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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第75話

第二ラウンド、開始からそろそろ二分経過。

相手の動きは段々良くなってきており、自身もそれを感じているのか強気に距離を潰してくるようになった。

しかし時折肩を回すような仕草をするのは、怪我の影響からか。

パンチ自体は非常に力強いので、身体的には影響しなくとも精神的には別なのだろう。


「…シッ…シッ!」

(一発一発丁寧に。雑になったら今日は危険だ。)


復調し始めた向こうとは逆に、こちらは寧ろさっきより足が重く感じていた。

熱などが無い事は検診で確認済みだが、どうにも頭もボーっとしている。

こういう時、適当になるのが一番駄目だ。

いつもの感覚でどうにかなるだろうと思っても、多分どうにもならない。

下手をすれば倒される。


(とにかく左だ。下がりながら打って牽制し続けよう。)


乱打戦に巻き込まれない為には、まず簡単に踏み込ませない事。

働かない頭に喝を入れ、しっかりセコンドの言葉を聞き戦術を持って動く。

やはりジャブはいつも通りの切れ、我ながらこれだけは本当に心強い。

しかしそれだけでは中々止められないのも事実。


「…ちっ!」

(ラフに打ってくるようになったな。ガードしっかり…細かく一つ一つ確実に。)


こちらのフットワークより向こうの踏み込みの方が鋭い。

必然、迎え撃つ形となってしまう。

この選手は確かに強打だが、ガードを貫通するほどのパンチではない。

器用に上や下を細かく打ち分けられるタイプでもない筈だ。


「…シィッ!」


パァンっと乾いた音が響く。

相手がボディを狙ってきた瞬間、こちらは相打ち覚悟で左のショートストレート。

不意を突かれない限りは耐えられると判断しての行動だ。

右目の下あたりを捉え、効いた感じではないが少し嫌そうな表情を確認。

そして向こうから一旦距離を取った所でゴング、第二ラウンド終了。



「良い感じ。本調子でない時ほど地力が試されるんだ。自分を信じていこう。」


戦術的なアドバイスは無し。

つまり俺の判断は正しかったという事だ。

そして一呼吸おいてから立ち上がり、第三ラウンドのゴングを聞き前へ進み出る。

相変わらず足が重い、恐らくこの試合中はずっとこうなのだろう。

騙し騙し相手に悟らせずやっていくしかない。


(いきなりは来ず中間距離の差し合いからか。正直これは有難い。)


こちらから積極にというより、一つ一つを確実に捌きつつ踏み込んで来いと誘う。

初回には向こうの動きがちぐはぐだと感じたが、今やそれはこちらの方。

パンチは切れるのにフットワークが付いて来ない。

上半身と下半身がまるで別々になったかのような感覚を覚えていた。


「…シッ!…シッシッ!」

(来い…来いよ。この距離は俺だ。分かるだろ?)


一発の左が相手の鼻先を捉えた瞬間、スイッチを切り替えたかいきなりの踏み込み。

だが打ってくるのは大きなパンチではなく、内側を抉る感じのコンパクトな連打。

これは困る。

こんなに細かく纏められると、返しを打つのにも大きなリスクが生じてしまうから。


「…シュッ!…フッ!シィッ!!」

(だが後手を引いちゃ元も子もない。リスク度外視で合わせていくしかないな。)


左アッパーから左フック、更にレバーブローの左トリプル。

最後のボディは綺麗に突き刺さった。

相手を確認しながら打ってはいるが、いきなりリズムを変えてくるかもしれないので要注意。

そして反撃が来る前にクリンチ。

結構シビアなタイミングでの駆け引きだったが、今回は上手くいった。

コンビネーションの途中で強引に振り回されたら、貰っていた可能性もある。



第四ラウンド、会長の指示でこちらから距離を潰して戦う事にした。

ラウンドが進むにつれ足が重くなり、この状態ではアウトボクシングは難しいと判断したからだ。


(半端は駄目…だったな。距離を潰すなら徹底的に…)


押し合う様な体勢から重心を下げると、ガードを押し上げる形で無理矢理肩をねじ込み何度もボディ。

当然相手も黙っている訳がなく、同じように俺の腹を突き上げる。

だが上体が上ずっており力が乗っていない。

この打ち合いは俺に軍配が上がる筈。


(お、クリンチに来たな。拒否する理由も無し…受け入れるよ。)


いつもはあまり好きではないクリンチも、今日は一息付けるので有難い。

密着して気付いたが、向こうも結構息が上がっている。

何だかスッキリとしない試合になりそうな予感。



第五ラウンド、お互いにあまりクリンチはなく近距離でのやり取りが続いた。

常に相撲の如く押し合っているので、両者共にかなりスタミナを消耗してしまっている。

完全に体が密着している事もあり、強打を打つには一瞬空間を作らなければならないのだが、その一瞬を作る為の攻防は非常に地味で、見ているお客さんたちはちゃんと楽しめているだろうか。

そんな不安も頭をよぎる。



第六ラウンド、まだスタミナには若干の余裕がある。

向こうはどうかと見やれば、肩を上下させ非常にお疲れ。

試合の盛り上がりと言う意味でも、この辺りで一つ山場を作りたいものである。

しかし足につけられた重りは更に重量を増し、軽快なフットワークなど期待するだけ無駄。

だがそれはどうやら向こうも同じと、ゴングと同時に気合を入れこちらから踏み込み強く叩きつける。


「…シィッ!…シュッ!」

(これはもう…我慢比べだな…)


相手もここが自分の領分と思っているのか引くことはない。

必然的に前のラウンドを踏襲するような密着状態となった。

基本的には打ち終わりを狙い、初動を看破出来たら打ち初めにも合わせるという流れ。

疲れてはいてもやはり向こうの方が一発はあり、相打ちでは負けてしまうので一時も気が休まらない。


「…はぁはぁ…っ…シッシッ…シィッ!」


強い右をしっかりガード、そして左フックから左アッパーに繋げ、更に右のショートストレート。

俺の場合一発狙いと言えばコークスクリューブローだが、もうこれはそういう試合じゃない。

リスクを極力減らしながらの削り合いだ。



第七ラウンド、両者共に出足が鈍く一度中間距離で差し合う形に。

当然この距離は俺のもの、鋭い左が鼻先を捉え相手は仕方なく前に出て来る感じの動き。


(コークスクリュー…狙うなら今しかない…)


流れを読んでいた俺は、既に構えに入っている。

そして体勢低く踏み込む相手に思い切り左を叩きつけた。


「…ヂィッ!!」


相変わらず次を考えないロマン砲、当たればいいが躱されればデカいのをもらうかもしれない。

しかし幸いにも今回はガードの上、強い衝撃を受けた相手は芯を保てずふらつく形で後退。

これはダメージではなく、疲れで足の踏ん張りがきかないのだろう。

だがそれはこちらも同じ事、正直俺のコークスクリューは疲れを助長させるので、今の状態ではあまりいい選択肢では無かった。


(…まあいい、結果オーライだ。これで踏み込みにくくなっただろう?)


両者疲れたか、手の届かぬ距離で一旦休憩。

しかし直ぐ後、相手は気持ちを前面に出し今一度強く踏み込んできた。

なれば当然、先と同じくドロドロの打ち合いが展開されそのままゴング。



最終第八ラウンド、相手はいかにも体が重そう。

俺も人の事は言えないが、それでもまだ左は切れている。

しかもここにきて、漸く頭が働く様になってきたのは不思議な現象。

終わりが見えたから…だろうか。


「…っ…シッ!」

(明らかにスピード落ちてるな。これならあれを狙えるか?)


スイッチからのカウンターで放つ左コークスクリューブロー。

実戦ではまだ試しておらず、大舞台の前に一度くらいは使っておきたい。


(流石にこんな試合じゃ、胸を張れないしな…)


俺は手数を減らし、一発に神経を注ぎ始める。

あれを打つには場を整える必要があり、先ずは距離。

相手のパンチを受け流し、体勢が崩れた状態でのベストポジションを作らなければ。

しかしこれが一番難しい。


(踏み込みに合わせて下がると、でかい右振って来るな…)


疲れ果て細かい事が出来なくなっているのだろう。

これは狙える、受け流すのは左右どちらでもいいのだ。


「はぁ…はぁ…シッ…」


相手の踏み込みに合わせ左を鼻先に置いてから下がると、案の定大きく右を振りかぶり追いかけてきた。

それをこちらも右で強く叩き落としながらスイッチ…となる筈が、足が付いて来ず上手く切り替えられない。


「…チィッ!!」

(いいや…打っちゃえっ!!)


がむしゃらに放ったそれは、力んだだけの左ストレート。

しかし一応は当たり、相手は後ろにゴロリと転がった。

待望のダウン、会場は結構盛り上がってくれている。

残り時間を見やれば、後二十秒も無い。

結局立ち上がった相手と数度拳を交えた所でゴング、決着は判定へと持ち越されたのだった。

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