薔薇姫様の結婚前夜
ぜひ最後まで読んでください!
長い授業を終えて、私は自室へと戻った。
結婚が決まってからというもの、ほとんどの授業が淑女としてのマナーや結婚式での作法、オーランド帝国でのマナーや礼儀についてだ。
それから、オーランド帝国の歴史も再度学びなおした。
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聖歴1359年、オーランド帝国建国。
初代国王ステラ・オーランド二十五歳での出来事だ。
当時オーランド帝国はマレリア、グロービン、サウスローズの三つの国であった。
ステラ・オーランドはサウスローズ出身だ。
十四にして軍隊へ所属、当時近隣との民族問題で戦闘中であったが、それを僅か一年で勝利へ導いたステラ・オーランドは十六で大佐となる。
二十歳で将軍となり、その頃から三カ国の関係は悪化していった。
そして、戦争となり、二十四の時。
遂に勝利したサウスローズは、三カ国を併合し、オーランド帝国として大国となった。
聖歴1432年、オーランド帝国とアストレア王国の戦争が開始する。
当時のオーランド帝国国王であり軍最高指揮官であった男が赤竜殺しとなり炎を司ったことで、関係が悪化していたアストレア王国との戦争へ踏み切ったのだ。
見事な速さでアストレア王国を壊滅へと追い込んだオーランド帝国は、アストレア王国国王を死に追いやる。
しかし……。
戦争はまさかの展開となる。
アストレア王国の王妃であった女性が、《聖女》となったのだ。
こうして戦は和平に終わる。
それからは両国は仲良くしているが、今ではアストレア王国が平和ボケし始めた。
オーランド帝国がいつ再戦を始めるか分からないだろう。
もしかしたら、目前に迫っているかもしれない。
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お先真っ暗だと思うと、結婚間近でも不安になる。
「…ダメね、薔薇姫とまで呼ばれる私がこんなメンタルじゃ」
季節は秋だ。
茶色に枯れた葉が地面に落ちて絨毯を作り上げるのが見える。
明日の朝にはきっと、庭師があの絨毯を片付けてしまうことだろう。
あんなにも綺麗なのに。
私は絨毯を再度一瞥すると、部屋の中へと戻った。
そして、ある者の名を心の中で強く呼ぶ。
──アラン。
すると、すぐに廊下の方から足音がした。
コンコン、とノックがされる。
「どうぞ」
短くそう答えると、重い扉が開かれる。
そして、一人の男が姿を現した。
扉は丁寧さのカケラもなく音を立てて閉められた。
「こんな時間に何のようだ?」
相手は薔薇姫様であるというのに臆することなく、そう馴れ馴れしく話し出す。
「結婚式に何か起きるかもしれない」
肩までの黒髪を雑に下ろした男の正体は、アラン・ローレン。
ダグラスの息子だ。そして、彼も父ダグラスと同様に暗殺者だ。とはいえまだ年齢は二十一。新人である。それでも百八十一という恵まれた体格は闘う際に有利だし、マナーという言葉など知らなそうなその振る舞いはなぜか憎めない。出張先の奥様に可愛がられる存在だ。手のかかる息子のように見えるのだろうか。
ダグラスは父専用の暗殺者だというなら、アランは私専用の暗殺者だ。
彼と私の身体にそれぞれ刻まれた紋章のおかげで、声に出さずとも心の中で呼ぶだけで簡単な内容ならば伝わる。
「へぇ、ソイツは厄介だな」
こんな夜中に私が男に会っている、となれば例え結婚前でなくとも怪しまれるのだが、アランとダグラスは別だ。
彼らの本職は暗殺者。こっそり会っていても仕方ないし、何よりも父がそれをオーケーしている。
「当日は、クレア・シーランドに注意して」
「了解だ」
彼とは生まれた時からの仲だ。
主人と執事という関係のため友達とは呼べないが、ただの主従関係でもないだろう。
そんなアランには、長い言葉は要らない。
注意して、という言葉一つで当日は誰よりも働いてくれるはずだ。
「ちなみに、当日はお兄様も来るらしいな」
いつまでも立って部屋を出ないと思えば、アランがそう言った。
お兄様、か。
「仕事が忙しいのではなかったのか」
「当日は警護をやるそうだぜ」
なるほど。
少し前に二十二歳を迎えた兄、アレクサンダー・レーランド・ファナは寡黙な男だ。
結婚式に来るというのは驚いたが、わずか二年で軍隊のナンバーツーに上り詰めたアレク兄様が警護を指揮すると聞けば納得だ。
「なら、アランの仕事は少ないかもね」
「それだといいんだがな。何せ、貴族の結婚式は使用人にも豪華な飯が出る」
アレク兄様は何でもできる器用な人だ。
才能と努力の全てに恵まれている。
アランだって、きっと勝てやしないだろう。
「さ、とっとと寝るんだな。どうせ明日も授業だろ?」
「そうね、明日は最終確認もあるし」
「それじゃ、おやすみ、アグリア様」
わざとらしく『様』をつけてアランがそう言った。
「お前もゆっくり眠ることね」
それに、主人らしい言葉遣いで答える。
「…ふふっ」
「…ははっ」
沈黙の後で同時に笑いをこぼす。
「そういや、お前の旦那はどんな奴なんだ? 《魔王》ってのは聞いたことがあるが」
思い出したようにアランがそう聞いたが、多分最初から気になっていたのだろう。
アランは話題をいつ言うか、自然と空気を読む奴だ。
「ヴィルヘイム王子は…そうね、《魔王》らしい人だわ。当日を楽しみにした方がいいんじゃない?」
「そうかよ。ま、お前が結婚する相手だからな。ヤワな男じゃねえってのは分かる。少なくとも、レオハルト殿下よりはいい男そうだ」
「そんなこと、使用人が言ってると怒られるわよ」
私はともかく、表向きはただの使用人であるアランが王族の悪口を言っているのがバレたら最悪処刑だ。
「ここに盗み聞きする奴は誰もいねえよ」
アランがそう言うなら、そうなのだろう。
「ならいいけれど」
そうしてアランは部屋を出て行った。
段々と足音が遠ざかっていくのを聞いて、私はベッドに横になる。
すぐそこに結婚式が待つなんて、まだ夢のように感じる。
そうして、眠りに落ちた。
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