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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第76話

『…以上三対〇の判定を持ちまして、勝者赤コーナ~とおみや~とういちろう~っ!』


会場は大きな拍手に包まれるが、余り胸を張れる試合内容ではなかった。

レフェリーに腕を掲げてもらうも、申しわけない気持ちで胸が一杯である。

だがマイクを向けられればしっかり応えなければならない。


「苦しそうな試合でしたが、見事勝利を掴みましたね。」

「あ…はい。集まってもらった皆さんには、本当にちょっと不甲斐ない試合を見せてしまいまして…」


会場のお客さんを見回しながら告げる最中、視界にラウンドガールたちの姿も入る。

三人共が外向けの笑顔を浮かべているが、内心はどう思っただろうか。

特に花さん辺りには、もし話す機会があったらきつい事を言われてしまいそう。

そしてインタビューも終わり、温かい拍手に一礼してから引き上げるのだった。



「ちょっと見所ない試合だったな~…もう少しこう、何ていうか…さ。」


シャワーを浴び控室に戻ると、相沢さんからそんな一言が飛び出した。

贔屓目なしに見れば、やはりそう映るか。


「遠宮君ならもっと出来るでしょ~例え調子悪いにしてもさ~。」


返す言葉が無い。

終わってみれば、確かにもう少しやれたはずと思ってしまうから。

勝つ事は勿論一番大事、だがプロを名乗るならお客さんを楽しませる事も同じくらい大事なんだ。


「じゃあ俺はもう帰るわ。次はもっと良い試合期待してっから。」


後ろ手に手を振り去っていく相沢さん。

俺は苦笑しながら別れの挨拶を告げた。

直ぐ後、及川さんが控室の入口を見る様軽い仕草で促して来る。

何だと見やれば、隙間から覗き込む春子の姿を確認。

その姿はまるで怪しげな人物のようで、一同に大きな笑いを提供してくれた。

そして俺は帰りの準備を皆に任せてから、控室の外へ。


「あ、あはは、何かゴメンね。少し挙動不審だったかも。」


通路にいたのは春子と南さん、そして叔父。

亜香里は冬子ちゃんと一緒に、如月家の車で帰路に就いた様だ。

叔父と一緒に帰るのは気を使いそうなので、それが一番だろう。


「お疲れ遠宮君。見てるだけで疲れる試合だったよ。」

「その点は俺も同感だがな統一郎、こういう体調でも盤石に勝ててこそ本物…だろ?」


今日の勝利はどうだろうか、相手が世界レベルの選手なら恐らく厳しかったと思う。

まあ、その前に万全のコンディションを整えるのもプロの仕事だ。

そう言う意味で、今日の俺はプロ足り得なかった。

風邪をひいたのも、暑いからと布団も掛けずに寝たせいだし。

それから一言二言言葉を交わしてから解散、三人は帰っていった。

そろそろ帰り支度も済んだかなと、俺も控室に戻ろうとした時、


「…良い試合でしたよ。老獪な感じで。でも次は万全の状態でリングに上がってくださいね。」


振り返ると花さんが立っており、言いたい事だけ告げ軽く頭を下げてから立ち去った。

これは褒められているのかどうか、微妙な言い回し。

次に地元で興行を打てるのは多分来年、その時はベルトを巻いている姿を彼女に見せたいものである。



▽▽▽



試合から二週間ほど経った七月始め、俺は仕事帰りに叔父の家へ菓子折りを持って窺った。

他人の家みたいに語ったのは、叔父が籍を入れ家庭を持ったから何となく。

相手の女性は静江さんといい、既にお腹の中に赤ちゃんがいるとの事。


「予定日とかもう分かるものなんですか?」

「ええ一応は。今年の暮れ頃になるかもしれないって。忙しい時期に重なるから何だか申し訳ないわ~。」


静江さんはいつもニコニコほんわか、きっと良いお母さんになる。

仕事はどうするのだろうか、聞いてみたいがちょっと踏み込み過ぎか。


「仕事は再来月で引退する事にしたの。専業主婦って憧れだったしね~。これからは育児に専念!頑張るぞ~!」


聞かずとも答えてくれたのは有難い。

となれば更に聞きたくなってしまうのも人の性。

こんな良さそうな人が何故一度結婚生活に失敗してしまったのか。

だが流石にこれは踏み込み過ぎだと誰でも分かる。

叔父が納得して籍を入れたのだから、相応の理由あっての事だろう。


「じゃあお大事にしてください。叔父さんもちゃんと注意して見てやらないと駄目だよ?」

「分かってるっての…お前はおふくろか…」


そうして元は俺の家でもあったその場所を後にし車に乗り込む。

帰りの道中考える事は、何故か結構重めの話題。

実はもう随分前ジム設立当初の話、父の残したお金だけでは足りず叔父は自分の財産を崩してくれていたらしい。

らしいというのが俺の無責任な所であり、我が儘な事だけ言って叔父に丸投げしてしまっていたのだ。

つまり、本来ならばあの夫婦のものである財産の一部を、俺が無用に散財させてしまったという事。

因みにこれは、思っていても口に出したりはしない。

言えば絶対に悲しませてしまうから。

叔父は俺を実の子のように扱ってくれた。

これほどの大恩、なにをどうしたら返せるのだろうか。


「…見せてやりたいもんだな。ベルト巻く姿…その子供にも。」


夢が重なり合って、肉体を支える強く頑強な覚悟となる。

世界のトップ選手に比べれば、俺が持って生まれたものなどたかが知れているだろう。

ならばその差を埋める為に必要なものは?

充分な練習に加え実戦における勝つ為の戦術、そして陣営との信頼関係も欠かせない。

でもそれ以上に、心が無ければ追えないのでは?

俺の言う心、時代遅れな言葉に言い換えればそれは…根性だ。

負けたくないという一心、執念を越えた妄執、それを内に宿し始めて…世界を語れる。



▽▽



七月八日金曜日、今日は明君のトーナメント二回戦目当日。

会長たち三人は計量の為、昨日から帝都に赴いている。

計四回勝てば取り敢えず東日本のトーナメントは勝ち抜き決定、次へ駒を進める事が出来る。

とは言え気にはなるが、俺達は俺達でやるべき事をしっかりこなさければ。

スパーは出来ないので、ミットは佐藤さんと交代で持ち合ってこなす。

練習生三人もやりたそうに視線を向けていたので、各二ラウンドずつ俺が持ってみた。

だが荒削りなパンチだと上手く受けるのは特に難しい。

そして一通り終わると次へ移る。


「古川君、ちょっとボディ練習も兼ねて俺の腹叩いてみて。」


互いの練習になり一石二鳥と、一番力のありそうな彼に頼んだ。

見た目通り結構強いパンチを打つが、牛山さんに比べやや重みが足りない。

あの人は初老なのに結構凄いんだなと再確認、若い時からやってたら良い選手になってたかも。


「もっとみぞおち付近を思いっきり突き上げてみて。」


ボディブローに耐える力とは、はっきり言って慣れによる所が大きい。

鍛えようが何だろうが、痛いものは痛いし苦しいものは苦しい。

その苦しい状況というのを体に刻みつけていく作業、それが練習である。

そうする事で体の頑強さとはまた違った意味のタフネスを養えるのだ。

持久力もまた同じ、どんなに鍛えても苦しい状況は絶対にやって来る。

それに耐えるのは精神力にほかならず、それを養うのもまた練習なのだ。


「そろそろ聞いてみますか。」


しっかり練習メニューをこなし、向こうは帰りの車に乗っている頃。

電話を掛けると二回ほどのコールで会長が出た。

声色では結果が分からず、恐る恐る問うてみると、


『…惜しかったんだけどね。判定で負けちゃったよ。今回は相手が強かった。それだけ。』


俺と同じ二回戦敗退。

だが大きな怪我などはしていない様で、直ぐに復帰も可能。

問題は彼がこの敗戦をどう捉えるか。

高校三年生、当然ながら進路に悩む時期でもある。

人生においても大事なこの時期を、果たしてこのままボクシングに費やしていいのかと、そう思い始めてもおかしくはない。

俺でさえ悩んだのだから、彼の場合はもっとだろう。



翌日仕事終わりにジムへ行くと、明君がバンテージを巻いていた。

どうやら叔父の検診を終えてから、その足で真っ直ぐやってきたらしい。

顔には生々しい傷跡があり、相当な激戦であったと推測出来る。


「明君、来週からでいいんじゃない?昨日の今日だよ?」

「はい…でも悔しくて、あそこでもっと手を出してればとか…部屋にいるとそんな事ばっかり考えちゃうんで…」


明君はここまで負けず嫌いだったのかと、この日初めて知った。

その目は敗戦前よりギラギラと意欲に燃えており、今すぐにでもリベンジしたいと言い出しそうな雰囲気。

練習生三人組が少し近寄りがたいくらいピリピリしている。

牛山さん辺りから一言欲しい所だが、落ち着くまで放っておく方針だろうか。

でも俺は心配で、少し手を差し伸べてやりたくなる。


「でもね明君、リラックスは大事。佐藤さん見てみなよ。いつもマイペースを崩さない。練習でも試合でも。」


マイペースとはのんびりと言う意味ではなく、そのまま自分のペースと言う意味。

それこそが彼の強さの秘密、どんな相手でも必ず自分の土俵に引き摺り込める。

淡々とシャドーをこなす佐藤さんを眺め見た明君は、少しずつ眉間の皺が消えていった。

そして一度深呼吸してから、ゆっくり体を解し始める。

ふと会長に視線を向けると、感謝の意を示しているのかウインクを投げかけてきた。

中年のウインク、本来は乾いた笑いしか出ないが妙に似合っていて、別の意味で苦笑してしまう。


「さて、俺も始めますか。」


次戦は十月初めに決まるであろう日本タイトルの挑戦者決定戦。

この間の様な無様な形ではなく、きっちり締め大舞台へ繋げなくてはなるまい。

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