違和感 (孤児院side)
2026.10.18 改訂
「ふぁ......」
クレアは昨日に続いて悪夢にうなされて目が覚めていて、寝不足気味だった。
クレアとしてはもっと寝たいのだが、悪夢を見て最悪の目覚めを毎朝迎えるのなら、寝ない方がましなのではないかと思い始めていた。
クレアが大きなあくびをしながら降りてきたのを見た若いシスターは、くすりと笑った。
「朝から大きなあくびですね。眠れませんでしたか?」
「......最近夢見が悪くて。体を動かして忘れたい気分です」
「そういえば、クレアさんは孤児院で留守番するように言われていましたね」
「そうなんです。治安が悪くなってきたみたいで」
他愛もない会話をしながら、クレアは若いシスターの家事を手伝う。
本当は昨日の夜には帰るはずだったが、何かあったようで、1日延長という形になっている。
ただ、残れるシスターは少なくて、昨日よりも少数精鋭で家事を行っていた。
「………あの蝶」
朝食を終えて、やることがなくなって自分に用意された部屋に戻ったクレアは、荷物を片付けながら呟いた。
昨日現れた黒い蝶。
クレアはあの蝶に見覚えがあった。
おもしろそうでしょ、といつも無邪気に笑っていた誰かが浮かぶ。
クレアは嫌な予感がした。
予想が当たっているなら、あの蝶は。
「今度は触れてあげないと、か」
クレアはきゅ、と口を引き結んで、荷物を詰める手を動かしはじめた。
─────────
太陽も沈もうとしてきたころ、孤児院の入り口付近が騒がしくなっていた。
備えつけられている窓から覗くと、ルークと仲が良さそうだった赤髪の男と、クレアの魔法をべた褒めした魔法使いが焦った顔で若いシスターと話をしていた。
何事だろう。
クレアは気になって部屋を出て孤児院の入り口まで行こうと階段を降りる。
「ルークが帰ってきてないかって聞いてるんだ!!警備舎にいないならここしかないだろ!?」
「隊長、落ち着いて……」
隊長、と呼ばれた男はクレアが前会ったときの笑顔はなく、理性もないくらい縋るようにルークの行方を若いシスターに聞いている。後ろについている魔法使いも焦っているが、男をなだめるくらいの冷静さを残している。
緊迫した空気にクレアは階段を降りる足が止まる。
男は魔法使いに向かって叫ぶ。
「あいつは昨日から変だった!!俺がいつもみたいに何も聞かなかったから、どっかに行ったんだよ!!」
「ハース隊長!!!」
「っ、う……はぁ…………」
後悔の滲み出た声を出すハース隊長を、魔法使いはどこから出したのか不思議なくらいの大声で諌める。
気圧されたのか、正気に戻ったのか、ハース隊長は言葉を詰まらせてその場に座り込んでしまった。
クレアはやっとの思いで足が動いて、階段を降りる。座り込むハース隊長にクレアも座り込んで話しかける。
「ルークさんがどこかに行ってしまったんですか?」
「君は…………っ、あぁ、今日の朝は一緒だったんだが、昼から姿を見ないんだ………」
「昨日の夕方から様子がおかしかったので、何かあったのかもしれないとここに訪れました。ルーク隊長は帰っていませんか?」
ハース隊長と魔法使いの質問に首を振って答えようとしたクレアは、バッと急に立ち上がり外へ出た。
昨日の黒い蝶だった。
クレアは蝶を指にとまらせた。
すると、蝶はたちまち手紙に変わってクレアの手のひらに降り立つ。
何事かとクレアを後ろから見ていた2人は、蝶が手紙に変わった瞬間、目を見開いてクレアに近づいた。
クレアは2人を気にせず、すぐに封を切って手紙を取り出す。
『こんばんは、ごきげんよう。
あなたは大事な人が姿を消したことを知った頃でしょう。あなたなら、私がどこにいるかわかるはず。
私とお茶でもしませんか?』
手紙を覗き込んだ2人は、大事な人が指しているのはルークだと思っただけだった。
あまりに簡潔な手紙に手がかりはひとつもない。
何も進みはしていないとさえ思わされる。
しかし、クレアは手紙を読み終えた瞬間に自分の顔から表情が抜けきった感覚を覚えた。それは衝撃とも、後悔とも、なんとも言えないほど白い表情だった。
瞬間、クレアは探索魔法でフレンティア全体を見渡した。
そして、手紙を読み終えてから10も数えないうちにクレアの周りで風が強くなる。
腰まで長く伸ばした銀髪が揺れる。
あまりの風の強さに目を開けるのもやっとの2人を無表情で見ながら、クレアは魔法使いの手に自分の手をのせた。
「……っ、え、何を……」
「私の魔力を覚えてください。探索魔法は使えますよね」
「1キロくらいなら精度は落ちますが…」
「十分です。ついてくるなら私の魔力を追ってください。それでは」
「……て!……こに……か!?」
魔法使いの言葉がクレアの耳に届かないほど風が強くなって、クレアの体が宙に浮き瞬く間にその場からいなくなった。
呆然とその光景を見ていたが、
「ゼルナっ、探索魔法!!」
「あっ、はい!!」
慌てて2人はクレアを追いかけはじめた。




