表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

後宮の太陽と侍女

この話は「ハーシェリク 転生王子と憂いの大国」の一部店舗の初回特典です。

次巻の発売記念及び、以前より「初回特典が手に入らなかった」「公開はしてもらえないか」というお問い合わせがあり、担当さんの許可を得て掲載いたします。


またこれは特典用SSの無修正版です。

そのため文字数制限があった書店特典よりもエピソードが多いです。

そして担当さんや校正さんのチェック前のものなので、一部誤字脱字があるかも(というかあるだろう)かもしれません。ごめんなさい。また見つけ次第修正します。

それでは楽しんで頂けたら幸いです。




 北の大国グレイシス王国。

 その王城で働く侍女たちの休憩室と繋がった小部屋に呼び出されたのは、メリアという名の侍女だった。


 王国ではよく見かける茶色の髪を後頭部で団子にして束ね、同色の瞳は大きく、身長も大きすぎない男性の庇護欲を掻き立てる容姿の年齢は十八歳、今年城へと務めることとなった一年目の侍女である。

 そんな新米の侍女メリアは、その上司である侍女頭が呼び出された。

 見るからに不機嫌な侍女頭は放った言葉に、メリアは大きな茶色の瞳をさらに開く。


「私が、ですか?」


 メリアはつい問い返し、神経質な侍女頭は彼女の言葉に柳眉をはねあげる。


「そうです。あなたは本日より後宮付きとなります。」


 そう言って侍女頭が差し出した書類を、メリアは慌てて受け取った。メリアが書類を確認すると、確かに自分の名と後宮付きという辞令、そして国王の直筆の署名があった。


「配属後に関しては、現場の指示を受けるように。ではすぐに宿舎の移動の支度を……返事は?」

「は、はい!」


 メリアは侍女頭の言葉に慌てて深くお辞儀をし、部屋を辞した。そして急ぎ城内にある宿舎の自分の部屋に戻ると、荷物を纏め始める。

 手を動かしつつもメリアは酷く混乱をしていた。


(私が、後宮付き? 本当に?)


 何度も何度も己の中に問いかけ、その都度机の上に置いた辞令をみる。しかし何度見ても書類に書かれていることは違わず、己の配属先が後宮になるということが記されていた。


(なぜ、平民の私が?)


 後宮とはこの国の頂点である国王と妃、そして王子王女たちが住まう場所。そのため、そこに仕える者も一定の身分が必要とされた。少なくとも爵位のある貴族の令嬢でなければ、後宮へは配属されない。さらにいえば王城でさえ、メリアのように平民の女が侍女として働くことも稀だった。


 だからだろう、メリアの職場環境はお世辞にもいいものとはいえない。


 職場では同僚の侍女たちのほとんどは、貴族の令嬢か、裕福な家庭出身。対してメリアは、学院を学費免除の奨学生で卒業した貧乏人だった。

 出身は王都より離れたルゼリア伯爵が治める領地。大地も痩せ、特産もないその領地では、細々と畑を耕すしかなく、清貧を心がけた生活を心がけても、日々の暮らしは厳しかった。

 メリアは少しでも両親の助けとなるべく、領主であるルゼリア伯爵の後見のもと学院へ入学、奨学生として卒業し、出稼ぎのためそのまま王都へと残った。そこで運よく採用されたため、王城の侍女として働いているにすぎない。


 本来なら入城することさえ叶わぬ身分のメリアと、貴族や裕福な家庭の令嬢たちとの間に、隔たりができるのは必然だった。

 学院時代も貴族達から見下され、蔑まれていたから、城勤めなればこうなることも予想がついていた。

 陰口や仕事を押し付けられたりするのはまだよかった。仕事を邪魔されたり、ミスを擦り付けられたりするのは堪えた。働き始めて一か月は、毎夜枕を涙で濡らしたが、それでも故郷の両親のために歯を食いしばり耐えた。


 なんとか仕事にも、一部の同僚の陰湿ないじめにも慣れたころ、まさかの後宮付きの辞令である。


 支度をする手先が震えた。気がつけば体も震えていて、メリアは震える手で己の身体を抱く。その震えが寒さからではないことをメリアはわかっていた。

 働き始めてまだ短いが、ここが恐ろしい場所だと身をもって理解していた。


 同僚たちからの虐めだけではない。侍女であるメリアは王城の様々な部署を訪れる。すると貴族や高官達のやりとりが聞こえてきてしまうこともあった。それは仕事のやりとりだけではない。


 とある貴族が高官になにか耳打ちをしていた。その数日後、ある官吏の不正が露見し、兵士に連れてかれた。後日、その官吏は真面目な者だったが、それが仇となり貴族に目をつけられ、濡れ衣をきせられたのではという噂をメリアは耳にした。

 同僚が貴族に無理やり手籠めにされ、訴えることもできず、泣く泣く城を後にしたこともあった。

 役人が上司へと金銭を渡す場面や、貴族が役人を威圧する場面も、メリアは何度も目撃している。


 だがそのすべてが明るみに出ることはない。それがこの城では『日常』だった。


 メリアは恐ろしかった。国の心臓とも言える王城の現状にも、これから向かう未知な職場にも、そしてすべてを諦め受け入れ始めている自分にも。


 しかしメリアはこの職を手放すことは出来ない。王城の侍女の給金は、老いた両親に仕送りするためには必要だった。生きるためには金が要る。金を手に入れるためには働かなければならない。金のためにこの職を続けるには、その『日常』を見て見ぬふりをするしかない。

 メリアは、すべてが恐ろしくてたまらなかった





 メリアは最近国王に見初められ後宮に上がった、平民の出の側室と対面した。


「メリア、この方が本日よりあなたの主となるお方です。」


 後宮の侍女頭にそう言われたとき、メリアは挨拶をすることも、お辞儀をすることも忘れ、ただその姿を見入った。

 輝かんばかりの金色こんじきの髪、生気溢れる髪と同色の大きな瞳、肌は穢れを知らぬかのように白く、頬は薄紅に染まり、体躯は触れば壊れてしまうかのように華奢……国王の寵愛を一身に受ける可憐な姫が、メリアに慈愛に満ちた微笑みを向けていた。


「よろしくね。」

「メ、メリアでございます。精一杯お仕えさせて頂きます!」


 鈴が転がるような声が耳に届き、メリアは慌てて言葉を紡ぎ、頭を下げる。

 メリアは頭を下げたまま、脳裏に姫の姿を思い浮かべる。そしてまるで太陽のようだ、と思った。金の髪や瞳もそうだが、まるですべてを包み込むような慈愛に満ちたあの微笑みは、分け隔てなく世界を照らし、万物に恵みを与える太陽のようだと。

 ふとメリアは己の手をみる。この場にくるまでみっともないほど震えていた手は、止まっていた。そして陽射しを浴び温まったかのように、体温を取り戻していた。


 それからメリアは、太陽のような可憐な寵姫に仕えることとなった。だがその可憐な寵姫は、実は破天荒な寵姫だったことを、メリアは仕えてすぐ知ることとなる。





 時は正午から二時間ほど過ぎたころ、メリアは後宮の廊下を早歩きで進む。駆け出したいことを堪え、咎められない程度の速度で向かうは後宮の厨房だった。

 厨房に入室しあたりを見回すと、昼が過ぎ片づけを終えたその場所には、人はほぼいない。


 だが厨房から普段から口数の少ない、そしてなかなか強面の料理長がメリアへ向けて、射殺さんばかりの視線を向けていた。否、人を殺しそうなその視線は、実は困惑をしているということをメリアは知っている。料理長と視線で会話できるほど、メリアは彼と何度も顔を合わせていた。


 料理長が視線をメリアから動かす。その先には小柄な影が動いていた。その存在にメリアは深く、深くため息を漏らすと足早に駆け寄る。その足音に気が付き、影が振り返った。

 振り返った影……国王の寵愛を受ける可憐な姫は、金色の髪とのような輝かんばかりの笑顔を、己の侍女に向ける。


「あ、メリア! もう少し待っていてね。今日は乾燥させた果実を入れたクッキーを焼いてみたの。お茶は何があうかしら?」


 そう言うと寵姫は視線をオーブンへと戻す。あたりには芳ばしい香りが漂い、それが目の前の姫の言葉を真実だと証明していた。

 メリアはクラリと眩暈を覚える。なぜ、国王の寵姫である彼女が、厨房でクッキーを焼いているのか。思わず額を抑えたメリアに、料理長が射殺さんばかりの視線……ではなく、同情の視線を向けていたが、メリア本人は気が付かなかった。


「待っていてね、ではありません! そのようなことは私がやりますから!」

「城にくるまでは全部自分でやっていたもの。急にやらなくなっては、逆に調子が悪いわ。」


 メリアが何度目かわからない言葉も、姫は暖かな微笑みを浮かべて右から左へ受け流す。

 その言葉にメリアは眉間に皺を寄せた。


「ですが……」


 だがその先の言葉をメリアは口にすることができなかった。


 本人が言うとおり、彼女はメリアと同じ平民の出だった。とはいっても裕福な商家の生まれだというが、それでも爵位を賜った貴族ではない。

 そんな彼女を、一部の貴族たちは『王を誑かした卑しい女』とさげずんでいた。

 もし侍女がするようなことをしていれば、その言葉を肯定することとなる。メリアは自分が仕える寵姫が、周りにそう言われることが苦痛だった。


 そんな心情のメリアを察して、彼女はオーブンを見つめたまま言う。


「言いたい人には言わせておけば? 私はソール……陛下のお傍に居られるだけで幸せよ。」


 極上の砂糖菓子を含んだような、甘く幸せに溢れた言葉だった。

 そう言われてしまえば、メリアはそれ以上なにも言えなくなってしまう。

 料理長が部下に呼ばれ出ていき、厨房には鼻歌を歌いながらオーブンを見つめる姫と、その背中を戸惑いの表情でみるメリアが残された。


「……なぜ、私を選んでくださったんですか?」


 鼻歌を歌い楽しそうに体でリズムを刻む彼女に、メリアは以前から思っていた疑問がぽろりと零れ出た。


 メリアは新人で、その上平民だ。もちろん彼女とも面識はなく、なぜ自分が後宮付きに抜擢されたのか、今でもわからない。

 ただ後宮付き……しかも寵姫付きになったおかげで、貴族たちに怯えることも、同僚からの虐めも、両親への仕送りも心配することはなくなった。


「あなたがとっても働き者だからよ。」


 俯いてしまった自分の侍女と向かい合い、彼女は言った。


「え?」

「後宮に入るとき、陛下に侍女を選ぶようにと言われたの。私は必要ないって言ったんだけど、さすがにそれは許してもらえなくて……だけど、どうしても最初に会った人たちとは、うまくいかなくて。」


 当時を思い出して、寵姫は苦笑を漏らす。

 その言葉にメリアは察した。侍女は本来貴族の令嬢たちだ。令嬢たちは自尊心が高く、王の寵姫といえど平民出の彼女に仕えることをよくは思わないだろう。


「だから陛下にお願いしたの。自分で探させてくださいって。」


 その言葉にメリアは目が点になった。そんな彼女に、寵姫は言葉を続ける。


「うふふ、こっそりと侍女に変装して城内を歩くのは、とっても楽しかったわ。」


 当時を思い出したのであろうご機嫌な表情をする彼女に、唖然とする。そんなメリアに寵姫は言葉を続けた。


「そこであなたを見つけたの。」


 一生懸命に働くあなたを見つけたの、と寵姫は微笑む。


「私、メリアのこと大好き。」


 その言葉にメリアは自分の頬が上気していくことがわかった。そんな彼女に、最上級の微笑みを向けた寵姫は、ふとオーブンに視線を向ける。


「あ、そろそろ焼けたみたい! メリア手伝って。妃の皆さんのお茶会にもお出ししようと思うの!」


 手作りクッキーを高貴な妃たちのお茶会に出すという寵姫の言葉に、メリアは我に返るのだった。

 まさか不敬と罰せられるのでは、と心配するメリアを余所に、寵姫の手作りクッキーは大好評だった。


 それからも破天荒な寵姫の、型破りな行動は止まらない。


「こちらでしたか!」


 メリアが勢いよく扉を開けると、侍女の服を着て楽しそうにシーツを畳む寵姫がいた。


「えーいいじゃない、メリア。」

「よくはありません! 洗濯など……!」


 シーツを取りあげるメリアに、寵姫は愛らしい唇を尖らせてむくれる。


「メリアのケチ! イケズ!」

「ケチでもイケズではありません!」


 ぷりぷりと怒る侍女に、寵姫は楽しそうに笑うのだった。


 時にはこっそりと侍女に扮して王城の掃除をし、時には庭師とともに後宮の花壇の手入れをするのは序の口だった。疲れた国王を癒すべく、幽霊を連想させるおどろおどろしい化粧して出迎えたりもした。侍女の姿で官吏や役人の仕事を手伝ったあと、夜会で正体を暴露したり、貴族たちの嫌味をものともせず、逆に言い負かしたり……というという本人にしてはちょっとした悪戯、周りしたら大迷惑な暴挙を引き起こす。

 その都度メリアは巻き込まれ、周りから同情をされた。





 その日も容姿は可憐だが中身は破天荒な寵姫は、メリアの顔を真っ青にした。

 場所は後宮の中庭。メリアが見上げる先は、ドレスを着たまま木によじ登った寵姫だ。


「お、降りてください!」


 メリアは悲鳴じみた声を頭上に投げる。だが寵姫は、慌てふためく侍女の言葉に余裕の微笑みで答えた。


「雛を巣に戻してあげるだけだから大丈夫!」

「危ないです!」

「大丈夫だって!」


 なにが大丈夫なのか! とメリアは木の下で慌てるが、そんな侍女を尻目に寵姫は雛を枝の先の巣に戻すと、ピヨピヨと囀る雛を眺める。

 そんな彼女達に、背後から近づく者がいた。


「君はいつも予想外なことをするね。」


 苦笑いをしているだろうと想像ができる声音に、メリアが振り返り、慌てて頭を下げて脇へと退いた。

 現れたのはグレイシス王国第二十三代国王、ソルイエ・グレイシスその人だった。

 月の光を集めたようなプラチナブロンドが、寵姫を見上げると肩を流れ、極上の翡翠のような碧眼が愛おしい人を映した。三十代だというのに、二十代前半にしか見えない美貌の国王は、寵姫の登った木に歩みよると、頭三つ分高い位置にいる寵姫に両腕を差し出す。


「降りておいで、私の可愛い人。」

「ソール!」


 その言葉に寵姫が満面の笑みで腕に飛び込むと、国王の首に抱きついた。ふわりと金色の髪がゆれ、愛する人の銀に近いプラチナブロンドと交差し、まるでそれが一枚の絵画のように美しかった。


(ずっと、このまま続けばいいのに……)


 その光景を見て、メリアは思う。

 寵姫は確かに行動が破天荒だった。ひやひやはするが、決して気分を害するものではない。皆が苦笑しつつも、つい受け入れてしまっていたのは、寵姫の人柄のせいだった。


 後宮付きの侍女頭が言っていたことを思い出す。寵姫が後宮にきてから、王城の雰囲気が柔らかくなったのだと。それは侍女頭だけでなく、後宮で働く者たちも、同意見だった。そして後宮だけでなく、王城で働く者たちもその変化を感じ取っていた。


 働く者たちだけでなく、妃や王子王女たちも変化があった。

 寵姫が現れるまでは、どこか憂い気な雰囲気だった妃たちの表情が明るくなり、寵姫を実の妹のように可愛がった。王子王女たちも、寵姫を実の姉のように慕い懐いた。

 寵姫はそのすべてを受け入れ、本当の家族のように皆を愛した。


 いつの間にか破天荒な寵姫のことを皆はこう呼ぶようになった。


 王城を照らす暖かな陽射し……『後宮の太陽』と。





 メリアが後宮に仕えるようになって一年以上が経とうとしていた。

 雪がちらつく天気の後宮の一室、寵姫の部屋でメリアは主のために用意した毛布を手に、窓際のソファで編み物をする主に話しかける。


「お加減はいかがですか? 寒くはございませんか?」


 その声に寵姫は編み物の手を止めると己の侍女を見上げ、出てきたお腹を撫でながら微笑みを称えて答える。


「大丈夫。メリア、妊娠は病気ではないんだから。」

「ですが……」


 心配しすぎ、と苦笑を漏らす寵姫。だがメリアの不安は消えない。

 性格も行動も破天荒な寵姫。だが実は、その身体は生来丈夫ではない。季節の変わり目には必ずといっていいほど体調を崩し、常人なら大したことのない軽い風邪でも一週間は寝込むなど、寵姫は性質とは裏腹に、そして容姿の通り体が丈夫ではなかった。

 そのため妊娠も身体の負担が大きいと言われていたが、寵姫は持ち前の明るさで大丈夫だと断言していた。


「私は大丈夫よ。この子も大丈夫。」


 メリアを安心させるように寵姫は言い、何度も腹を撫でる。返事をするかのように腹の内側から蹴られ、寵姫の微笑みは深まった。


「……ねえメリア、もし私に何かあったら、この子をお願いね。」


 その言葉にメリアははっとする。だが寵姫はいつもと変わらぬ微笑みを浮かべていたため、メリアは何も言えなかったが、嫌な胸騒ぎがした。


 そしてその胸騒ぎは、現実のものとなる。

 臨月を迎え、予定日より早産になった寵姫のお産は難産だった。なんとか子は生まれが、難産は寵姫の命を削り取った。元々体も丈夫でなかったことが災いした。出産を終え力なく横たわる寵姫に、医者も首を横に振る。


「……メリア。」


 国王へ報せを送っている間、部屋の隅で動けずにいたメリアを寵姫が呼ぶ。メリアが恐る恐る近かづいてきたことを視界の端に捕えた寵姫は、言葉を紡いだ。


「約束、覚えてくれている?」


 言葉と同時に弱々しく差し出された寵姫の手を、メリアは握る。もしかしたら寵姫はこうなることを予感していたのでは、と嫌な考えがよぎった。血の気の引いたメリアに、寵姫はいつも通り微笑む。


「この子をお願い、ね。」


 寵姫の言葉に、メリアは涙を流しながら頷いた。


 それからすぐ国王が、そして妃たちもその王子王女たちも駆けつける。寵姫は彼らに弱々しくも、だがそれでも安心させるように微笑んだ。

 国王、妃たち、そして王子王女たちはもちろん、城内にいる寵姫を慕っていた者たちは寵姫の回復を神に祈った。しかしその祈りは神に届かず、数日後寵姫は天の庭へと旅立っていった。


 後宮から太陽は失われた。






 それから月日は経ち、寵姫が命を賭して産んだ子はハーシェリクと名付けられ、メリアが乳母となった。


「メリア、メリア、これはなんてよむの?」


 メリアのスカートの裾を引っ張り、ハーシェリクは身長差から見上げながら本を差し出した。


 父と母の髪の色を足して割ったかのような淡い色の金髪、父親譲りの翡翠のような碧眼、母親譲りの愛らしい顔立ちの第七王子ハーシェリク。


 彼は三歳の宴を終えてから勉強熱心だった。つい先日も絵本を片手に読んでほしいとねだられた。今回も絵本だろうかとメリアはその本を見て、目を見開く。それは大の大人でも敬遠しそうなほど分厚い、グレイシス王国の歴史書だった。

 メリアは動揺しつつも、ハーシェリクに質問に答えると、ハーシェリクは寵姫に似た笑顔を向ける。


「ありがとう、メリア!」


『メリア、大好き!』


 王子の笑顔が寵姫の笑顔と重なり、メリアは溢れてくるものを必死に抑える。


 かつての寵姫と同じように、ハーシェリクが窓際のお気に入りのソファに戻っていくのを見送り、メリアはお茶の準備をする。

 穏やかな時間だった。この場に寵姫はいないけど、ハーシェリクと過ごす日々は穏やかで、かつての主と共にいるような錯覚をする。


(ずっとこのまま何事もなければいいけど……)


 茶葉をポットに入れ蒸らしつつ、メリアは内心呟く。


(だけど……)


 思い出されるは先日届いた従弟からの手紙。

 故郷の領主であるルゼリア伯爵が死罪となり、その後赴任した新しい領主により、故郷は苦しい状態に陥っていると。

 両親からの手紙には一切書かれていなかった。両親は心配かけまいとしたのだろうと、メリアは簡単に予想できた。


(どうすればいいの?)


 メリアはどうすればいいかわからない。両親を助けたいと思う。しかしその方法がわからない。


「メリア? どうしたの?」


 動きを止めている乳母にハーシェリクが首を傾げて声を投げた。メリアはなんでもないと首を振り、蒸らし終えたポットを手に取りカップにお茶を注ぐ。

 カップに注がれたお茶の湯気が、まるでメリアの心情を表すかのように不安げに揺れた。






 後宮の太陽と侍女 完


ということで憂いの大国特典用SSでした。

ハーシェリクが生まれる前の話で、元々はソルイエと寵姫のラヴな話を書きたいな、と思ったのが始まりでした。あと本編読む前でも世界設定が伝わればいいな、と。

気が付いたらかなりのシリアスとストレス展開になってましたが(酷

「特典だけど暗い話になった。まあいっか!」と担当さんに送りつけた次第です。

そして寵姫の行動がハーシェリクと通じるものがあるという……おかしい、なんでコウナッタ(遠い目


ちなみに担当さんから言われた文字数を余裕で2000文字をほど超過し、「これでは文字数が多すぎて、ペーパーの文字が小さくなって読めなくなっちゃいますよ!」と言われ、泣く泣く(といっても自業自得)削ったものです。

書いてて楽しくなってしまって、小ネタを詰めすぎました。

ただせっかく書いたので、今回アップしました(ちゃんと担当さんには許可もらってます)


ソルイエと寵姫ネタはいろいろあるので、また機会がありましたら書いてみたいです。

それでは楽しんで頂けたら幸いです。


2016/9/10 楠 のびる

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ