を重く受け止めているみたいだった。
「ほ、ほら!私はすべて話した!!だから解放してくれ!!!」
ヒルゼ様は首を横に振った。
「テッドに関してはわかったが、貴族の取引や借金で不当行為をしていないか……それらが余罪に当てはまるならより詳しく聞かないといけない。だがどっちにしろ、判決が決まるまでは解放できない。
そういうわけだから、残りのことについても白状してくれるよな?」
「誘導尋問だったのか!?卑怯な奴らめ!!」
「はぁ?」
ヒルゼ様も相当怒っている。自分たちのために政治をしようとする輩にこの街の未来を託していたんだ。怒りも湧くだろう。
誘導尋問なんて変なことを言っているけど全くそんなものではない(多少脅迫だったけど……)し、ヒルゼ様の言葉はもっともだ。
伯爵はこれ以上罪が増えるのが嫌なようで、口を開かなくなった。意味のないことなのに……。
滞る取り調べをまた動かしたのはクレアさんだった。
一向に黙ったままのメイウェル伯爵に、クレアさんは冷たく問いかける。
「言えばここ部屋からは出られますよ?何を黙る必要があるのですか?」
「そ、それは………」
目をキョロキョロとさせて口をモゴモゴさせるメイウェル伯爵は、正に親に悪いことを隠そうと必死な子供だ。
中年にもなって子供のような仕草に、クレアさんは大きくため息をついた。
「早く言ったほうが娘さんのためになりますよ」
「……!?それは、どういうことだっ!」
娘の話を出した瞬間にすぐに顔を上げたのを見るに、メイウェル伯爵が娘のアメリア令嬢を溺愛しているのは本当みたいだ。
たしかに、娘さんのためになるとはどういうことだろう。
アメリア令嬢は今、「全知全能」としか言えない状態だった気がするけど……。
クレアさんはメイウェル伯爵にまた笑顔を見せて口を開く。
「娘さん、今は特定の言葉しか言っていないみたいですね。私なら、娘さんを元に戻すことができるかもしれませんが……早くしないと治せないかもしれないです」
「む、娘が治るのかっ!?」
「………はい、治そうと思えば」
目が笑っていない。
あれだけ冷たい目で見られているのに、メイウェル伯爵の頭の中はアメリア令嬢でいっぱいみたいだ。
突然、クレアさんの腕にしがみついた。
ヒルゼ様がすぐに怒鳴って引き剥がしたけど、メイウェル伯爵はまたすがりつこうとクレアさんを見ている。
「頼むっ!娘を、アメリアを助けてくれ!どんな娘でもいいが、健康になるなら早く治してくれ!」
メイウェル伯爵の悲痛な叫びが取り調べ室に響いた次の瞬間、伯爵の目の前──本当に「目」の前に鋭利な氷剣が現れた。
少しでも動けば目に刺さりそうな氷剣に、伯爵は息もできずに体の動きを止めた。
熱のこもっていない瞳で突き刺すようにメイウェル伯爵を見るため、伯爵はブルブル震えている。
「……何の代償もなしに得られるものなんてない。思い上がらないで」
突然敬語を取っ払った口調に、皆が驚いていた。
取り調べ室の壁に霜が降りているし、さすがにもう取り繕えないくらい怒っているのかもしれない。
でも、あの言い方は、自分に言っているようにも聞こえたのは僕だけなのだろうか。
「……っ、じゃあ、何でもやる!何でもやるから!アメリアを治してくれ!!」
「何でも、と言いました?」
「?あぁ、言った!何でもやる!早く治してくれ!」
自分の言っていることの重大さが分かっていないみたいだ。
でも、これで逃げられないだろう。
クレアさんはヒルゼ様よりも取り調べが向いているかもしれない。
クレアさんはメイウェル伯爵の目を見る。
「それでは、残りの真実を話してください」
「……!いや、それは、」
「治さないんですか?」
まだ逃げようとするメイウェル伯爵を、射抜くような視線で黙らせたクレアさんは、白状させることに成功した。




