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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第67話

二月九日、スポーツ新聞の一面はある記事一色となった。

当然俺が語るのだからそれはボクシングの話題である。

だが異色なのは、それが世界戦ではなく国内のタイトルマッチである所。

階級はスーパーフェザー級、王者御子柴裕也と挑戦者高橋晴斗の一戦は、あらゆるメディアで取り上げられ正に規格外の注目度を誇っている。

両者の戦績も正に怪物と呼ぶべきものであり、王者である御子柴裕也が六戦六勝六KО無敗。

そして対する挑戦者高橋晴斗、こちらも十六戦十六勝十六KО無敗のパーフェクトレコード。

稀代のハードパンチャーにも拘らず何故か小さな故障すらもないとの事で、最早規格外というより人外の気配さえ漂う。

噂ではファイトマネーも破格であり、チャンピオン側は既に数千万単位の契約だという。


「兄さん、これどっちの方が強いの?」

「うん?う~ん…技術の差で御子柴選手が勝つと思うんだけどな~。」


高橋選手の戦績を見れば、ボクシングに詳しい人は少しおかしいと思うだろう。

何故なら、彼の様なボクサーは敬遠されても仕方なく、ここまでハイペースに試合を組むのは難しいからだ。


「この人あれだよね?判定まで行ったら五百万やるとかいう動画を上げてた人。」


そう、六回戦契約で判定まで行ったら三百万、勝ったら五百万というエサに釣られ、挑戦者が後を絶たなかったのである。

実際彼のスタイルは見た感じ穴も多く、立ち回り次第では何とかなりそうなのがミソ。

だが結果は、殆どの者達が一ラウンドでマットに沈んだ。

平常心を保てればまだ試合らしくなったかもしれないが、彼のパンチを目の当たりにすると心を恐怖が侵して来る。

故にその恐怖に屈する自分自身こそが一番の敵と言えよう。


「今日もさ、もし負けたらお金払うのかな?」


スイの頭を撫でながら平坦な声で問い掛ける亜香里。

しかしそれは流石に無いだろう。

いくらなんでもそんな契約王者側が受けないだろうし、挑戦者側からも言わない筈だ。

モニターでは相変わらず煽りのVTRが流されており、見る者の期待を底上げしてくれる。

会場は武蔵アリーナという二万人収容できる大きな施設。

チケットの売れ行きも好調でほぼ満員状態、しかしお客さんの大半は御子柴ファンの女性で占められているようだ。

そして二十時近くになり漸く選手入場が終わるとリングアナのコールへ。


【お待たせいたしました。只今より本日のメインイベント、日本スーパーフェザー級タイトルマッチを始めます。】


わぁっとコンサート会場みたいな声が上がり、まずは王者側から紹介。

これが三度目の防衛戦となる彼、二度の防衛戦はいずれも楽勝というべき内容だった。


【赤コーナ~公式計量は………日本ボクシング界のニューヒーロー!神に選ばれし者だけが持つ眩き光を纏い、今宵怪物退治へといざ出陣。日本スーパーフェザー級チャンピオン!王拳ジム所属~ザ・ラァ~イトッ!みこしばぁ~~ゆうやぁ~っ!】


現在世界二団体で上位ランキングを保持しており、この防衛戦を最後に世界挑戦を表明している。

異名は『ザ・ライト』、常に光の道を歩む者と言う意味らしい。

誰が付けたかは知らないが、国内に敵なしと明示してから上を目指そうというその気概は、王者と呼ぶにふさわしいとそう思った。


【青コーナ~公式計量は………今宵もその拳で全てをねじ伏せるか、それとも剛腕届かず王者の輝きにて焼かれるか……日本スーパーフェザー級一位!ネクストジム所属~ザ・ラァ~ストッ!たかはしぃ~はぁ~るとぉ~っ!】


『ザ・ラスト』、奇しくも御子柴王者と一文字違いの異名。

リングにて出会ったが最後、相対する者全てに絶望を与える。

正にその通り、こちらも誰が考えたか知らないが頷く事しかできない。


【さあ第一ラウンドのゴング!解説は元世界バンタム級王者であり十回の防衛を誇る名王者、田畑選手にお越し頂いております。宜しくお願いします。】

【はい、よろしくお願いします。あ…高橋君やっぱり突っ込んでいきますね。】


挑戦者は今までと変わらず強引にねじ伏せようという構え。

一方王者は乱打戦は勘弁と言った雰囲気で、いつも通り左腕を少し下げた構えのまま足を使いサークリング。


【左ぃ~っ!王者の左が冴え渡る!】

【そうですねえ。このまま強引なだけだと、御子柴君レベルの相手には少し厳しいかもしれません。】


挑戦者のパンチは本当に迫力満点。

しかし王者はガードで受けるのではなく、足で距離を取ってしっかりと躱し切れのあるリードブローで相手を確実に切り刻んでいく。

足運びやポジショニング、パンチを出すタイミングにフェイントの掛け方、全てにおいて俺より遥か上のレベルだ。


「一杯振ってるのに全然当たらないね。」

「うん。多分御子柴選手は凄く研究もしてるんだ。その上でしっかり戦略を練ってきてる。ワンサイドになるかもね。」


高橋選手は俺の時と何も変わってない。

貰いながらも気にせず突っ込み、その剛腕で相手を脅かす。

普通の相手ならこれで心が圧迫され動きが鈍くなる所。

だがこの王者は神経も図太い、徐々に大きく避けるのではなく鼻先で見切る様になってきた。


【さあ第三ラウンド、田畑さん、ここまでは王者ペースですね?】

【本当にそうですね。10対8と付けたくなるくらい一方的ですよ。】


そんな事を語っている内にも左のトリプルが挑戦者の顔面を弾く。

恐らく急所は外しているのだろうが、どうみても貰いすぎだ。

展開次第では、中盤当たりのKОも有り得るかもしれない。


【あっとっ!?挑戦者カットしましたね。まだそれほどの出血はないようですがこれは…】


パンチによるものであれば、傷が酷くなった時王者のTKO勝利となる。

これはもう決まったかと、九割がたの人はそう思った筈。

しかし次のラウンドから、挑戦者が意外な行動をとるようになった。


【おや?挑戦者第四ラウンドからはガード固めてきましたね。】

【珍しいな…高橋君が教科書通りに構えるのは、ちょっと初めて見るかもしれません。】


だがディフェンスに意識を割いた弊害か、手数も極端に減っている。

動きも大人しくなり、鋭く踏み込み追い掛けていた先ほどまでと真逆、まるですり寄る様なじりじりとした動きに変貌した。


【ワンツーッ!王者の鋭いコンビネーション!】

【慣れないガードの隙間を上手く突きましたね。ちょっと効いた感じかな?】


不気味なのはそれでも下がらない所。

ガードの隙間からどんな瞳が王者を捉えているのか、モニター越しではよく分からない。

にじり寄る挑戦者を尻目に、王者の動きは更に切れを増していく。

そしてコンビネーションに倒す事を意識した強いパンチも混じり始めた。

それでもきっちり足は使い、冷静にリスクマネジメント出来ているのは流石というほかない。


【おっとっ!挑戦者強烈な右ストレート!】


ラウンドも終わりに差し掛かった頃、漸く手を出し始める挑戦者。

だが当たらない、というよりもどこを狙って打ってるのか良く分からない。


「何か目のとこ腫れてるけど、あれって見えてるの?」

「多分、まだ視界が塞がるほどは腫れてないんじゃないかな?」


自陣で椅子に腰かける両者の顔を見れば、どちらが優勢かは一目瞭然。

痣一つない王者に、ボロボロの挑戦者。

ここまで差があるとは流石に予想していなかった。


【さあ第五ラウンド、挑戦者はやはりガードを上げてきましたね。】

【そうですね、今まで通りでは勝てない相手だと悟ったのでしょう。ここからどう変わるか見ものですよ。】


王者はサークリングしつつ、切れのあるパンチでガードの隙間を縫う様に刻んでいく。

一方挑戦者は、カウンターを狙っているのか何かを計る様に軽く腕を伸ばす。


【おや?高橋君、鼻先で躱せるようになってきましたね。何度か掴む様に叩き落としてもいますし、これは…】


その動きには彼の代名詞である筈の豪快さが、全くと言っていいほど感じられなかった。

代わりに並の選手では反応するのも難しい王者のコンビネーションを、慎重且つ正確に捌き始めたのである。

そこからモニター越しでも分かるほど圧力を増していき、王者が背中でロープを擦る様になった所でゴング、第五ラウンド終了。

黄色い声援にも少し陰りが見え、誰もが異変を感じていた。


「ここまでは全部カッコいい人が勝ってる?」

「うん。ポイントは全部王者側だと思うよ。問題はここからだね。」


一流の選手は皆持つと言われる修正力。

しかしそれは飽くまで、普段の積み重ねがあるからこそのもの。

いや違うのかもしれない、彼にもあるんだ。

だからこそセコンドは慌てていない、時が来ればおのずから理解してくれると、そう信じているから。


【左っ!これは相打ちっ!】


遂に王者側が一方的に叩ける展開ではなくなった。

高橋選手は恐らく力を籠めて打つよりも、最短最速を意識している。

そうでなければこの男には通用しないと、そう認識したのだろう。

そしてそのハンドスピードたるや、正に常軌を逸している。

徐々にではあるが、リーチの差を鑑みても尚、左の差し合いでは王者側の分が悪いと感じるほどになってきた。

気のせいだろうか、挑戦者の足の使い方や打ち方が俺のそれによく似ている。

それから何度かの攻防を繰り返したのち、王者の鼻から一筋の赤が伝った。


【チャンピオン鼻血出ましたね。力籠めて打ってなくても高橋君のパンチですから、これはきついでしょう。】


その言葉通り相打ちを繰り返している両者だが、明らかに王者側の動きだけ制限されている。

挑戦者がしているのは教科書に載っている様なボクシング。

そう、彼は強敵に出会った今まさに…ボクシングを始めたんだ。

そして第七ラウンド、


【右の相打ち~!あ~っとっ!?チャンピオンダウ~ンっ!倒れてしまった~っ!?】


会場に響く女性たちの悲鳴。

致命的という程のダメージではなく、王者は直ぐに立ち上がると健在ぶりをアピール。

だが格付けは済んだ。

もうこの試合は引っ繰り返らないだろう。

一発狙いをするにも隙が無さ過ぎる。


【第八ラウンド、ここまでポイント的にはどうでしょうか?】

【ポイントは御子柴君が勝ってますよ。勝ってはいるんですけど…判定まで行くのは難しい気がしますね。】


同感だ、ダメージ以前に回復力も違うらしい。

序盤にあれほど打たれまくった筈の挑戦者だが、現在の動きには全く影響を感じない。

対する王者御子柴、こちらは明らかに動きが鈍く、ラウンド序盤この試合初めてのクリンチに打って出る。


【これも珍しいですね、御子柴君のクリンチ…あっボディ入ったっ!!】


言うなれば深層心理の奥まで読むような立ち回り、挑戦者は王者がクリンチの素振りを見せる前から既に動き始めていた。

しかし天才のプライドがテンカウントを断固拒否。

三つ目のカウントで立ち上がると、レフェリーを無視して再開しようとする。

だがそれは成らず、立ち塞がったレフェリーに制止された。


【挑戦者…小さく連打!だがそれでも力強い!そして速いっ!チャンピオン効いたぁ~~っ!?】


直後、割って入るレフェリーが試合終了を宣言。

御子柴選手は意地でも崩れぬと、割って入ったレフェリーにしがみ付き新王者を睨みつけている。

その姿には、同じ男として胸を打つものがあった。


【誰がこんな光景を予想したっ!?怪物退治ならずっ!天才御子柴敗れましたぁ~~っ!】


皮肉な話だ。

相手が御子柴選手でなければ、怪物は完成しなかっただろう。

いや、結局は代わりの誰かがその役目を負ったのだろうが、少なくとも今ではなかった筈。

そして敗北が人を強くするならば、天才御子柴裕也はこの先どんな変貌を遂げるのだろうか。

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