第65話
一月一日元旦、前年と同じ面子に加え、今年は亜香里も交えての初詣となった。
雪が積もっている事もあり、三人共が振袖ではなく動きやすい格好をしている。
「お母さんがね、うちでおせち用意してるから皆連れてきてほしいってさ。」
その言葉に逡巡を見せるのは亜香里。
やはり初めて訪れる家は苦手の様だ。
「大丈夫だよ亜香里ちゃん、春子の家族は皆フレンドリーだから。直ぐに打ち解けられるよ。」
「そうそう、悠子なんか自分の家みたいに寛いでるんだから。」
南さんの様なしっかり者が言うなら信用できると、亜香里も小さく頷き一路如月家へ。
俺も赴くのは結構久し振りなので、何気に緊張してしまう。
▽
「いらっしゃ~い。統一郎ちゃんの妹に会えるって聞いたから楽しみにしてたのよ~。」
相変わらずテンション高めのお義母さん。
その後ろからひょこっと顔を覗かせるのは、如月家の次女である冬子ちゃんと愛犬の茶太郎。
茶太郎は春子と会えたのがよほど嬉しいのか、興奮が抑えられない様だ。
そして冬子ちゃんは俺達を眺め見ると、その視線は亜香里の所で止まる。
「へ~、貴方が亜香里さん?確かに美人だけど、統一郎さんとはあんまり似てないんだね。」
「…え?あ…はい。特に血の繋がりはないので。」
「そうなんだ~。それで一緒に暮らすのって…なんかエッチィね。」
快活そうな笑みを浮かべ、一見無邪気に語り掛けている様だが、声色に少し揶揄いが混じっている。
亜香里はそれに気付けるだろうか。
真面目に受け取って塞いだりしたら問題だが。
「こら冬子っ!どうしてそんなこと言うのっ!」
「え~?問題ないと思うよ~?本人にそういう気持ちが無ければ~だけど。」
お義母さんから窘められてもなんのその、のらりくらりと自分を崩さない。
この強かさは亜香里が見習うべき点かもしれないが、こうなってほしいかと言われれば微妙だ。
そんな会話が繰り広げられる中、春子は実の妹にチョップをかました後、茶太郎と共に俺達を居間へと案内する。
「悠子さんと会うの久し振りだな~。いつ見てもカッコいいです。」
「そう?春子だってキャンパスじゃ結構話題になるんだよ?」
「え~?うっそだぁ~。あのお姉ちゃんが~?」
どうやら冬子ちゃんは、南さんに憧れているらしい。
その割には言動が真逆なのは何故か。
居間にはお義父さんとお婆さんもおり、二人供がのんびりテレビを眺めていた。
「明けましておめでとうございます…お義父さん。」
「ああ…明けましておめでとう。この間の試合は見事だった。」
そう、後から聞いたのだが、如月家は家族全員で見に来てくれていたらしい。
それには当然冬子ちゃんも含まれ、彼女の目にはリングに立つ俺がどう見えただろう。
気になり視線を向けると、どうやらまた亜香里に絡んでいる模様。
「ねえねえ亜香里さん?」
「は、はい。何でしょうか?」
「私と友達になろうよ。でさ、春になったら一緒に学校通おう?後、友達になるんだから呼び捨てでもいい?」
「春になったら…そう、ですね。分かりました。呼び捨てで大丈夫です。」
俺は彼女達の会話に耳を済ませながら、お婆さんが取り分けてくれたおせちを頬張る。
「亜香里って彼氏いる?」
「…いませ…いないよ。作る予定もないかな。」
「え~?モデルみたいな外見してんのに?絶対損してるってっ!街歩けばみんな振り返るでしょ?」
変な場所に連れていかれないかちょっと心配だが、亜香里もあれで芯が強い。
家族を悲しませるようなことは、絶対にしないだろう。
それにそう言う気配があれば、お義母さん辺りがきつく叱ってもくれる筈。
まあ、その兆候を悟れればという前提つきだが。
「彼氏とかは正直…あんまり興味ないかな。」
「そうなんだ~…じゃあ何に興味あるの?」
亜香里の動きが止まる。
そういえば、彼女はもう一度陸上をやったりはしないのだろうか。
母から聞く限りは相当運動神経も良いらしいが、このままでは宝の持ち腐れだ。
「今はスイと一緒にいる時間が一番楽しい…かな。」
いつの間にか亜香里の隣には茶太郎がおり、頭を撫でられ嬉しそうにしている。
猫も可愛いが、こうしてみると犬も中々に捨てがたいものだ。
「スイ?あ~猫ちゃん?会いたい会いたいっ!今度遊びに行ってもいい?」
ちょっと心配だったが、意外に良い友達になってくれそうで一安心。
夕方までゆっくりと過ごしたのちは、俺だけ早めにお暇し、ジムへと向かった。
今日くらいはという甘えこそ最大の敵、寧ろこういう日にこそ当たり前に出来なければ。
▽▽
一月二日日曜日、今日は朝のロードワークを終えたら一路南の陸前県栗原市に向かう。
せめて一週間くらいは、亜香里を実家で過ごさせてやろうというのである。
本人は電車で行くと言ったが、兄としてこれくらいはしてやらねば。
まあ関係性を厳密にいうなら只の同居人だが、それは野暮というものだ。
「お帰りなさい、寒かったでしょう。あら、可愛い猫ちゃんね~。」
「スイって言うの。とっても良い子なんだ。」
四日からは仕事もある為、俺にスイの世話は難しい。
よって外泊する際は、こうして主と一緒に向かう。
俺は軽い挨拶を済ませると、抱えていた猫用トイレなどの道具を一旦置かせてもらった。
「よく来たね統一郎君。泊っていくのは…やっぱり無理かい?」
「すみません。夕方になったら俺だけ帰ります。来週の日曜日にはまた迎えに来ますけどね。」
「そうか。残念だな。そういえばこの間の試合、ユアチューブで見たけど凄かったね。」
一応動画配信サイトでジム名義のチャンネルを作っており、試合映像などをそちらで流している。
それほど再生回数は伸びていないが、こうして見てくれる人も確実にいるのだ。
そうして雑談を交えながら居間で寛がせてもらう事にした。
「今年も本当に色々あったわね。こうして直接会ってみれば、亜香里も元気になってるみたいだし。」
それは俺も思う。
甘やかしてる自覚もあるが、それ以上に彼女は良くやってくれているのだ。
少なくとも現状に於いて、俺は家の事を一切しなくてもいい。
これは言葉以上に大きな意味があり、彼女は間違いなく今の俺を支えてくれている。
「本人曰くですが、四月からはまた学校に通うつもりみたいです。」
「そうか…まあ、あまり無理せず自分のペースでやるんだぞ。」
「うん。分かってるけど、いつまでも今のままじゃやっぱり…」
状況はこれまでと違い、一人でお弁当を食べるような事にはならないだろう。
余計なお世話かもしれないが、後で冬子ちゃんに連絡し俺からも個人的に頼むつもりだ。
癖の強い子ではあるみたいだが、あの春子の妹だし性根の歪んだタイプでは無い筈。
寧ろああいう強かな子が友人に居れば、頼もしい事の方が多い。
そして叶うならば、亜香里もまた彼女を支えられる存在になって欲しいと願う。
片方が寄りかかっているだけの友人関係など、ありえないのだから。
▽▽▽
正月も終われば、本格的に上を目指す練習へシフトする。
俺の場合新たに何かを増やすのではなく、一つ一つ上積みを重ねていく形。
ジャブはより精度を、右は今より強く、フットワークはより滑らかに。
「どうした坊主、正月で腹たるんだか?」
コーナーポストを背にした俺の腹を力一杯叩く牛山さん。
語る表情には少し揶揄いが混じる。
因みにこれはボディを鍛えると共に、痛みと苦しみに慣れる意味も兼ねた作業だ。
牛山さんは老齢ながら中々に重いパンチを打つので、少しでも気を緩めると膝をつきたくなってしまう。
そして俺が終わると次は明君の番、続いて佐藤さんという流れであり、周囲にはそんな俺達を眺める人たちが数人。
この間の試合の効果か、保護者を連れた中学生三人組が見学に訪れているのだ。
中学生とは言っても四月から高校生になるらしく、亜香里とは同級生という事になるだろう。
まだ入会するかどうかは分からないが、こうして人が増えるのはジムとしても有難い限り。
一応俺からも声をかけておくべきか。
そう思い歩み寄ると保護者に一声。
「どうも。うちの会長はしっかり計画立てて選手を育てるので、安心してもらってもいいと思いますよ?」
「そうですよね?いきなりリングで打ち合うとか、そりゃないですよね。」
やはり親であればこういう所が不安に思うらしい。
まあこの後会長からも説明が入るだろうが、選手目線での話も参考にはなるだろう。
そして今度は保護者ではなく、その息子たちに問うてみる。
「三人は幼馴染か何か?:
「あ、はい。皆やってるスポーツは違うんすけど、幼稚園から一緒っす。」
頷き合う彼らを見て思う、俺にもそういう同年代の仲間が欲しかったなと。
「そっか。こちらとしてはいつでも歓迎だから。最初は軽い気持ちでもいいから、良かったら取り敢えず通ってみて。」
彼らの返事から、何となくいい感触を覚えた。
本当に何となくだが、新たな仲間が増えるかもしれない。
明君にとっては、学校でもジムでも後輩という間柄になる彼ら、どういう関わり方をするだろうか。
それも少しだけ楽しみではある。




