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筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~  作者: 嶋田愛那
出会い~江戸編

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相談屋お筆は猫らしくなった


わたしが死体と行き会ってから、実に数年が過ぎた。


わたしは相変わらず、相談屋お筆として客たちの悩みを聞く役目を果たしている。


相談屋といっても、店の中のいつもの席に座って客の話に相づちを打つだけであるが。

人間たちはわたしの言葉がわからないはずであるのに、話をしばらく聞くだけで勝手に立ち直って元気になるのだ。


以前のわたしはそれがとても不可解に思えたが、今は違うとわかる。

単に猫が好きで癒されに来ているという事情もあるだろうが。


それだけじゃない。

話をただ聞いてもらうだけであっても、救われる部分があるのだ。


はじめは「なにかまくし立てて帰っていったな…」くらいにしか思っていなかった、この「相談屋」というのも、ここ最近では仕事への誇りなんていうものが生まれてきている。


わたしのような、いっぽんのしがない筆であっても、少なからず人々の輪に入り、役に立つことができているということがとても嬉しい。



「相談屋」としては、主に人間の客が悩みを話に来るが、だんだんと人以外からの相談事も増えてきた。

妖はもちろんのこと、ときどき死者の魂などからも頼み事が来るようになった。


それもこれも、あの日幽霊と話すことができると判明したからだろう。


つくも神仲間の櫛や鈴が怖がるから、こちらからはめったに話しかけない。

しかし人ならざる者同士の噂というのは広まりやすい。


あそこの店にいるお筆という猫が死者と対話できるらしい、というのはまことしやかに妖や死者へと共有されていて、前世で思い残したことであったり、成仏をする手伝いであったりを頼まれるのだ。


楽なものでは、自分の話を聞いてくれとやってきて、満足したら帰っていく程度だ。

大変なものでは、やれ家族が今どうしているか見て来てくれだの大切なものが置いてあるから取って来てくれだのと面倒なものもある。


さすがに無理そうなものは断っているが、極力引き受けて、その霊が成仏するときには経を上げることにしている。



もちろんそういうことであればわたしではなく、高名な坊主へと頼めばよいものを、と思わなくもないが。

しかしおふさ()曰く、力の弱い魂だとそういう坊主にすら近づけないのではないかということであった。


そういうわけで、わたしに度々珍客が訪れ、そのたびにふらっと頼まれごとをこなしに行くこともままある。


わたしも八兵衛に心配をかけたくないし、それになるべく八兵衛と一緒にいたいので、なるべく遠出をしないように気を付けている。

そういった配慮をするのも、数年でうまくなってきた。


…毎回遠出するたびに泣かれていれば、自然とそうなるものかもしれない。



八兵衛ももう隠居を検討する時期であるし、人の寿命はただでさえ短い。


八兵衛が苦手だと言っていた近所の紹介のおやじさんが亡くなり、なんだかんだで寂しいなとこぼしていたのが思い出される。


いつも八兵衛に嫌味を言っていた彼の親戚連中が死んだときは、不謹慎ながらも小躍りしたものだ。

心の安寧は代えがたいのだ。南無。



こうしてぽろぽろと人々が寿命を迎える中で、八兵衛はわたしに長生きするようにと話す。



「お筆ちゃんはわたしを置いて行かないでおくれな」



わたしはつくも神であるし、本体も猫に化けているから失われにくい。

彼の思うより何年も長く生きるだろう。


でも彼にそう言われるたびに、貴方こそ長生きしてくださいよと思う。


だから、彼がその話をするのは好きではない。

時間の壁がどんどん近づいていくのを感じるから。


そういう意味を込めて声を上げはするものの、いつも同じような猫の声にしかならない。

歯がゆいものだ。



彼との時間を、なおさら大事にしていきたいこの頃である。





ところで猫又であるが、あの日以来ぱったりと見かけなくなった。


普通彼女は、時間帯こそ違うものの毎日のように店に顔を出すし、気付いたら隣にいる。

2日に1回はわたしを外に連れ出して、会ったことのない妖や見たことのない景色を見せてくれるのだ。


それを「気まぐれなお方だなあ」と受け入れてきたが、彼女がこんなに突然いなくなるなんぞ、思ってもみなかった。


でもまあ、わたしよりずっと強い彼女のことであるから、なにも心配はいらないだろう。

そのうち気まぐれに帰ってきて、『筆、出かけるわよ!』などといつもの調子で言うのだ。



きっとそうに違いない。



『筆、おい筆!』


『筆さあん、大丈夫ですか、筆さーん』



はっと気づくと、わたしは店のいつもの席で丸まっていて、鈴と櫛に声をかけられていた。

当然、猫又の姿はない。



『…ああ、お二方とも。どうされたのですか?』


『どうもこうもないさ、みっつで話しているときにお前さんが急に黙ったからよお』


『寝るにしても、ひと声かけてくれないと心臓に悪いですよぅ』


『また倒れたのかと思ったぜ』



つくも神に心臓なんかないが。

心配をかけてしまったらしい。


彼らの念は、わたしを案じるものだ。



猫又がいなくなってからは、依頼以外で店から出ることが減ってしまった。

どこへ行っても彼女の影がちらつくのだ。


わたしに相談に来る妖の客たちの間には、わたしをどうにかして元気にしようと外に連れ出す意図もあることを知っている。


だが気は塞ぐばかりで、気付いたときには寝てしまっていることも多い。


家主が世話焼きであるから、夜になったらいつの間にか布団に入っているし、朝になれば店のわたしの席に移動してくれているおかげで、風邪は引いていない。


そういうわけで、わたしが急に眠るのを見て、ふたつは気が気ではないのだろう。



『すみません、つい眠くなってしまって』


わたしが謝ると、なぜかふたつは押し黙った。

なにか気に障ったのだろうか。


少し間があって、鈴が重々しい口調で切り出した。


『…なあ、筆よ』


『はい?なんでしょう』


『おしろ姐さんのことなんだが…』



息が詰まる心地がした。

それを振り払うように、無理やり口を挟む。



『ああ、猫又さんのことですか?心配いりませんよ、あの方は強いですから。きっとすぐに帰ってきますよ。大丈夫です』


『いや、そうじゃなくてだな…

いや、そうか。そうだよな』


『ちょ、ちょっと鈴さん』


『きっとすぐに帰って来るさ、なあ』


『大丈夫ですよ。猫又さんはわたしなんかよりも世渡りがうまいですからね。いつかはふらっと帰って来るでしょう』


『そ、そうですね!おしろさんはすごい方ですからね!』


『そうさなあ。早く帰って来るといいなあ』



つくも神三人衆の仲間たちにも彼女の話をされるということは、わたしが落ち込んでいるのがばれてしまっていたのだろう。


これ以上ふたつを悩ませないためにも、気持ちを切り替えていかなくてはなるまい。



わたしは、彼女がいつ帰って来てもいいように、猫としてしっかり生活することにした。

だらしないようでは、呆れられてしまうだろうから。



彼女はいったい、どこへ行ってしまったのだろう?



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