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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第66話

一月最後の日曜日、今日は亜香里と冬子ちゃんの二人を連れて、三人でフィットネスジムへとやってきた。

提案したのは冬子ちゃんだが、妹の運動不足も気になっていたので丁度いい感じ。

因みにこのジムの休日は毎週水曜、それ以外は稼働している。


「あ、及川さん、彼女達の入会手続きお願いできますか?」


トレーナーさんは何人かいるが、やはりこういうのは慣れた人にお願いしたい。

加え及川さんは、この施設の責任者でもあるので間違いないだろう。


「如月冬子といいます!よろしくお願いしま~す!」

「あ…渡瀬亜香里と言います。どうぞよろしくお願いします。」

「うん及川です、よろしくね。遠宮君もちょっと動いてく?それとも今日は無し?」

「そうですね。折角来たんだし、エアロバイクだけやっていきます。」


そうして専門家に二人を一任し、俺はマイペースにペダルを漕ぐ事十五分、隣に見知った顔があり驚いてしまった。


「…あれ?叔父さん?」

「ん?おお、統一郎か。お前も体動かしに来たんだな。」


奇遇だなと笑い合い、ふと思う。

暫く叔父と深い話をしていなかったなと。

ご飯を作りに行くと以前言ったのに、叔父の言葉もありいつの間にか行かなくなっていたのだ。

これもいい機会、今どんな生活をしているのか聞いてみる事にしよう。


「前に看護婦の人と付き合ってるって言ってたけど、その後どう?」

「…はぁはぁ…ん?あ~あれか。折を見て籍入れる予定だ。」

「えっ!?俺なにも聞いてないんだけど…」

「言うつもりだったんだがよ、お前も何かしら忙しいだろ?事後報告でも良いかってな。」


確かに、毎日職場とジムの往復であまり時間の余裕がない。


「式は?挙げないの?」

「相手ももう三十半ばだからな。しかも二回目だし、別にいいって言ってる。」


本人たちが良いならそれでいいのだろうが、身内としては少し寂しく思ってしまう。

それからも近況報告をし合いながらペダルを漕ぎ、互いに良い汗を掻く事が出来た。



叔父がシャワー室へ行ったすぐ後、俺も切り上げ亜香里たちの様子を眺め見る。

何をしているかと思えば、二人並んで直置きタイプのサンドバッグを叩いているようだ。

指導しているのは当然及川さんであるが、本格的というよりは楽しみながらという感じ。

だが亜香里の動き一つ一つに、持ち前の運動神経の良さが垣間見える。

何と言うかこう、膝の使い方に独特のバネを感じるのだ。

これは教えて出来る類のものではなく、明らかに天性のもの。

音も意外に本格的で、パシンパシンと乾いた良い音が聞こえてくる。

一方冬子ちゃんは何というか、如何にも女の子という感じで可愛らしい音を響かせていた。


「いいよいいよ~、はいワンツーワンツー…あと三十秒だけ頑張ってみよう~。」


どうやら運動不足なのは二人供らしく、腕がもう上がっていない。

だが決して苦しそうな感じではなく、顔は笑みを浮かべており楽しそう。


「あ、遠宮君もう上がり?それより亜香里ちゃん運動神経良いね。何かやってたの?」

「確か短距離やってたらしいです。中一の時、既に県で二位だったとかなんとか。」

「なるほど~、でもそういうの聞くと仕込みたくなるね。」


一体何を仕込むつもりだろうか。

流石に女子プロボクサーとかにはしたくない。

自分が傷つくのは良いが、亜香里が傷つくのは大きなストレスになってしまうから。


(あれ?この感情は…春子も同じ事思ってたりするのかな?)


今まであまり考えた事無かった。

自分が傷つく事を叔父や春子、そして亜香里などの近しい人間がどう思っているかなど。


(そういえば春子は、この間の試合の時も辛そうな笑顔浮かべてたな。)


だからと言って辞めるという選択肢は無い。

ならば、一度その事について話しておくべきだ。

これからも自分を支えてくれる大切な伴侶だからこそ、リングで血を流す俺に何を思うのか、それを知っておかなければならない。



「あ~たまには体動かすのもいいもんだな~。亜香里もそう思うでしょ?」

「うん。久しぶりに運動したって感じがする。冬子が良ければ、また一緒に来よう。」


二人供入会手続きは済んだので、これから好きな時に通い体を動かせる。

亜香里はやはりスポーツが好きらしく、昨日より表情が前向きになっているのが分かった。

冬子ちゃんはどうなのだろう、スタイルを維持する為とかそんな感じか。


「よ~し!この調子なら今年の夏は勝ち組決定だ~!」


浜に行ってナンパでもする気なのだろうか。

出来ればあまり危険な事はしないでほしいのだが。

この時ふと気付く。


(俺…海に行ったことあったっけ。)


大昔に行ったことがあるような気もするが、記憶が朧気でどうにも思い出せない。

思い至れば、行ってみたくなるのが人情。

良く聞く、波に足を攫われるとはどういう感覚だろうか。

考えれば考えるほど、気になってうずうずしてきた。


「二人供、今年の夏は春子たちも連れて一緒に海行こうな。」

「えっ、マジでっ!?統一郎さんが連れてってくれんの?やった~っ!」

「私も…行くんだよね?」

「当然。大丈夫だよ俺達も一緒だし。ナンパなんて追い返してやるから。」



▽▽



翌週二月最初に日曜日、春子たちの部屋へ訪れた際この間交わした話を伝える。


「うちでは毎年家族で行ってるんだ。去年も行ったし統一郎君も誘いたかったんだけど、忙しそうだったからね。」


聞けば如月家だけでなく、南家も合同でのイベントらしい。

まさに家族ぐるみの付き合いというやつだ。


「つまりあれだ。男は遠宮君一人という事になるからね、力仕事はよろしく頼むよ。」


そう言われても、何をすればいいのか分からない。

まあその時になれば分かるのだろうが。

そうして話が一段落着いた頃、今日聞こうと思っていた事を思い出した。


「春子に聞きたいんだけどさ…」

「ん?なあに?急に改まって。」

「いや別に大した話じゃないんだ。けど聞いておかなきゃならないと思って。俺がボクシングをやってる事について、どう思ってるのかって事を。」


賑やかな話題から一転、真面目な話を切り出す。

これは所謂、空気が読めないという奴ではなかろうか。

そんな心配をするが、春子は柔らかな笑みを浮かべ真剣に応えてくれた。


「そうだね。この間初めて直に見てやっぱり思ったけど。好きな人が血を流してるのは怖いし辛いよ。」

「うん…」

「でもさ、それが統一郎君のやりたい事で、それを取り上げちゃったら笑ってくれなくなると思うから。だから支えていこうって…そう思うかな。」


そう語り終えると、春子は照れ隠しに笑う。

南さんが口を挟んでくれればいつもの空気に戻りそうだが、今日に限って何も言わず眺めているだけ。

俺と春子は互いに照れ笑いを浮かべ、一室は微妙な空気なってしまった。


「…いやはや、ちょっと席を外した方がいい感じかい?セックスするだろ?」

「「いやいやいやいやっ!?ここではしないよっ!?」」

「別に気を使わなくたっていいのに。まあ流石に一晩中だと困るけどさ。」


まさに大人の余裕。

そういえば南さんの恋愛事情ってどうなってるんだろうか。

モテるのは春子から聞いて知っているが、実際誰かを選んだという話は聞かない。


「そういえば悠子、この間誘われてた飲み会、行く気じゃないでしょうね?」

「ん?行くのも面白いかと思ってるよ。ああいう下心が透けて見える男の相手は、存外楽しいものさ。」

「駄目ッ!あれは獣の巣窟だよっ!下半身で物を考えるケダモノの巣っ!」


まあ実際の所、春子も四六時中一緒な訳でもないから交友関係の全ては知りえまい。

意外にこの間の叔父と同じく、いきなり籍を入れる等という事もあり得る。

そうなった時恐ろしいのは春子の反応、相手の男性に食って掛かりそうな勢いだ。


「冗談だよ。春子の世話もあるしね。今はまだ一緒にいてあげるよ。」


南さんという女性は、言葉一つ一つに何か揺るぎないものを感じる。

いつかは俺もこう在りたいものだが、その様に在れる自分を全く想像できないのが現実。


「春子は私の事より自分の事を考えなきゃ駄目だ。将来は世界チャンピオンの妻になるんだから…そうだろう遠宮君?」


問われた俺は微笑み、迷いなく頷いた。

今月付で国内ランキングは五位、十分に日本タイトルを狙える位置だ。

世界は確かに遠いが、それでも続いているのは間違いない。

勝ち続けた先に、間違いなくそのベルトはあるんだから。

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