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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第62話

十二月十一日試合前日、気温は低いが晴天。

計量は泉岡県営体育館の一室で行われる。

この施設は初めて訪れたが、体育館という響きからは想像できないほど立派な外観をしていた。

今回は三千数百程度の席数に抑えているが、限界を求めれば四千以上の席が作れそう。

だがこのままキャリアアップしていけばここも卒業し、数キロ離れた場所にある泉岡アリーナを本拠地とする事になる筈だ。


「五十,…菊池選手、フライ級リミットです。」


興行の一番手を務める明君は、デビュー戦なのに完璧な調整をしてきた。

続く相手選手は少しリミットを下回り通過。

並んだ感じ身長は同じくらいの選手で、向こうもデビュー戦らしい。

続いて秤に乗った選手、その傍らに立つのは成瀬ジムの面々。

今回の興行には、数少ない東北地方のジムは全て参加している。

そしてその相手は全て中央の選手達。

これは会長も狙ってやっているのだろう。

因みに遠方から来る選手たちの宿泊費などは、全て主催側が負担する形の様だ。


「統一郎、久しぶりだな~。この間の試合は凄がった、強ぐなったな。」


皺の刻まれた顔をクシャッと歪め、嬉しそうに語り掛けて来たのは成瀬ジムの会長。

言わなくても分かるだろうが、うちの会長の父親である。

その後ろにはもう一人の息子である高志さんもおり、俺と目が合うと互いに小さくお辞儀しあった。


「おい実、ちゃんと計画練った上でマッチメイクしてんだろうな?」

「ちゃんとやってるって兄さん、見れば分かるだろ?大体今は同門じゃないんだから、あまり構わないでよ。」


会長がこんな風に話すのを見るのは初めてだ。

兄弟間だとこういう口調になるのか、何だか凄く新鮮。


「どうも成瀬会長、牛山って言います。いつも息子さんには…」

「ああ、よぐ聞いでら。いっつも実が助けでもらってるって。どうもどうも。」


牛山さんもいつもと違う雰囲気、これも新鮮と言えば新鮮だ。

因みに及川さんはフィットネスジムに残り、明日の試合当日にセコンドの為こちらへ一緒に来る予定。

そして周囲を眺めている内に佐藤さんも計量を済ませており、いつの間にか自分の出番に。


「え~六十,九㎏、ライト級遠宮選手OKです。」


少し余裕を持ちすぎた感はあるが、体の調子は良い。

続いて秤に乗るのは、対戦相手の村松選手。


「え~六十一,二…村松選手ライト級リミットです。」


こちらはギリギリを攻め、きっちりと仕上げてきた。

付き添っているのは所属ジムの面々、今回の興行には同門が三人出場する。

実は明君の相手もこのジムの選手。

全員の計量と検診が終わると、取材陣から一同並んでの一枚を求められ横並びで応える。

県内のボクシング興行はこの十年一度も無かったので、それなりの注目度を集められた様だ。

勿論カメラを構えている人達の中には、ずっと俺に付いてくれていた陸中テレビの山崎さんもいる。

こんなに注目を集めるようになった俺を見て、少し嬉しそうな顔をしているのは気のせいか。

なにはともあれ地元での開催、胸が躍る。

その後、軽いリングチェックを出場選手たちと共に済ませ、陣営皆で帰宅と相成った。



その日は現地で休むのではなく、普通に家に帰り休む流れ。

車で一時間程度なので、まあ当然だ。


「お帰り。ご飯は?」

「昼食は向こうで食べてきた。でも夕飯は早めに食べるよ。六時過ぎくらいかな。」


現在は十五時過ぎ、さっきレストランで奢られたばかりだがもう腹が空き始めている。


「あ、そうだ、ケーキ買ってきたから。ショートケーキがいいって言ってたよね?」


試合前日に家にいるというこの感じ、凄く違和感がある。

この時間はホテルで休んでいるのが、今までの俺にとって常識だったのだが。

そして居間で横になると、横には愛猫を抱いた亜香里が座る。


「亜香里、明日の場所分かるよね?」

「うん…多分。春子さんと悠子さんが駅まで迎えに来てくれるらしいから。」


それなら安心だ。

あの二人に任せておけば、迷子になる事も無いだろう。

目を瞑ると、お腹に何やら柔らかい感触が。

何だと見やれば、スイが俺のお腹に乗って寛いでいた。

しかし撫でようとすれば逃げるので、こうして眺めるだけで満足する事としよう。


▽▽


十二月十二日試合当日、空はちょっと曇天の雪模様。

第一試合の予定開始時刻は十五時、そこから順に消化していきメインは第八試合。

予定では十八時頃だろうか。

昼過ぎになると当日計量と検診を終えた選手達が、徐々に控室へやって来る。


「控室広いですね。個人用とかはなさそうですけど。」


各コーナーの控室は二部屋ずつ、だが一室が広いのでかなり動いても邪魔にならなそう。

だが備え付けのモニターなどはない様で、試合の経過は把握出来ない。

そうしてキョロキョロ見回していると、及川さんが一室の奥へ進み手早く床に大きめのマットを敷いた。

そして俺達に、ここへどうぞと促して来る。


「遠宮君、久しぶりの赤コーナーだけどどんな感じ?やっぱり青が良かった?」


言う通り、俺としては今回も青が良かったのだが、色々な都合上こうなった。

一応今日の興行における主役は俺、だがそれでもある程度は皆の都合に合わせるべきだろう。


「普通ですね。特に気負いとかはないです。良い感じに緊張できてますよ。」


当然と言えばいいのか、明君と佐藤さんも赤コーナー。

我がジムの人員と準備の都合上これは仕方なく、同じように北野ボクシングジム側は全員青コーナー。

一応成瀬会長たちも同室だが、選手の集中を妨げる事になりかねないので話しかけるべきではないだろう。

現在の時刻は十四時前、そろそろ明君は軽く動き始める頃か。

そう思っていると、空いた扉の隙間から覗き込む数人の姿を見つけたので手招きしてみた。


「すみません。集中している所を。」


それはコートで体を隠したBLUESEAの三人娘。

どうやら開始前に一言だけ挨拶に来てくれた様だ。


「皆さん、今日はよろしくお願いします。精一杯頑張りますので。」


リーダーの言葉に倣い残る二人も一礼、静かに退室していった。

花さんが何も言わず出ていったのは少し意外。

そんなこんなあり同門を見やれば、既にバンテージも巻き終え臨戦態勢が整っていた。

出番の早い明君は牛山さんと共に何か作戦会議の様な事をしている。


「…佐藤君、入っても大丈夫?」


声のした方に視線を向ければ、どうやら佐藤さんの同僚らしい男性方、恐る恐る足を踏み入れ少しの歓談後一礼し観客席へ戻っていく。

そして入れ替わる様にやってくる若者たち、こちらは明君の同級生か。


「明、マジで頑張れよ。俺らも声上げっから。KО頼むぞ!」


こういうの良いなと、見ていて普通に羨ましくなった。

彼らが退室すると、明君の表情も引き締まる。

それを見ればどうしても思う、勝たせてあげたいなと。

だが今は自分の事が一番、俺が不甲斐なければこの興行は失敗に終わる。

それを自覚しなければ。



時刻は十五時を回り、明君は気合の入った顔で一室を後にして行った。

丁度そんな時、扉の隙間から覗き込む見知った者達の姿を見つける。


「…悪いな統一郎。集中してたか?」


小声でささやきながら入室してきたのは叔父。

こうして生で試合を見てもらうのは、デビュー戦以来二度目だ。


「ごめんね統一郎君、一応応援だけしとうこうかなって…」

「すまないな。私がそうした方がいいって言ったんだ。」


叔父の後ろから顔を出したのは、春子と南さんの親友コンビ。

更にその二歩くらい後ろには亜香里もおり、こういう空気ではやはり腰が引けるのか俯いていた。


「俺としては凄く嬉しいよ。でも今同門の明君が戦ってると思うから、出来れば応援してやってほしいかな。」

「ああそうだったな。ほれ女性方、早く観客席に戻るぞ。じゃ、頑張れよ統一郎。」


叔父に押される様にして一室を後にすると、彼女らは扉を潜る際それぞれが視線で激励してくれた。

亜香里は実の所、こういう知らない人が一杯いる所はあまり好きではないらしい。

それでも俺を応援する為に駆けつけてくれたのだ。

ならば見せてやりたいものである、強い兄の姿を。


「…遠宮さん、どうやら終わったみたいですよ。」


ガウンを深めに被り集中していたので気付かなかった、通路から漏れてくる牛山さんの声に。

そして返ってきた明君の顔を見てハッとする。

何故なら、顔にかなり青痣を作っていたから。

これではどっちが勝ったか分からない。


「安心して良いよ遠宮君。危なかったけど最終ラウンドTKO勝利。」


詳しく聞けば両雄気負い過ぎたか、共にダウンを奪い合う熱戦を演じたらしい。

頑張ったねと声をかけると、明君は深々と頭を下げてからシャワー室へ向かった。

それから間に二試合挟み、初の六回戦となる佐藤さんが出陣。

しかしこちらはあまり心配していない。

もっと上に行かない限り、恐らく彼は負けないだろう。

その予想通り、佐藤さんは完全に相手を完封する形で盤石の勝利を掴み、俺に繋げてくれたのであった。

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