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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第60話

試合から数日後、ボクシング専門誌の記者が初めてジムまで取材にやってきた。


「来月の始めに行われる挑戦者決定戦、遠宮君としてはどう見てるのかな?」


日本タイトルへの挑戦権を賭けた一戦。

ランキング一位は松田隆文(まつだたかふみ)選手、所属はダイヤモンドジム。

対するは四位の篠原武彦(しのはらたけひこ)選手、所属は帝都拳闘会。

二位と三位は王拳ジムの選手であり、王者との同門対決を避けると言う意味で辞退した様だ。

因みにその王者は、もうすぐ引退をほのめかしている。

さて話題を戻し今回の試合、身長は篠原選手の方が十センチ近く高いが、好んで距離を取るタイプではない。

どちらも強気にガンガン打ち合う気質なので、きっと面白い試合になるだろう。

只、前者は生粋のファイターであるが、後者は一応離れても戦えるので引き出しはこちらの方が多い。


「そうですね。難しいですけど…松田選手が勝ちそうな気がします。」

「デビュー戦で松田君を降してるけど、今やっても同じ結果になると思う?」

「いえ、どちらもあの頃とは別人ですから。やってみないと分かりませんね。」


面白い記事になりそうな、過激な発言を引き出したいのだろう。

しかし、俺は性格的にそう言うのはあまり好まない。

欧米の選手みたいにエンタメと割り切って相手を挑発するのは、多分俺には無理そう。


「じゃあ、今日は有難うございました。来年は遠宮君も絡んできてね。期待してるから。」

「チャンピオンカーニバルにって事ですよね?」


チャンピオンカーニバルとは、挑戦者決定戦に勝ち残った選手と迎え撃つ王者の一戦。

基本全ての階級で行われる、国内マッチに於いては結構大きなイベントである。


「そうそう。そうすればもっと面白くなるからさ。」


今回の取材記事は来月号の巻末に載るらしい。

何でも【時を越え蘇る地方の星】というタイトルが付けられるとか。

これは暗に、会長以来の有望な地方弱小ジム出身選手という意味合いだろう。

東北の雄としては相沢さんが一番の有力だが、彼の所属は弱小どころか全国でも稀に見る設備を誇る大きなジムであり、本人はかなりの実績を誇る元アマチュアエリート。

小規模な地方ジムから突然現れた天才ボクサー成瀬実を継ぐ者としては、余り相応しくない。

だからこその俺なんだ。

トレーニングマシンの一台すらないこのジムだからこそ、這い上がるストーリーもまた彩られるのではなかろうか。



十月初旬、ライト級の日本タイトル挑戦者決定戦が行われた。

放送は月額製のスポーツ専門チャンネルなので、見る人自体はあまり多くないだろう。

一方俺は丁度日曜という事もあり、ゆっくり家で観戦する事が出来る。

対して先週行われたスーパーフェザー級の挑戦者決定戦は、しっかり民放で流されていた。

この扱いの格差は、話題性や一般人における関心の差と言っても過言ではない。

そしてその試合を物にしたのは高橋晴斗、怪物と呼ばれし男。

戦績は十六戦十六勝十六KО無敗、現在七試合連続一ラウンドKО中。

王者御子柴裕也と共に、現役世界王者を差し置いて国内最強の呼び声を二分する男である。

いや正確には、御子柴ファンの女性たち以外は基本高橋が最強であるという説を推している様だ。

これには俺も同意。

何故なら既に完成されたボクシングを見せる御子柴選手に対し、高橋選手は未完成もいい所、伸びしろしか感じない。

故に、将来性を加味して後者となるのだ。


「うわっ…この人って兄さんもやられた人だよね?やっぱり強いんだ…怖いね~スイちゃん。」


日程の都合で殆どの階級は既に同様の試合を終えている。

今はそのハイライトが流されている状態。

モニターに映し出されているのは、高橋選手の暴力的な連打を受けコーナーを背に呆然としている相手選手。


「うん。本当に強いよ。でもこのままのスタイルを貫くなら、御子柴選手には勝てない気がする。」

「そう?見た感じこっちの人の方がずっと強そう。スイもそう思う?」


亜香里が話しかけると、愛猫はミャアと鳴いて応える。

まるで本当に言葉が分かっているかの様に。

それはそれとして、彼女の言う事も分かるがやはりボクシングは喧嘩とは違う。

こんな大振り、世界レベルの卓越した技術を持つ相手には空回りしていまう筈だ。

そう信じたい。

そして時刻は二十時前、丁度夕食を食べ終えた頃、漸く目的の試合が始まった。


「あっ、目のとこから血出てるね。」

「うん。松田選手の頭が当たっちゃったんだよ。でも故意じゃないから、減点にはならなそうかな。」


身長差が十センチ近くある上、どちらも強気に前に出て打ち合うから、どうしてもこういう事は起こり得る。

しかし幸い傷は浅く、インターバルの処置で出血は抑えられた様だ。


「こんなにバンバン殴り合うの、見てて怖くなるよ…」


亜香里は眉を顰めるが、これは本当に気持ちの入った良い試合だ。

互いに殆どクリンチせず、自分が一番好む距離で強いパンチを交換し合っている。


「はは、まあ俺はこういう試合しないからね。」


俺はモニターを眺めながら、しっかりと分析もしていた。

松田選手はガードが上手くなったし、そして何よりパンチの回転が速くなった。

以前相対した時は、ステップや重心移動に若干の不慣れを感じたが、今はそれを微塵も感じない。

では相手の篠原選手はどうか。

こちらは何というか、一発一発を力一杯打つ印象。

相当パンチもあるのだろう、松田選手はしっかりガードを上げよく凌いでいる。


「十ラウンドまでだから…後二ラウンドだよね。これどっちが勝ってるの?」

「う~ん…多分松田選手かな。ほら、結構差が出てきたの分かる?」


単純なパワーと言う意味では互角だが、後半になりガードへ向ける意識の差が出始めた。

打ち合ってはいても、強打をしっかりガードしていた松田選手。

対して篠原選手は、下から突き上げられ顔が跳ね上がるのを何度も目にした。


「小さくコツコツと積み重ねるボクシング、こういうの好きだなぁ。」

「あっ…倒れた。」


少し目を離した隙に、いつのまにか篠原選手がダウン。

どうやらみぞおちへのボディアッパーが、奇麗に入ったらしい。

右に左に苦しそうに悶える姿を見かねてか、セコンドからタオル投入。

見事松田選手が、タイトル挑戦権を手にした。


【これは日本タイトルも面白い試合になりますよ。何せ松田君と大道君はスタイルが殆ど同じですからね。】


解説の人が言う様に、それは俺も思っていた。

今の王者もグイグイ前に出て圧力で押しつぶすタイプ。

観客席から見る分には、これほど盛り上がる試合も早々あるまい。

願わくば次からは、俺もその場所に絡んで行きたいものだ。



▽▽▽



十月二十日、実はこの日は亜香里の誕生日。

要らない物を送って気を使わせては元も子もないと、欲しいものを聞き出す事にした。


「えっと、じゃあね、これが…欲しいかな。」


亜香里がスマホの画面で指差したもの、それは、


「…自動猫じゃらし、五千九百八十円……何だこれ?」


簡単に言えば、自身が構えない時に猫を遊ばせる為のもの。

自分の誕生日プレゼントなのに、まあ亜香里らしいともいえるが。

取り敢えず俺は何も考えず、その商品をカートに入れ支払いも済ませた。

その日の夜、春子にそのことを伝えると、


『あははっ!誕生日までスイちゃんに捧げるなんて、亜香里ちゃんらしいね~。』


同感である。

だがスイがうちにやってきてから、亜香里は影のある表情を殆ど見せなくなった。

相変わらず休学扱いのままで留年もほぼ確定しているが、もしかしたらという期待はある。


『あ、そうだ。来年さ、可愛くない方の妹が森平高校に入学するんだよね。』


実の妹である冬子ちゃんの事を言っている。

俺は暫く春子の実家にお邪魔していない為、外見はかなり見違えているだろう。


『でさ、もし来年から亜香里ちゃんがもう一度通うんなら、よろしく言っておこうと思ってるんだ。』


それは良い考えかもしれない。

まあ、今の時点ではそうなったらという程度の話だが。



▽▽▽



十一月の始め、ジムにもう一人のプロ選手が誕生した。

誰かなど言わずもがな、明君の事である。

C級と表記されたライセンスが届くと、それを眺める彼の瞳はキラキラと輝いており、見てるこっちまで嬉しくなるほど。

そしてほぼ同時期、デビューも決まった。

それはつまり、初めてうちのジムが主催で興行を打つという事。

メインイベントは務めるのは言うまでも無く俺。

因みにランキングは、何故か今月付で七位となっている。


「日取りは十二月十二日の日曜日、場所は泉岡県営体育館。チケットは三千三百枚弱売り出す予定だよ。」


今回は俺も積極的に動き、能動的にチケットを捌く必要がある。

商店街を回りポスターを張らせてもらい、番組で問い合わせの電話番号をテロップで流してもらうなど。

後者は会長の仕事かもしれないが、それでもやるべき事は山積みだ。

勿論職場にも了承を得て、ポスターは勿論直接俺に問い合わせても良いという形にしてもらおう。


「それでね、入場曲とかも改めて決めておいた方が良いと思うんだけど…どうする?」


今までそう言うのは全部会長に任せてきた。

流石にこれからはそういう訳にもいくまい。


「おいおい会長、一番大事な相手の事、伝え忘れてるぜ?」

「ああ、そうだったね。ゴメン舞い上がってたよ。えっとね…」


村松正敏(むらまつまさとし)二十七歳、百七十四センチのボクサーファイターで日本ライト級八位。

戦績は二十一戦十六勝四敗一引き分け、KОが十あるカウンターパンチャー。

所属は北野ボクシングジム、日本王者を二人抱えるそれなりに有名なジムだ。

現在二連敗中ではあるがその試合は相手が格上だった故の結果、とても油断できる相手ではない。


「地元だからって気負い過ぎるのは駄目だよ。まあ、ある程度は仕方ないけどね。」


最初の一戦は大事だ。

地元局である陸中テレビがスポンサーであり当然中継も入るので、無様を晒せばこれからの集客に大きな影響を及ぼすかもしれない。


「ああそれともう一つ、陸中テレビさんの計らいでね、ラウンドガールをBLUESEAの彼女達が務めてくれるから。」


最近地元以外でも知名度を上げている彼女達。

これは盛り上がりそうだ。

最初で躓けば必ず後に響く、この興行は絶対に成功させなければならない。

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