相談屋お筆は日常に戻る
名前も知らない遺体の埋葬は滞りなく終わった。
ご家族がいないためか、わたしが寺にいたときよりも時間が短かった。
件の駆け落ちしたという細君は、祟られたりしていないのだろうか。
今更合わせる顔もないと言ったらそれまでだが、せめて葬式くらい来いと思わなくもない。
そんなわけで、八兵衛はわたしを抱き上げたまま、店まで帰るのに人力車に乗っている。
本当は「精進落とし」といって、故人を偲ぶための会食もあるのだが、八兵衛が面倒くさがって、もとい直接関係があったわけではないということで辞退したらしい。
多めに寄付をしていたことで、特に波風なく終わった。
抜け目のないものだ。
この機会に人脈の一つでも作っておけばよいものを、やる気があるのかないのかわからない。
反目で八兵衛の方を見ると、「おや眠いのかい?今日は遅いからね、帰ったら布団に入ってしまおうね」と撫でられた。
違う、そうじゃないと喉を鳴らしながら抗議してもやめないのだ。
まあこの人が相手をしている客はだいたいが妖であるからして、人間と仲良くする必要はあまりないのかもしれない。
抗議するのを諦めて受け入れていると、はたとある考えがよぎった。
八兵衛にも、経を読むときは来るのだと。
わたしは作られてから何百年も経っている妖だから、時間の感覚が鈍い自覚がある。
ぼーっとしていたらいつの間にか夜だったり、夜こっそり鈴と櫛と話していたら、気付いたときには朝だったりする。
しかしわたしたちつくも神と人間では、当然ながら寿命の違いというものがある。
現にわたしを撫でる彼の手は、ここ十数年でずいぶんと節くれだってきたし、わたしをやさしく呼ぶ声は以前よりも掠れている。
少し細くなった気もする。
最近腰が痛いと言ってきたし、白髪も増えた。
本人は「お筆ちゃんと同じ髪の色だねえ」などと言っていたが。
あまり考えないようにしていたことだ。
それが今になって、すとんと心に落ちてきた。
この人間が、今回のような埋葬をされる日が来るのも時間の問題なのだ。
わたしはたまらなくなって、思わず彼にすり寄った。
彼が小さく笑う声が聞こえて、彼を見上げた。
「お筆ちゃん」
「なぉ」
「なるべく長生きするからね」
だから心配しなくていいと笑う彼に、わたしは心を読まれたのかと驚いて目を瞬かせた。
彼はなにも言わない。
ただやさしくこちらを見つめている。
言葉こそ通じないが、わたしが考えていることなどお見通しなのかもしれない。
わたしは黙って八兵衛の手の温かさに身を委ねながら、彼とのこれからの時間を大切にしようと心に決めた。
葬儀が終わった次の日。
店に帰ったわたしたちはそのまま寝てしまい、いつもより少し遅く起きた。
「八兵衛さん、昨晩は災難だったねえ」
「おや団三郎さん、いらっしゃいませ。おふささんも、お久しぶりです」
「葬式の準備なんざ大変なのに、お疲れ様だったねえ。今日くらい店を休んでもいいんでないかい?」
「はは、おかげさまで、毎日お客さんはいらっしゃいますからねえ。休めませんよ」
「おや、偉いことだね」
「でも顔色が少し悪い気がするよ、今日はちょっと早く閉めたらいいさ」
「そうさせてもらいましょうかねえ。お筆ちゃんにも無理をさせてしまいましたし」
八兵衛は少し遅れて店に入り、常連たちの相手をしている。
わたしもまた、いつもの「相談屋お筆」と書かれた看板のある席に座っている。
先ほどまで相談に来ていた人間の客は、ひとしきり泣いたあと、すっきりした顔をして帰っていった。
いつもの光景だ。
いつもの光景、なのだが。
『なあ筆、今日おしろ姐さんを見たか?』
『そういえば、来てないですねえ』
『昨日から見てないと思いますよ』
毎日必ず店に来る猫又が、今日はいない。
まあ彼女は気まぐれだし、数日帰ってこないこともある。
気が向いたらまた来るだろう。




