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時を超える流星と幻影剣


「さて、行くか」


 クリスティア宮殿に向けて歩き出した我は、なんだか昔もこんなことがあったなと思い出した。数百年ぶりの目覚めだから、記憶が掠れている。それでもある程度鮮明に思い出せるのは、その記憶が鮮烈なものだからに違いない。


「和平交渉の日、こうしてここへ訪れて…」


 あの時は馬だったが、今日は歩きだ。本当ならばこの王都をゆっくりと観光したいところだが、生憎そんな平和な世界なら我が蘇ることもなかっただろう。


「ヴィルヘイムには迷惑をかけたな。なるべく、肉体に傷がつかないようにエレクトラを追い出さねば」


 ヨルムンガンドが吼えている。世界を震わせ、雲を開き、天空は俺のものであると主張するようにして、花開いた青薔薇を睨みつけている。


「アレが味方かは分からないが、どうも青薔薇が気に喰わんらしいな」


 白竜の《魔王》を行使して、背中に巨大な翼を生やす。ふむ、これは使いやすい。


「我も空を飛ぶことは出来たが……赤い炎の幻影より、確かな羽の方が飛びやすいな」


 オーランドの血筋に閉じ込められるようにして、代々の最強の《魔王》、つまり子孫たちの夢の中で彼らを見てきたが、どうも我より《魔王》を使いこなしている者はいないらしい。炎の強さは確かにヴィルヘイムなんかは自身に匹敵するが、使い道は広くない。


 かつての自身は、いや、今も出来るが。ハーラリオン・オーランドが《炎帝》と呼ばれた理由は、何も初めての《魔王》だったからではない。炎一つ。あらゆる種類の《聖女》を操ったエレクトラと比べれば圧倒的に不利な異能だが、しかし炎一つで事足りるほどの《魔王》だったから炎帝と呼ばれるに至ったのだ。


 つまり、火力が高いだけではない。炎の幻影を操り、翼とする。剣にも槍にも斧にも弓にも、どんな武器、どんな道具にだって炎を纏わせることが出来る。それも、宿した先の物が炎に耐えきれずに駄目になってしまうような真似はしない。無論、容赦なく火力を出せば壊すことは可能だ。そう、我という男は、火力調整が上手いのではない。何を燃やし何を燃やさないか。何に宿し何に宿さないか。無意識のうちに選択できるのだ。


 エレクトラが浮遊する。青薔薇の上で空中に姿勢を伸ばして浮かぶ姿は花の女神のようだが、黒いドレスが禍々しく、神秘性は失われていた。


「────」


 エレクトラが口を開く。何事かを言おうとしているようだが、それは普通の人には遠すぎて聞こえない。ただ、傍を飛行するヨルムンガンドと翼竜の異能によって聴覚が研ぎ澄まされている我にのみ、声は、音は、届く。


「──流星嵐(ミーティア・ストーム)


 静かな声は、リンとなる鈴のよう。誰もかれもが、と言っても軍人ばかりだが、いずれにせよ何千人という人間が王都中を駆け回っているというのに、その喧噪など何も聞こえないという不思議さ。我は確かに、女の声を聴いた。宿敵の声を聴いた。そして思い出す。


「嗚呼、そうだった」


 奴は神より直接《聖女》を賜っている。故に、全ての《聖女》を使える。

 音も、風も、植物も、炎も、水も、雷も、何もかも。


 けれどその中にも、彼女の十八番というものはある。

 それは現代社会まで語り継がれなかったようだが、それも当然だ。


「アレの得意とする《聖女》は」


 何しろ、いくら異能であると言っても、人が為した技だなんて思えない。

 行使するところを目撃したとしても、それが彼女の異能だと認識できる者が何人いるか。


「天を司ること、だったな」


 まさしく神に愛された聖女、というわけだ。


「皆の者!! クリスティア宮殿から離れろ!!!!」


 すぐに声を張り上げて軍人たちに呼びかける。が、遅かった。当然だが、異能の行使の方が速い。


 天が落ちる。空が近い。星が、迫る。


「ふん、流星群か」


 かつても一度、見たことがある。ハルラ山に流星群が降り注ぎ、クレーターのようなものが三つほど生まれた。あの時は守るべき兵がたくさんいたことと、樹々に囲まれた動きづらい環境だったために逃げる一方になってしまったが、今回は宮殿の敷地ということもあり、広い。そして民もいない。兵は逃げ始めているから問題ない。共に戦おう的なことを言っておいてなんだが、まあ、王都の周りを固めてもらってヨルムンガンドがそっちへ行こうとしたら時間稼ぎをしてもらう、くらいで十分だ。


 さて、青薔薇の上で浮かび続けるエレクトラを中心に、星が落ちてきている。何か手を打たねば、ここ王都がまるで土砂崩れにあった後のような、いやそれよりももっとひどい状態になってしまう。


 どの異能を使ったものか。黒竜や蒼竜、白竜や翼竜といった未知の異能を使ってみたいという好奇心が我の心中を支配しつつあるが……いや、それは無しだろう。


 今は、数百年の時を隔ててもう一度始まろうという戦いの最中(さなか)。その始まりの鐘を互いに鳴らそうという時なのだ。ここは互いの代名詞と呼ぶべき一撃で、再会と結末をつける機会を得られたことを喜ぶ時。


 ならば、我は赤竜の《魔王》を行使しよう。


「──破滅の枝(レーヴァテイン)


 左手に、炎が宿る。全身が燃え広がり、けれど熱くなどない。むしろ思考は冴えわたり、澄んでいく。今ならば、湖水に落ちる一枚の葉を、水面に付く瞬間に三枚に斬れるだろう。


 やがて炎は左手の拳を包み、指先に伸びて。次の瞬間、炎は指先を超えて大気へと漏れ出た。陽炎のようにゆらゆらと指先から伸びる炎は、瞬く間に真っ赤に燃ゆる一筋の線となり、また次の瞬間には大剣となっていた。太陽よりも眩い光を有する、炎の幻影剣。それこそが炎帝の証。


 実体を持たない剣は、けれど一薙ぎすれば結果を連れてくる。


 そして剣を呼び出して終わる我ではない。剣を呼んだところで、流星は止まらないのだから。


 剣を呼び出すのに三秒使った。流星は地上から百メートルというところまで来ている。だが問題ない。もう一つ。言葉を口に出せば、無詠唱でも行使できる異能はより一層イメージを強固なものとして具象化される。


「──世界の終わり(ラグナロク)!!」


 確かな声でそう叫び、同時にレーヴァテインを天に向けて一薙ぎ。


 それだけでよかった。


 今にも地上に、大地に、星に、破壊の限りを尽くそうと落下する流星群に巨大な風がぶち当たる。それは大剣が振られたことでその軌道上に発生した残影が飛来したもの。分かりやすく言えば、あまりにも大きな衝撃派。


 あくまでも幻の剣であり存在そのものは炎で出来ているが故に、目が眩むほど眩しくて高温で、重量を持たずに何処までも飛んでいく衝撃派。

 されど確かに実体を伴う剣と同じ結果を連れてくる剣であるが故に、その斬撃は、衝撃波は、流星群を相手に確実な『斬り』の一撃を見舞い、星を砕く。


 一撃が有した炎はバラバラに小さく砕けた流星たちに纏わりつき、まるで大気圏を抜けられなかった星のようにしてしまう。まさしく流星そのもの。幾千幾万もの小さな石ころが、炎の尾を纏って燃えながら大地に降り注ぐ。そして大地に辿り着く前に、燃やし尽くされて跡形もなく消えてしまった。


 遠くからその光景を見る兵士たちは、口をあんぐりと開けたまま、何も言えなかった。


「……」


「……」


 互いに、何も言わない。けれど二人の目はあった。透き通る色彩の薄い碧眼と、真っ青な夏の空のような濃い碧眼が、視線の軌道を揃えた。


 第一次聖魔戦争。その戦いの、始まりの鐘が確かに鳴らされたのだ。


先に言っておきますと、ハーラリオンの持つ剣は一つではありません。

またエレクトラが「まさしく神に愛されし聖女」なのは、天を司る=神は天界にいるとされているからです。

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