残酷な世界に一つの幸福を望めたなら
「アグリア姫、ここを出るぞ」
ヴィルヘイム王子がレオハルトを汚物を見るかのように冷たく見つめたまま言った。相手に有無を言わさない言葉だった。別に有無を言うつもりもないからいいのだけれど。
「えぇ」
言いながら考える。
──そうだわ、レーランド家はどうなるかしら。
この場には三大貴族の者がいる。けれど、レーランド家の者はいない。他国の者が来るという警戒状態のため己の軍を率いるラザフォード・ベル家は城の周りの警戒に当たっているし、レーランド家の者もまた同様に外交を司るため最初に姿は見せたもののすぐにまた会場を出て馬小屋を見張っているオーランドの兵士たちの元へ向かってしまった。厳選されて選ばれてここまで来た兵士たちだ。オーランド帝国の中ではトップに入る優秀な者たち。中には近衛兵もいる。テキトーには出来ない。いくら馬小屋の番とはいえ、しっかりとした持てなしが必要だ。
よって、この場にいるのはロックフォード・クレイ家である。
六代目当主ホラリア・ロックフォード・クレイは緑色の目を血走らせて、強張った表情をして王族の近くのテーブルにもたれている。長男レアルもまた整った顔を固まらせて、何をすることもできずに父の判断を待っている。長女アリアナは元々気が強いためか、あるいは商売人気質が強いためか。戦争になれば稼げると思ったのか何やら辺りを見回してできるだけ状況を把握しようとしていた。次男ラムルはというと、この場にはいなかった。中庭にでも出たのだろうか。臆病な性格でパーティにずっといるのは疲れるだろうし、当主と長男がいれば次男のやることなどないからな。
「出来る限り駆け回って破壊し、レーランド家の者を探すぞ」
ヴィルヘイム王子も私の家族のことを忘れてはいなかったようだ。結婚する際にも戦争になればレーランド家を保護する約束をしていたし、今がそれを果たす時なのだろう。
「えぇ……でも」
「なんだ」
「万が一、兄様に………アレクサンダー・レーランド・ファナ軍隊第二指揮官に会った時は、兄様がこちらに来ないならば、無視してください。そして、もしも…………」
自分の声が少しだけ震えているのが分かった。ヴィルヘイム王子はそれで言いたいことを察してくれたのか、それ以上私に何も言わせなかった。
銀の剣を構える兵士たちからセイラとラムロスを守るべく、花を咲かせていく。真っ赤に咲き誇る防御の花だ。異能が持ち主の感情に呼応するからか、いつになく赤い薔薇。怒りの色をしていた。それでも異能を使うべく意識と熱を集中させた指先には死んだような冷たさが集っていた。
三百六十度ではないものの、百八十度くらいは、少なくとも向かい側からの攻撃の全てを防ぐくらいには大きな花弁が完成したと同時に、私たちはジリジリと後ろに下がり始めた。ラムロスが上着の中、腰に隠していた銃を握る。装填されているのは魔弾だろう。背後を撃ち抜くと、ヴィルヘイム王子の異能である炎の威力によって壁は容易く砕け散った。
「ラムロス、セイラを守りなさい」
「承知しました。国で再開しましょう」
そのまま走り去っていく二人を見送った。敵は私たちにしか興味がないらしく、追っていく者はいない。まあ、異能を持たない者などいつでも殺せるからかもしれないが。しかしそうはならない。
「俺は撹乱を」
「私は捜索を」
そうして私たちもまた、レオハルトを睨みつけたまま後ろへと下がる。
──偉大なるリアム国王陛下とフレア王妃殿下の最期の願い、絶対に叶えてみせます。
金の双眸に、目の前で黒く焼かれた、オーランドの勇敢なる王族二人の亡骸を焼き付けながら。
二人それぞれ別の道へと向かう。ヴィルヘイム王子は城内を暴れて良い加減になったら脱出するのだろう。まあ、《聖女》がいくら居ようと今の彼の火力には誰も構うまい。心配は無用だろう。それよりも私は急がなくては。
走りながら、心の中でアランの名を呼ぶ。魔弾保持者とその異能の持ち主はちょっとしたことならば心で通じるという便利な機能のおかげで、アランに緊急事態を知らせられる。しかもこの以心伝心とでも呼ぶべき力は、魔弾で繋がれた関係の長さと心の強さが比例する。幼い頃から一緒にいる私たちは「国へ逃げろ」ということくらいはすぐに知らせることが出来るのだ。
廊下の赤いカーペットを踏み躙るようにして歩き、シャンデリアは小さな火の弾で撃ち落とす。そうするとすぐに暗闇が来て、異能を持たない兵士たちはまず灯りを取りに行かねばならなくなるのだ。
私はちょうどいいサイズのステンドグラスの窓を打ち破ると、外へ出て花びらの階段で空中に上った。宵闇の中、私の姿にすぐ気づくものはいない。辺りを見回して、電気のついた部屋を探す。一つは先ほどの会場。他は使用人たちの休憩室と自室、客人たちの休憩室、兵士の部屋、その他諸々……。
「あそこが私の部屋ね」
パーティが始まる前までいた部屋が見えた。あそこには今アランとロアがいるはず。カーテンが激しく揺れ動いている。先ほどのメッセージが通じたんだろう。今頃部屋の中ではアランがロアに危険を知らせて、ロアが怒って暴れようとするのをアランが必死に抑えているのだろう。その光景が目に浮かぶ。アランはロアと話せないけれど、ロアはアランの言葉を理解しているから一方的な会話は伝わる。あの二人(?)ならばセイラたちに追いついて国で待っていてくれるはず。
「あった、馬小屋」
馬小屋とはいうものの、大きな馬車と馬が何頭も入るようにと豪勢に造られた綺麗な場所である。すぐ真横には馬小屋の番をする兵士のために休憩所も建てられていて、一般市民の家より豪華なものとなっている。
まだ、戦闘は始まっていない様子。あの休憩所にいるであろう両親を救って、そしてこの国を出る。兄様はきっと……軍に残るのだろう。なんとなく想像がつく。でもそれが自分で決めた軍人としての在り方ならば無理に連れて行こうとは思わない。妹は、ミレイアのことはレイ王子が守ってくれることだろう。いくらレオハルトとて弟の嫁は殺せないはず。ああ見えてレイ王子は頑固なところがあるし。カレンは分からないけれど、それでもレイ王子が守るだろうし、もしかしたら両親と一緒にこの休憩所にいるかもしれない。いや、いて欲しい。
淡い願いと期待を抱いて、私は地上へ降りるとそっと高級木材を用いた休憩所のドアを開いたのだった。




