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幕引き後の一幕・グランドフィナーレ

番外編として、普通の小説形式で一話上げてみました。

楽しんでいただけたら幸いです。

 普段は練兵のために開放されている広場に、新緑の防具に身を包んだ一団が整列している。

 8兵8歩、64人が一隊となる砦の対魔騎士団が総勢6隊。

 いずれも歴戦の強者然とした顔つきだ。


「お前たち!!」


 その集団を前にして、一際強面の男が声を張り上げた。

 対魔騎士団全体を纏める総大将、あけいわおである。


「我ら騎士団は定例の巡回任務に出立する!定期巡回でありいわば慣れた通常任務だ、だが!我らがいかに通常に動こうと相手は我らに合わせてくれる訳ではない!油断即死!それを肝に叩き込み決して忘れるな!」


「ハッ!」


 返答の声すらブレる事なく見事に重なり、まるで一声のように鳴り響いた。

 ガツン!と、総大将の踵が地面を抉る。


「貴様ら!我らが守護の乙女よりお言葉を賜る!心して拝聴せよ!」


 うおおおおおお!!!と、地鳴りのような歓声が上がった。

 その歓喜は、総大将の一睨みで蓋をされたように瞬時に静まリ返ったが、まるで圧縮された熱気のような物が騎士達の赤ら顔の中に詰め込まれているのがありありと見て取れる。


 彼女は、普通の市井の女性なら気を失いかねないむさ苦しい一団の注目を浴び、彼らの前面に進み出た。


「我が騎士よ!私が望むのも告げるのも常に同じ、死する事を栄誉と思うな!民の為、我の為、生きて戦う事こそを栄誉とせよ!」


 張りのある、しかし少女らしい細い声が、精一杯の響きで大気を震わせる。

 健康的なしっかりとした体格と、淡く春舞の花の色の輝きを放つ外殻、それを彩る真珠色の精霊器官紋は複雑で繊細な物だが、実の所彼女は通常の方法で精霊の力を使う事は出来無い。

 だが、それでもそれを一切恥じる事も隠す事もせずに騎士団の前でキリリとした笑みを湛える姿は、健気というよりも一つの希望ですらあった。


「我らが乙女に我が生命を捧ぐ!!魔を絶つ剣!民守る盾!我らが乙女の加護の元に!」


 口々に唱和される言葉が、同じ意味を持って地と空を穿った。

 人間よりも遥かに強大な力を誇る魔物に対する生きた防壁である辺境砦の騎士団は、天の加護を得んが為に常に守護の乙女を戴くが、これ程の熱狂は彼女がただのお飾りでは無い証でもある。


 彼の乙女、常に前線にあり。

 砦の末姫と生まれ、お披露目を過ぎて以来、守護の乙女は常に騎士団と在ったのだ。








「ううっ、いつもながらあの暑苦しさは耐え難いものがあるわ」


 現守護の乙女、常名を花色と呼ばれる彼女は、その傍らの自らの守護者に愚痴を零した。


「仕事だ、我慢しろ。それにアイツらは気のいい連中だぞ、可愛らしいしな」

「彼らを可愛らしいとか言ってのけるのはアンタぐらいよ」


 役名を守護者、常名が無く、寄与された名を天の光と言う青年は、軽く彼女の言葉をいなす。

 青年は黒闇に近い外殻に天の矢のような銀の精霊器官紋を持っていた。

 彼はその紋の見事さに背く事ない実力を誇り、騎士団の漢達からは英雄のごとく讃えられている。

 その出生の秘密を知る花色からすればそれも当然、彼は魔王の一族と人が勝手に呼び習わして来た影の大地の種族であり、外見こそ光源の地の人間と変わりないが、実の所何もかもが違う種なのだ。

 影の大地の下位種族である魔物にすら人間数十人で掛からねば勝てないというのに最上位種である彼に普通の人間が敵うはずもない。


 そして、彼に秘密があるように、花名にも秘密がある。

 いや、秘密にしている訳ではないが、誰もまともに取り合ってくれない事実があるのだ。


 彼女は今の彼女として生を受けるその前に、地球世界の日本という国でごく一般的な少女として生きていた。

 その記憶がそのまま残っているのだ。

 時折彼女自身ですらその記憶を空想や夢の類ではないかと思ってしまう事があるが、前世というべきその生の中で強く蓄積した思いのせいで現世に影響を受けているのは確かな事実だ。


 友人が欲しい。


 悲しく強いその思いが、彼女を突き動かし、今のこの青年との友誼が成った。

 同じように、立ち向かう勇気を望んだがゆえに騎士団の乙女として立つ事になったのである。

 それが良い事だったのか、愚かな事だったのか、未だに判別の出来無い複雑な思いはあるものの、決して後悔はしていなかった。


「お前に比べれば断然可愛らしい」


 ……後悔はしていないつもりだった。


「アンタの感性は腐ってるのよ、こんなか弱い乙女に対してなんたる暴言!」

「プ……」


 腹を抱えて笑いを堪えてる青年に、花色はためらう事なく蹴りを叩きこむ。

 スパイク状の棘の付いた戦闘用ブーツが青年の外殻に当たってバチリと火花を散らした。


「何をする、か弱い乙女……うっ……は他人を蹴ったりしないぞ」

「自分で言っておいて笑うな!全く失礼なんだから」


 外殻、自身のその堅い体の一部に手を当てて、花名はしみじみと思った。

 過去の、地球での自分にはこのような物は無かったし、肉体の造りもどうも微妙に違う。

 一番の違いは精霊器官だろう。

 これは体表に現れる模様のような部分と、体内に血管と共に走る部分とを合わせた呼び名であるが、これがここの人間達の超能力じみた“技”を可能にしていた。

 精霊の力というのは濃淡はあれど世界中の大気の中に存在するエネルギーの一種で、全ての生物はこれを体内に取り込みある種の発動エネルギーに変換する。

 この能力は表に出ている模様が複雑で繊細な程強大だと言われているが、花名は模様は立派だが、肝心の精霊の力を取り込む能力に欠けていた。

 これは時たま発生する障害であるのだが、よりにもよって砦の当主の娘という立場の彼女がそういう“能無し”であるというのは色々な心ない中傷を生んだものである。

 もし、彼女に前世で除け者にされ、虐められていた記憶が無ければ、かなり捻くれた性格に育っていただろう。


 嘆いているだけでは何一つ変わらない。


 それが彼女が前世で学んだ教訓だった。


「またボーっとしてチキウとやらの事を考えているのか?」


 “友人”である青年が、さして心配している風でもなくそう聞いた。


「色々考えていたのよ、なんで精霊の力が取り込めないのかな?とか」

「はっ」


 青年は鼻で笑う。


「出来無い事を考えてどうする?一つの方法が駄目なら別の方法を試してみる。だからこそお前にだって“技”が使えるようになったんだろうが」


 冷淡のようであるが、彼の言葉には嘘は無い。

 実際に彼の提案で、現在花色は“技”を一応使えるのだ。


「乙女!守護者殿!」

「どうしました?」

「出ました!迷い魔物でしょう、甲羅熊ですな」


 二人の乗る馬車に駆け寄った部隊長が報告を告げる。

 巡回任務は全部隊で行うのではもちろん無い。

 一部隊を二つに分け、勢子と狩子に分かれた二方位からの追い込みで、もし魔物が見つかればその魔物中心に場を作り狩るのである。


 これを砦側を除く三方位、それぞれ一部隊ずつで行い、残りの三部隊は砦の守護として残る。


 その巡回部隊の内の一つに彼女は同道する訳だが、この季節は乾きの時期と違ってそうそう魔物は現れないのだが、なんというか運が悪いのか良いのか、どうやら当たりを引いたらしかった。


「指示をお願いします。私たちは隊長殿に従います」


 基本的に隊で動く時の指揮系統は部隊内の長が執る。

 本来はただの験担ぎである乙女に実質の指揮権は無いし、彼女の専属の守護者である青年には元より何の権利も、そして義務もない。

 だが、彼らは当然のように騎士団と共に戦うし、その場合は部隊長の指示を受けて行動する事にしていた。


 身分的な問題で、これは常に彼女から明言しなければいけないのが面倒な所ではあった。


「はっ!それではいつもの通り、お二方には出鼻の足止めをお願いいたします!」

「分かりました、それでは出ます!」


 丁寧な言葉遣いは生真面目な隊長では致し方ない。

 二人は素早く馬車を飛び出し、馬車の上の縁に手を掛けるとその箱型の屋根に飛び乗った。


 ヒューウゥ、と、馬車を曳くいくさ馬が嘶きを上げ、その強靭な二本の前肢の棘を打ち合わせる。

 地に付けたままの四肢を踏ん張り、すっかり戦闘態勢だ。


「いや、あんた等は戦わないんだからね?」


 やけに張り切る馬達に軽く声を掛け、花色は馬車の屋根の上から方向を見定める。

 勢子隊の掛け声と、花火に似た脅し技のバチバチという爆ぜる音、それらが右前方から近付いていた。


 ピシッと、聞きなれた音にはっと身構える暇も無く、花色の体に電気に似た衝撃が走る。


「ぐっ」


 思わず息が詰まるような痛みに、わずかに涙が滲んだ。


「この馬鹿男!精霊の力を突っ込むなら事前に言え!」

「身構えると入り難くなるのは経験済みだ。我慢しろ」


 心の中で無限の罵り言葉をぶつけていたが、今現在の現実にはそんな暇は無い。


 ギチギチという堅い物が擦れるような独特の音と共に魔物が木々の間から姿を見せた。


「囲めぇぇえ!」


 隊長の指示の元、騎士たちが散る。


 地球で見た映画のガメラのような怪物だ。

 その四肢や頭はガメラとは違い毛深い毛皮に覆われている。


「光弾陣!」


 技名を叫ぶのは恥ずかしいが、やらなければ騎士団のタイミングがズレてしまう。

 もはやそんな羞恥などには慣れてしまった花色は、声と共に多数の光の弾を打ち出した。

 彼女が左右、青年が上下、それぞれにタイミングをずらしたエネルギー弾は、その魔物を翻弄するかのように飛び回り、少なくない数がその身に到達した。


 ギャアアアア!ともグワアアア!とも聞こえるその甲羅熊の叫びが轟き、なんと堅い甲羅を中心にそいつは不規則に跳ね回り始める。


「不味い!」


 最も騎士の多い背後へ、予測の出来無い動きでその魔物が突っ込もうとしていた。


「任せろ!」


 天の光、そう呼ばれる守護者の青年がすっくと伸び上がると、その手から無数の針のような光が飛び出す。


「囲むぞ!網を広げろ!」


 隊長の権限をすっ飛ばした指示が青年から放たれ、光の針が杭のように魔物の動きを封じた。


「おおおお!!」


 呼応した騎士達が四方から技を撚り合わせ、俗に網と呼ばれる停止枠を被せるように展開した。


 瞬間、甲羅熊の動きが凍り付いたように止まる。


「今だ!」


 今度こそ隊長の指示が飛び、魔光を帯びた武器が一斉に振るわれた。






「隊長殿、謝罪を」


 なんとか魔物を狩り終わり、一息吐くと、守護者の青年が殊勝にも隊長に謝罪を申し入れた。

 権限を超えた指示をした事だろう。


「いえ、とんでもない。おかげで一兵も損なう事なく事態が収束しました。元々は我が不明のいたす所。謝罪など必要ありません」


 どうでもいいけど、と花色は考えた。

 騎士達は、どうも彼女よりも青年の方をより敬っている気がするのだ。

 突っ込んだら負けな気がして突っ込まないが、彼女としては何か悔しい。


「我が守護者の差しでがましい行いを許してくださった事、貴殿の深き懐を見る思いです」


 従者の不明は主人の不明。

 立場的な問題として、彼女は責任があるので、自分からも謝罪をした。


「乙女よ、貴女は頭を下げてはなりません!」


 意外にも、返って来たのは叱咤だった。


「貴女は守護の乙女、福音の証です。騎士団に在る時の貴女は身分を超越した存在なのです」


 うっ、と、花色は言葉に詰まり、よろめく。

 ナニ?ソノ ヒトデナシナ アツカイハ?


「隊長殿……」


「乙女よ、祝福をお願いします」


 こっそり溜息を吐いて相方の青年を見やると、思いっきりニヤニヤと笑ってみている。


(憎い!)


 勝ち誇る美形面に落書きをしてやりたい思いに駆られたが、今は仕事が大事である。


「騎士団の戦功に祝福を!地に落ちし影が光にて払われし事を、世界よ、歌うが良い!」


 勝利の祝詞を口にして騎士達の歓喜の声を聞きながら、心の中でがっくりと肩を落とす花色であった。





「別に嫉妬とかしてないんだからね」

「ふ~ん」

「何?」

「いや、なんでも」

「ナニ?」


 怪しい視線に花色は青年に問い質した。

 この青年が何か含みがありそうな言い方をした時は確実に何かがあるのだ。


 場所は既に馬車の中、身分とか遠慮の無い友人同士の空間に戻っている。


「そんなに聞きたいなら言うが、お前、下衣垂スカートが捲れてるぞ」


 ブッと乙女らしからぬ音を立てて噴き出し、彼女は慌てて自分の下半身を見た。

 昔も今も秘めるべき場所である下半身を隠す前垂れが思いっきりめくれている。


「な、な、なんで、いつ?」


 慌てて直しながら、疑問を口にする。


「馬車の上から降りた時……だと思うぞ」

「ひぇええっ!それって騎士団に向かい合った時にはめくれてたって事?」

「皆礼儀正しいから、そういう物を直接指摘したりはしないからな」


 そういえば、なぜかみんな赤くなって遠慮がちに花色を見ていた。

 彼女は戦闘の興奮からだろうと思っていたのだが、どうやら別の興奮からだったらしい。


「ぼけぇ!一度死ね!いや、一度じゃ足りないわ!!とりあえず今ここで床に張り付いとけ!」


「いいじゃないか、臭い仲だし」


「変な事だけ覚えるなああああ!!!


 影と光、二つの地を隔てる境を守護する辺境の砦。

 そこには常に伝説が息づいている。

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