第二王子と第五王子の語らい
時期は転生王子と白虹の賢者の、第二章後くらいです。
ただ白虹の賢者の盛大なネタバレのため、賢者読後をお勧めします。
ツイッターでの『#小説書く人向けRTされたら晒す』での
20RT達成でSSプレゼントということで、陽阿様からリクエスト頂いた『落ち込むウィリアム』という単語から、ビビっときた二人の兄弟の語らいです。
「ウィル兄上、そろそろうっとうしいんですが?」
ベッドの上で、背中にクッションを置いて上体を起こした少年は、ラベンダーのような雪藍色の軽くウェーブパーマの髪を揺らしながら、そう言い放った。
彼の名はユーテル・グレイシス。グレイシス王国の第五王子である。
ユーテルの視線の先には、父譲りのプラチナブロンドを緩く三つ編みにした同腹の兄、第二王子のウィリアムだった。
教会の大司教ヘーニルが、ユーテルの治療を終えて退室したあと、部屋に残ったウィリアムは眉間に皺をよせたまま、用意された茶も飲まず腕を組んで、椅子に座って微動さえしない。
ウィリアムに、ユーテルは胡乱な視線を向けている。
「ユーテル」
ウィリアムは抑揚のない冷気を帯びていそうな声で弟の名を呼ぶと、眼光鋭く睨み返した。
同じ深い青色の瞳が交差する。
もしこの場に第三者がいたのなら、ウィリアムの声と視線に震えあがっていただろう。
だがそんな兄の声音をユーテルは、一度肩を竦めただけで、ため息を漏らしながら口を開く。
「何度目ですか? ハーシェリクに怖がられて落ち込んで、部屋に居座るの」
ピクリ、とウィリアムの眉が動いたが、ユーテルは気にせずに言葉を続けた。
「毎回眉間に皺を寄せて、無言で落ち込む姿をみせられる身にもなってほしいです」
ユーテルの言葉に、さらにウィリアムの眉間に皺が濃くなる。それがユーテルの言葉を肯定していた。
「だいたい、兄上が悪いんですよ」
無言な兄に追い打ちをかけるように、ユーテルは言葉を続ける。
「仕事のときは、老若男女問わず余裕でおとす麗しい外面なのに、家族に対しては無表情って、どんな内弁慶ですか」
そしてわざとらしく、大きく息を吸いこんで、ため息を漏らす。
「しかも心配すればするほど表情筋が凝り固まって、無表情に拍車がかかるし……ハーシェリク以外は、兄上のことがわかっているから問題ないですが」
器用なのか、不器用なのかはっきりしてほしい、とユーテルは言った。
そんなユーテルに、ウィリアムは苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
「……容赦ないな、ユーテル」
そういいつつウィリアムも自覚はあった。
冷やかで人を見下しているような印象を与える顔立ちのウィリアム。元々感情を表情に表すことが苦手な上、喜怒哀楽の感情は表情に現れて、もその変化が他人の比べで微か。
そのため、陰で薔薇の君と呼ばれる第一王子マルクスに対して、冷めた美貌のウィリアムは氷華の君と呼ばれることもあった。
だが外交や公務の場では、相手に悪印象を与えるわけにはいかない。マルクスが軍事関係にいくなら、補佐する自分は外交を決めていた。そのため、ウィリアムは仕事限定だが、何重もの猫の皮を被った完璧な外面を装着している。
しかしその外面も、家族の前だと安心して外れてしまい、素の無表情がデフォルトとなっている。
ハーシェリクを除く兄弟内では、兄のウィリアムがそういう性質だというのを理解しているため、なにも言わないし、微かな表情の変化も読み取れる。
ユーテルとしては、毎回ハーシェリクに怖がられたと、怖い顔して落ち込む兄は、この上なく面倒である。
それに心配しすぎて眉間に皺を寄せている表情は、傍から見れば威圧していようにしか見えない。
「まったく、これではハーシェリクが嫌われていると思い込んでも、しょうがないですよ」
「…………は?」
ユーテルの言葉に、ウィリアムは目を見開き、たっぷりと間を明けて、一言発した。
その言葉にユーテルは、首を傾げてみせた。
「あれ、気が付いてなかったんですか? 兄上がくるとハーシェリク、びくって肩を強張らせるんです。たぶん、本人は無意識でしょうが」
さらにウィリアムの目が開いたが、ユーテルは言葉を続けた。
「それで、できるかぎり兄上が不快にならないよう視界に入らないようにしてますよ」
とっても気遣いのできる末弟ですよね、とユーテルがいうと、ウィリアムが珍しく、絶望の表情をしていた。そしてそのまま、テーブルに突っ伏して、微動さえしなくなる。
コチコチと壁時計の秒針の音が聞こえ、たっぷりと時間がたったあと、ウィリアムはその姿勢のまま、弟の名を呼んだ。
「……ユーテル」
「まだだめですよ」
弱々しい兄の言葉の先を読み、弟は言った。その言葉に、ウィリアムは不満気な表情で、上体を起こす兄に、ユーテルは言葉を続けた。
「あの腹黒大司教、なかなか尻尾を出さないんですから」
ことの始まりは、ユーテルが風邪を引いて体調を崩し、自室で休んでいたある日のこと。身体の器から溢れてしまう魔力の消費がてら周囲を探索する魔法を使ったとき、ハーシェリクとその腹心たちが、いろいろと動いていることを知った。
もともとウィリアムもユーテルも、この国の裏事情について知っていた。ウィリアムは、学院を卒業後、王太子であるマルクスを補佐すべく外交局に勤めたが、ユーテル自身はなにをしようか模索中だった。
そんなのとき、ハーシェリクたちが教会相手に苦戦していることを聞き、役に立てるとおもった。
しかし、相手もただものではない。おびき寄せたのはいいが、なかなか尻尾つかませなかった。
そして今日、ハーシェリクと出会った大司教は、動き出した。
(今日、ハーシェリクと接触したみたいだけど、どうなるかな……)
それが吉と出るか凶と出るか、ユーテルはまだ判断がつかない。
考え込むユーテルに、ウィリアムは小さく嘆息する。
ウィリアムは、ユーテルはヘーニル大司教のことを腹黒というが、黒さではユーテルのほうに軍配があがっている、とウィリアムは考える。
現にユーテルのあえてつくった体調不良の状態を、ヘーニルは見抜けず本当に体調不良だと思っているのだから。
まあ、器から溢れてしまう魔力を自ら消費して調整するなという常識はずれなことをしているのはユーテルで、ヘーニルが見抜けないのも仕方がないことだが。
(問題は、教会だけではない。大臣一派ども……)
ウィリアムは眉間の皺をさらに深くする。
今、貴族たちも慌ただしい。それはバルバッセ大臣が末娘をハーシェリクの婚約者候補へと打診したのが原因だ。おかげで貴族は、なんの後ろ盾のないハーシェリクを利用しようと、画策している。
「ふふ、あの性悪古狸と煩わしい害虫ども、どうしてやりましょうかね?」
ハーシェリクの婚約者騒動について、その場に居合わせなかったため、あとからウィリアムから事の顛末を聞いたユーテルは、そう天使の微笑み浮かべた。
その微笑みを思い出し、ちょっと胃が痛くなってきたウィリアムは、片手で己の胃がある部分を撫でる。
弟は敵に容赦がない。一度敵と認識してしまえば、相手をとことん追い詰める。そして追い詰められた敵は逃げ出すか、自滅するのだ。
それが理不尽に発動することはない。ユーテルにとって大切なのは第一に家族、第二に国と民であり、利己的な私欲はない。
ただやりすぎではないかとウィリアムは心配であった。
そんな兄の心配をよそに、ユーテルは考えることをやめるように、首を横に振った。
「下手に僕たちがハーシェリクと接触して、奴らに疑問をもたれたら、僕が餌になった意味がなくなります。この状態は、ある意味都合がいいです」
それに、とユーテルは言葉を続けた。
「奴らが何か動くとき、教会は僕の命を盾にハーシェリクを脅すでしょう。だけど、切り札だと思っていた人質が、実は囮だったら?」
とってもおもしろいでしょう? とユーテルはまるで慈悲を与える神のように微笑む。
ただし言っていることに慈悲は存在しない。
(弟は敵に回さないで置こう……)
ウィリアムは何度目かわからない誓いを内心立て、ため息を漏らしながら立ち上がった。
そしてユーテルのいる寝台へと歩み寄る。
「ハーシェリクと私のことはとりあえず置いておくとして……ユーテル」
ウィリアムはそっと片手を持ち上げ、ユーテルの頭に置く。
「身体は、本当に大丈夫なのか?」
ウィリアムはそう言って、ユーテルの顔を覗き込む。
ユーテルの顔色は悪い。わざと体調を悪くみせているが、それは負担になっているのは明らかだった。
心配そうな兄に、ユーテルは先ほどとは違う、はにかんだ笑みを浮かべる。
「……ありがとうございます、ウィル兄上。問題ない、とはいいませんが、大丈夫です……僕のひ弱な身体、役に立つなら、万々歳ですよ」
そうユーテルは言ったが、ウィリアムの表情は晴れることはない。そんな兄に、ユーテルは言葉を重ねる。
「僕だって、ハーシェリクの兄で、この国の王族です。弟と国のためなら、身体くらいいくらでも差し出します」
その言葉に、ウィリアムは一度弟の髪をかき混ぜるように撫でて、手をどける。
「……だが、無理はするな」
兄の無表情ながらも真摯な言葉、弟は頷いてみせた。
その後、ハーシェリクとの誤解を解いたウィリアムは、末弟の破天荒な行動にさらに胃痛に苦しめられ、胃薬が常備薬となるのであった。
なんだかんだで仲良しの、心配性なウィルと腹黒毒舌なユーテルでした。
ちょっとリクエストと違いますが、これで勘弁してもらえると嬉しいです。
この時はなんだかんだで動いていたので、二人はあえてハーシェリクにはなにも言ってませんでした。
おかげでヘーニルさんは囮に見事ひっかかりました。腹黒ユーテル、恐ろしい子ッ
そして苦労する表情筋残念なウィリアムが、作者は大好きです。たぶんポーカーやババ抜きなどゲームをやったらウィリアムは強い。でも兄弟には見破られます。残念。
この話は、たぶんリクエストをもらえなかったら、表に出ない話だったので、リクエストもらえてよかったです。
他リクエストもまた機会があったり、ネタ神様が降臨されたらかきたいなと思います。
RTとリクエストありがとうございました!
2016/7/9 楠 のびる




