ハイデル先生の診察
「『シャルア』ったら私に何も言わずにここを発ったじゃない?胸が張り裂けそうな思いだったのよ?」
「……すみません」
「そう思っているなら目くらい合わせてくれたっていいじゃない。なんだか後ろめたいことがあるみたいね?」
「……………」
私は明後日の方向に向けていた視線をゆっくりとハイデル先生に向けた。
思ったとおり、ハイデル先生はにこにこと笑いながらもその銀色の瞳の奥にふつふつとした怒りを抱えていた。
そして私とやっと目が合ったかと思えば、ハイデル先生はがしっと私の顔を両手で挟んだ。
今日二回目だ。
ハイデル先生はこうして顔に触れるのと、少量の魔力を流すので体の外側からと内側からの診察を同時にしている。
時間が短縮できて楽だから同時にしているらしいけど、普通の人は同時にできるはずないから楽なのかは定かではない。
少しして顔から手を離したハイデル先生はとても困った顔を見せた。
いや、困っているというか……怒っている?
「『シャルア』」
「……はい」
諭すような声で話しかけられて、とっさに始まることを察知して背筋を伸ばす。
後ろにいるメルオンが震えているのが空気でわかる……。
「四ヶ月くらいでどうしてこんなにボロボロになっちゃうの?絞り切るみたいに魔法を使わないでって言ったわよね?」
「言われました……」
「誤魔化せると思ったら大きな間違いよ。この辺り……魔力の源の近くの魔力管がひどいことになってる。前見たときよりひどい。
また傷を増やして……本当に無理してくれるわね?診察する私の気持ちを考えたことある?」
胸の下あたりを押されて、どのあたりがよくないのかを教えながらもハイデル先生の口は止まらない。
私はただ受け入れるままに返事をするしかない。
ハイデル先生はいつも「私の気持ちを考えたことある?」と聞いてくる。
その度に考えたことはある。
今もちょっと考えてみる。
ハイデル先生の立場からすれば、せっかく治療した患者が性懲りも無くまた怪我して戻ってきた心境だろう。
呆れ……かな。
「何度か……」
「いいや、ないわね」
ハイデル先生は私の逡巡をきっぱりと切り捨てた。
ちゃんと考えたのに。
後ろでメルオンが少し笑っている気がする。
「メルオン、あなたもよ?」
「…………はい」
突然名指しされたメルオンはびっくりしたように肩を震わせてから、思い当たることがあるみたいに苦笑いをした。
メルオンもハイデル先生を困らせたなんて何があったのだろうか。
黙って二人を見ていると、ハイデル先生がため息をついてから小言を言う。
「あなたが『共鳴』で倒れたって言うのに、そのままフューエク山まで転移したと思ったら、十五人まとめて転移で帰ってきてそのまま意識を失ったじゃない?
何が何だかわからない状況であなたを診た私の気持ちをわかって欲しいわ……。大体ね、あなたは『共鳴』が強いってわかっているのだから普段から積極的に使って慣らしていきなさいっていつも言ってるでしょう?
珍しく熱まで出して意識も失ったのに、次の日には普通に仕事をしてたときの心境わかる?わからないわよね?
そんなに仕事がお友達で体が持つわけないでしょう?体力ないくせに頑張って後処理する側の気持ちにもなってよね!いい?わかった?」
「………肝に銘じます」
苦虫を潰したような顔をしたメルオンは私だけが受けるはずだった小言を見事に被弾してしまって、げっそりしていた。
どうやってフューエク山に私たちがいたのを見つけたのか気になっていたけど、メルオンのおかげだったんだ。
冬のフューエク山は魔物が活発化するために立ち入りが禁じられているから、本当は見つかるはずがない。
でもメルオンの『共鳴』─── 特定の土地の自然や動物の強い声を受け取る能力が働いて、助けられたんだ。
『共鳴』の感度が強いメルオンはたびたび体調不良を起こしていたけど、最近はちょっとなら耐えられるようになったと言っていた。
そのメルオンが倒れるくらいの強さの『共鳴』。熱まで出て倒れるなんて知る限りでは本当に少ない。
それでいて次の日から仕事に復帰するなんて、すごいとしか言えない。
話が逸れた、とハイデル先生が私に視線を戻した。
「あのね、二人とも。私はすごく心配しているの。それはきっとこの城にいる全員がそうだし、あなたたちが関わってきた人たちだってそう言うわよ。
あなたたちが無理して頑張るたびに、私たちは感謝と心配と後悔を募らせるの。『シャルア』やメルオンのおかげで助かったけど、代わりに身を粉にしていたなんて、助かってもあまり嬉しくないわ」
「別に喜んでもらわなくても、」
「そうじゃないわよ」
私が反論しようとしたところでハイデル先生はやれやれと言ったように首を振った。
無理をしているつもりはない。
いつも自分のできる範囲でできることを、全力でやろうと思っているだけで。
感謝されたいとも喜んでほしいとも思ってない。
心配も後悔もしなくていい。
私が選んだことだから、誰も苦しむ必要はない。
「………ぁ」
そこまできて、わかった気がした。
リュカオンの最後に見せた笑顔がよぎった。
……そうか、心配ってこんなにつらいことなんだ。
こんなに自分の無力さと悲痛さが染みてしまうんだ。
ファルが見せたあの表情も、きっと心配していたんだろうな。
誰も苦しむ必要はないと思っていても、私が無理をすることで無意識に苦しめてしまうことがあるんだ。
「わかればよろしい。その気持ちをちゃんと覚えておきなさい」
「はい」
ハイデル先生に促されて私は頷いた。
その様子に満足したのも束の間、ハイデル先生は少し真剣な表情になった。
「それで、顔色が悪いって言うから見にきたわけだけど……魔力が戻ってないわね」
私はブランケットの端をいじりながら俯きがちに頷いた。
やっぱり、ハイデル先生が診てもそう言うならこの状態は異常だ。
「普段の『シャルア』なら休めばちょっとした睡眠でも魔力が全部回復していた。でも今回は三日も寝たのに回復したのはほんの少し……。今はどんな症状が出ているの?」
ハイデル先生の問いかけに、私は少し間を置いた。
自分の体で感じることをちゃんと言うために感覚を研ぎ澄ましてみる。
ずっと、ぐらぐらして……寒い。
「今は………頭痛と吐き気と、寒気が」
「熱が出てたから寒気はきっとそれね。頭痛と吐き気に関しては熱のほうか瘴気関連のほうか今はわからないわね……。
診た感じは瘴気のほうだと思うのだけど」
「え………?」
耳を疑った。
瘴気の影響による症状には体が黒ずんだり魔力過多症になったりする前に、たしかに初期症状で頭痛と吐き気がある。
でも私は瘴気の影響を受けづらい体質?だから、ただの体調不良だと思っていた。
ハイデル先生も私の体質については知っているから、どうして瘴気の影響と診断するのか不思議だった。
その気持ちが感じ取れたのか、ハイデル先生は顎に手を当てながら答えてくれた。
「まだ確証があるわけじゃないわ。
私がそう判断したのは魔力管に瘴気が溜まっているからよ。あなたの魔力の大体半分くらいが瘴気になって魔力管を巡っていると言えばいいかしら」
「半分、も……?」
自分ではわからないけれど、もしかしてこの吐き気は体……魔力管の拒絶反応ということかもしれない。
体中を確認したいけど、今のごく少ない魔力ではできない。
体に私の魔力の半分くらいの瘴気が溜まっているなんて、恐ろしくてたまらない。
そんなに溜まってしまったら普通なら次の症状──肌の変色が出てくるはずなのに、なぜか出てこない。
「とにかくこんな事例……見たことないわ。
瘴気の症状をもつ患者を診たことは何度もあるけれど、状況が違いすぎる。本来は魔力管と体の各部位に瘴気が行き渡るはずなの。
でもあなたは魔力管だけ……。他の部位は弱ってはいるけれど瘴気にさらされていないの」
どうやら瘴気が影響を及ぼす場所が違うらしい。
だから肌が変色してないってことなのかな……。
フレンティアでもルクレイシアでも瘴気を近くで受けたけど、ここまで体調は悪くならなかった。
少し前までいたツィーシャではそんなに瘴気は取り込んでいないはずなのに。
何が原因なんだろう………。
ぐるぐる考えても答えにたどり着けずに顔を顰めていると、ハイデル先生が私の頭を撫でてきた。
「……不安な気持ちにさせたわね。こっちでも詳しく調べてみるから、何か心当たりがあったら教えてちょうだい、必ず」
「………はい」
まだ不安な顔をしているのかもしれない。
ハイデル先生は優しく撫でていたのに急に両手で勢いよく撫でてきた。
さすがにびっくりしてしまう。
髪の毛がすごいことになった私を見て満足したのか、ハイデル先生はメルオンに何か言うと、そのまま手を振って部屋を出て行った。
あまりに急な退場に、ぼさっとした髪も直さずにぼーっと扉を見ていると、メルオンが水を入れ直してくれた。
「……そろそろ公子様が参りますので、それまで軽食を食べてお待ちください」
「うん……ありがとう、メルオン」
なんとかして気を紛らわせようとしてくれたのかもしれない。
仕事中で限られている行動の中で入れ直してくれた水に、なんだか心配や励ましみたいなものを感じた。
【余談】
ハイデル先生は現公爵様(ファルの父)が産まれたときより前から、お城で医療系の魔法使いとして働いているプロの方です。属性は水と地で普段はいろんな薬を作られているのだとか。
年齢はハイデル先生から許可をいただいていないので言えませんが、お城では一番歳上です(見た目はとっても若々しいです)。
小言が多いのはもしかして……。




