↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父子鷹の拳  作者: 遠野大和
PR
52/295

第52話

翌日早朝、俺はロードワークから帰るとまず朝食の準備、それから六時半に亜香里を起こす。


「亜香里、朝だよ。もう少し眠ってたいなら、先に朝食済ませちゃうからね。」


ノックしても返事が無く、まだ寝ているのだと判断。

学校が始まるのは明日からなので、今日くらいはゆっくりさせておこう。

慣れない環境での精神的な疲れもあるだろうし。

そう思い背を向ける、すると、


「…おはよ。」


振り返ると、眠そうなパジャマ姿の亜香里が立っていた。

少々気を使わせてしまったか。

居間のテーブルに置手紙でも残しておけばよかったかもしれない。


「うん、お早う。顔洗っておいで。」


聞こえているのかいないのか、亜香里はのそりのそりと洗面所へ向かう。

そして戻ってきた彼女は、しっかり目が覚めた表情をしていた。


「基本朝は納豆とか焼き魚だよ。特に今は高タンパク低脂質のものがメインになる。夜はササミとかかな。昼は一応作り置きしてくからレンジでチンして。」

「…これは?」

「ああそれは、野菜と果物で作ったスムージーだよ。減量中の朝は計量日近くまでこれを飲むんだ。亜香里の分もあるから。」


寝起きだが食欲はあるらしく、お椀に大盛りのご飯をよそい目の前へ。

そして亜香里と向き合い座り、二人でいただきますと言ってから食べ始める。

だが俺は、ちゃんと食べてくれるかが気になりチラチラ視線を向けてしまい、そのせいで彼女は少し食べづらそうにしていた。


「どう?美味しい?」

「…うん。お味噌汁とか、お母さんより美味しいかも。」

「そっか、良かった。おかわりあるからね。」


流石に朝はそこまで食べられないらしくおかわりは無し、その後俺は洗い物を手早く片付ける。

後は好きに過ごしてくれと言い残し、一人仕事場へと向かうのだった。



「お早う御座います。」

「ああお早う。試合もうすぐだね。休み三日前からでいいんだっけ?」


開店前からいるのは大体副店長のみ。

この一年、仕事の大半はこの人から教わった。


「はい。いつも本当にありがとうございます。」

「良いよ別に。宣伝もしてくれてるしね。」


そう、実はささやかな恩返しとして、トランクスにスポンサーと同じ形で店名を載せているのだ。

だが正直に言えば今の時点では何の効果も無いだろう。

これから大きな舞台に立ち、大勢の目に触れるようになればそれも変わるだろうが。


「じゃあいつも通り品出しからお願い。終わったら発注やってみようか。」


この一年である程度仕事は覚えたが、まだまだ覚える事は多い。

以前店長から取るよう勧められた資格は一応取得できたが、だからと言って特に仕事が変わった訳でもなくいつも通り。

まあ一応お客さんに聞かれた時の為に、ちょっとした医薬品の知識は持っておいてくれと、そういう意味合いの様だ。

品出しをこなしていると、いつの間にかパートの奥さん方がやってきて朝礼。

そこからは品出しと少々の接客、昼を過ぎれば店長が出勤するという流れで進む。

俺はこの店のちょっと緩い感じの空気が凄く好きだ。

恐らくずっと続けていくのではないだろうか。



翌日、今日は亜香里の入学式。

俺は仕事で出られず、渡瀬夫婦がこちらに赴き出席した。

まあ俺が出るのはおかしな話なので、自然且つ当然な流れなのだが。

次の日の朝、亜香里の顔色は優れなかった。

不安に思ったが、本人が大丈夫というのでそれ以上は聞かずただ見送るだけ。

因みに登校は以前俺が使っていた自転車か、悪天候の場合はバスでの通学となる。

そして夕刻過ぎ、練習も終わり帰宅。

居間でテレビを眺めている亜香里にどうだったかと聞くが、いつも以上に声が小さく少々顔色も優れない。

そこまで学校が嫌いなのだろうか。

モデルみたいな外見をしてる彼女の事、良い意味でも悪い意味でも目立つ光景が目に浮かぶ。

とはいえこの時期から嫌な目になど早々遭う訳もないと思うのだが、はてさて何を語り掛けるべきか。


「…夕飯はロードワークの後だからもう少し待ってて。」


無理するなとか、頑張れとか、そんな言葉は今の時点で適切ではない。

じゃあ何が出来るのかと言われても、俺に出来る事等こうして普通に接する事くらい。

表情から察するに、学校に行くこと自体が嫌なのだという事は分かる。

でもそれが只の我が儘か、若しくはもっと大きな理由があるのか、それが分からない。

母にも聞いたが、中学三年の始めくらいから体調不良を訴える事が増え、登校日数は結構ギリギリだったらしい。

当然苛めなどを疑うも、教師曰くそれも無いとか。

まあ教師などいくらでも嘘をつくので、当てにはならないが。

とにかく俺に出来るのは見守ることくらい。

そしていつか助けてくれと請われたなら、全力で彼女を守ろう。



▽▽



四月十四日、計量日前日の夜。

調整は全く問題ない。

しかし問題ないのと不安が無いのは別の話。

リミットギリギリを攻めるので、風呂上りは体重計とにらめっこする事も多い。


「…統一郎、もうお風呂あがった?随分長いけど……あ、ごめん。」


いつもは亜香里が最初に入るのだが、今日は珍しく俺が先に入った。

そのせいで、いつもは見せない様にしているおかしな姿を見せてしまう。

体重計の上でしゃがみ、一人でぶつぶつと呟く俺の姿を。

ライト級での減量はそこまで苦しい訳ではない。

だがそれでもこのくらいの期間になると、どうしても神経質になってしまうのだ。


「ああゴメン。もう上がったから入って良いよ。」


やはりこの時期は心に余裕を持てない。

もっと彼女に目を向けてあげたいのに、それすらも出来ていない。


「あの統一郎…私は大丈夫だから。」


保護者どころか気を使わせる始末、思わず自分の頭をガツンと殴り付けたくなった。

全く、シャンとしろよ…男だろ。

心の中で、そんな事を呟き気合を入れ直した。

因みに洗濯物などは下着も含め俺が洗っている。

意外にそういった所に抵抗感はない模様。

寧ろ俺の方が少し気を使っているくらいだ。



翌日はいつも通り、朝早くからの出発となる。


「じゃあ亜香里、俺はもう行くから。ご飯しっかり食べるんだよ。お菓子ばっかりじゃ駄目だから。」

「うん、分かってる。心配しないで。」


彼女には念のため、一万円の現金とクレジットカードを渡している。

ちょっと過保護な気もするが、亜香里は見た目以上に幼い一面があり心配なのだ。


「あ、ゲームの課金とかに使ったら駄目だよ。」

「…そ、そんな事しないよ。」


分かっている、ちょっとした冗談だ。

彼女は母の教育が良かったのか、そういう線引きはしっかり分かっている。


「…頑張ってきて。兄さん。」


牛山さんが運転するワンボックスカーがやってきて乗り込もうという時、背中に届くか細い声。

彼女が俺を兄と呼ぶのはこれが初めて、何よりのエールとなった。



計量はいつも通り一発通過。

対戦相手の三浦選手も一発通過。

だがメインであるフライ級の東洋タイトルマッチ、その王者側であるフィリピンの選手が体重超過、再計量で何とかギリギリ通過し慌ただしい計量となった。

いや正確に言うならば慌てていたのは日本側だけ、向こうの陣営はしれッとしており、文化の違いを感じる。


「あれが普通なんですかね?一度目の計量は調整…みたいな。」

「う~ん、皆が皆そうって訳じゃないけど、日本人ほどは重く受け止めてないよね。」


メインイベントが開始前に躓けば、その時点で興行は厳しいものとなる。

そう言う意味でプロモーターの帝都拳闘会は肝を冷やしただろう。

最悪、相手の体重超過を呑んだまま試合を受けざるを得ないのだから。

興行主ともなればこういう気苦労もあるのだなと、思い知った形だ。



試合当日、今日の出番は六試合目。

セミファイナルの一つ前だ。

控室は今日も青コーナー、出来るならそうして欲しいと伝えたのを汲んでくれた形。

下位とは言えランキングにも名を連ね、十人余りの応援団も駆けつけている。

そして横にはカメラを回す、陸中テレビ山崎さんの姿。


「調子良さそうだね。いよいよタイトルも見えてきた。今まで以上に応援しがいがあるよ。」


そう告げた彼は、グッと握り拳をこちらに向けてから観客席に向かっていった。

見えてきたとは言うが、タイトルマッチなんてまだまだ先の話。

うちの場合、恐らくランキング二位以上にならなければ辿り着けない。

何故なら上位二人になれば、挑戦者決定戦という形で一位と二位が争い、ジムの規模に関係なくチャンスが与えられるから。

交渉などで漕ぎ着けるのは多分厳しい。


「遠宮君、バンテージ巻くよ。」


いつも通りこの仕事を任されるのは及川さん。

俺としてもこれが普通になっており一番落ち着く。

だが未だにワセリンの感触には慣れず、その感覚が肌を覆うと思わず顔をしかめてしまう。


「坊主、そのトランクスとシューズ似合ってんじゃねえか。」


ガウンにトランクス、そしてリングシューズ。

全てにオジロワシの刺繍が為され、いつかは俺のトレードマークとして扱われる時が来てほしい。

いつか来るかもしれないそんな光景に思いを馳せながら、徐々に体を解し準備を進める。


「遠宮君、そろそろだよ。」


見れば係員の姿、通路に出ると後援会の人達がおり力強い声援で送り出してくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。