表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父子鷹の拳  作者: 遠野大和
51/288

第51話

四月に入ると、入学式を二日後に控え亜香里が母さんと共にやってきた。

前日ではなく二日前となったのは俺の都合、休みに合わせ来てもらった形である。

そして駅に着いたと連絡を受け、一路車を走らせたのだ。

天候は生憎の雨、母娘の姿を発見した俺が二度クラクションを鳴らすと、二人供急ぎ駆け寄った。


「ありがとね、統一郎。助かったわ。」

「…ありがと。」


助手席に母、後部座席に亜香里が乗っているこの感じ、何だか不思議だ。

それから一言二言交わしながら十数分、我が家に到着。


「趣のある良いお家だわ。ね、亜香里もそう思うでしょ?」

「…これ築何年?今時こんな引き戸、初めて見た。」


亜香里は母に諫められているが、まあ若い子ならこんな感じの感想を抱くだろう。

しかしその第一印象から、住めば都だと思わせるまでが俺の役目だ。

そんな事を思いながら鍵を開け、さあどうぞと中へ促す。


「中は新しいのね。最近リフォームしたの?」

「らしいよ。俺が借りるちょっと前だってさ。外観はわざと年季ある感じにしてるのかもね。」


亜香里も意外そうな表情をしているのを確認出来、少し嬉しくなった。

それから先ず案内するのは、六畳間の和室。

ここが亜香里の部屋になる予定であり、既に彼女の荷物が入った段ボールを運び入れている。

必要な家具は今日これから購入予定、布団は既に俺が用意した敷布団があり、畳が傷むのでベッドは使わせない。


「綺麗な和室、日当たりもいいし、良かったね亜香里。ありがとね統一郎。」


母の呼びかけに彼女は小さく頷いた。

反応は小さい、だが何となく部屋自体は気に入ってくれたらしい。


「じゃあ後は私達で荷ほどき済ませちゃうから、統一郎はゆっくり休んでて。」


下着などもあるだろうし、これは素直に従うべきだろう。

因みにだが、同居人が増える旨はしっかり管理者に通達し手続きを済ませている。

それから母娘がせっせと部屋作りに精を出し、終わったのは一時間ほど経った頃。


「母さん、終わったら昼食がてら家具買いに行こう。」


気付けばもうお昼時、さて昼食はどこで済ませようか。

俺は二週間後に試合を控えているので、そう言う意味でも難しい所。

だが二週間もあればある程度調整がきくのもまた事実、何より特別な今日という日を侘しい食事で終わらせたくはない。

そうして今一度三人で車へ乗り込み向かった先は、数キロ離れたステーキハウス。


「俺はチキンステーキ百五十グラムのセットで、二人は?」

「折角の良いお店だし、好きなもの食べなさい亜香里。これなんてどう?陸中県産の…」

「…よく分かんないし、それでいい…三百グラムで。」


細身だが結構食えるんだなと、意外な一面を垣間見た。

料理が運ばれてくると目が輝き、ナイフ捌きも中々のもの。

淀みなく流れる様に一口サイズへと切り分け口に運んでいる。


「この子ね、本当は結構食べるのよ。この間は初対面だったから恥ずかしかったみたい。」

「…これくらい普通だと思う。育ち盛りだし。」


つまり今現在、少しは心を許してくれているという事か。

こうして徐々にでも素を出す様になってくれれば、これから先も良い関係を築いていけるだろう。


「じゃあお会計してくるね。」

「統一郎、お母さんが払います。せめてこれくらいはさせて頂戴。」


そう言われてしまえば意地を張る場面でも無し、母にご馳走になる形で店を後にした。

そして次の向かうのは家具などが売っているお店、あれやこれやと語り歩く二人を後ろから眺め付いて歩く。

母の問い掛けに対する亜香里の返答は非常にサバサバとしたものだが、仲自体はとても良好なのだろう。

そうして購入した家具は俺の車でも積み込めるサイズの物ばかりであり、そのままの流れで日用品を買って帰宅と相成った。


「母さんは泊まっていけないの?」

「ええ。主人は料理できないし、家を空けるのも心配だから。」


人とは変われば変わるものだ。

俺が朧げに知る母は、いつも家を空けてばかりだったはずだが。

そんな記憶を思い出し少し寂しさを覚える。

その後母は、何故か父の墓参りに一人で向かった。

付いて行こうかと言ったのだが、寂しそうな笑みを浮かべ一人で行きたいと告げられては、食い下がる訳にも行くまい。

それから戻ってきた母と共に、居間で三人僅かな時を惜しむ様に語り合った。

そして夕刻頃、今一度最寄り駅まで向かう。


「統一郎、面倒掛けちゃって本当に申し訳なく思っているわ。」

「いいって。俺にしてもずっと叔父と暮らしてきたから、一人は少し寂しかったんだ。」

「貴方は本当に…良い育ち方をしたのね。私はどうして…」


母は何かを言い淀んだ。

だがそれは言葉にせず、亜香里に向き直り告げる。


「亜香里、ちゃんとお兄ちゃんの言う事聞いて、あまり迷惑かけるんじゃありませんよ?」

「…分かってる。またね、お母さん。」


母を見送る亜香里の瞳は、少しだけ潤んでいた。

どんなに平然を装っていてもまだ十五歳、親元を離れるのは寂しい筈。

だがそれは、いつか俺が本当の家族になれたならある程度は解決するのではないか。


「亜香里、帰ろう。俺達の家にさ。」

「うん…よろしくお願いします。」


意外にしっかりとした挨拶に驚きつつも、亜香里と共に帰路に就くと俺はいつも通りジムへと向かった。



家からいつものスウェット姿でジムまで走ると、駐車場に車が二台見える。

一台は会長、もう一台は恐らく今日からうちのジムに通う佐藤幸弘選手のものだ。

因みに牛山さんは家が近いので、基本歩いてやって来る。


「お、来たな坊主。ほれ、最初が肝心なんだ。うちのエースであるお前がビシッと躾してやれ。がははっ!」

「あ、よろしくお願いします!今日から森平ボクシングジム所属の佐藤幸弘です。」

「はい、こちらこそ来てくれて本当にありがたいですよ。」


会長たちが言うに彼は相当な実力者。

俺にとっても良い実戦練習の相手となるだろう。

明君にとっても俺よりは階級が近いので、良い実戦感覚を磨けるはずだ。


「統一郎君、ちょっとスタイルとか見る意味でも、さっそく今日手合わせしてもらえる?」


移籍当日でいきなりスパーとは、会長も見た目以上に張り切っているらしい

明君もちょっと意外そうな視線を向けていた。

そして互いにリング上で数ラウンド体を動かしてから、スパーの準備を整える。


「最初だから三ラウンドね。グローブは統一郎君が十四オンス、幸弘君は十二オンスを使おう。」


カァ~ンと、牛山さんが手に持ったゴングを鳴らしスタート。

先ず知るべきは相手の距離、リーチは多分十センチ近く向こうが長い。

三階級下なのにである。

そうして差し合い一分半、何となく彼が得意とする戦い方が見えてきた。

躱し方は大半が大きく仰け反るスウェー重視、だが後手を引くだけではない。

その体勢から器用に左フックで側頭部を狙ってくるのだ。


(これ、分かってても避けにくいな…)


現にこのラウンド中、二発は確実にもらっている。

常に重心を後ろに構えているので、俺のリードジャブが中々届かないという点も厄介。

届かせるにはどうしても踏み込まざるを得ず、狙いは自然にボディへと向かう。


(なるほどっ、ボディ狙いにはフックからアッパーに切り替えるのか。反応も早い。)


俺とは違う意味で、彼の生命線は左。

しかしインファイトが苦手というのは謙遜では無かったらしく、近い距離になると少しやり易さも感じた。


(苦手なら苦手なりに、出来る事を精一杯…か。)


苦手な距離になっても慌てず焦らず、しっかり相手の動きを見て対処、そこから隙を見つけしっかり強打を返す。

たった三ラウンドだけでも嫌というほど分かった。

彼は確かに良い選手、早々負ける事はないだろう。

思った以上にハンドスピードがあるのも、何気に厄介な点の一つである。


「「あっした!」」


並んでグローブを外してもらっている最中、互いに感じた事を伝え合う。

こういうのは同門ならでは、何だか嬉しい。


「相沢さんの言う通りでした。遠宮さんのジャブってとにかく痛いです。八オンスだったらって考えると寒気しますよ。」

「佐藤さんはあれですね。あんなに仰け反りながら、よく強いパンチ打てますね。」

「はは、自分ビビりなんで、いつの間にか出来る様になってました。」


こうして新たな同門を迎え、偶には新しい風が吹くのも悪く無いと感じていた。

こういう刺激ならばいくらあってもマイナスにはなるまい。



もう後は寝るだけという時刻、やはり年頃の女性を預かるという事情故、念のため春子に連絡を取ってみた。


『そっかぁ~妹ちゃんと遂に同居か~。でも亜香里ちゃんって美人なんだよね?もしかして統一郎君、今ドキドキしてたり…』

「してないよ。正直に言えば一人の女性として見てはいるけど、間違いとかは犯さないから心配しなくていいって。」

『あはは、冗談だよ。でも今度紹介してね。試合終わった頃にでもさ。』


春子の明るい声を聞いていると、世の中どうにでもなりそうな気がしてくる。

そんな彼女が毎日傍にいてくれる生活、いつかは手にしたいものだ。

その為にも必要なのは結果、頑張ったという過程ではなく結果。

色々あるが、そろそろ本格的に心を切り替えなければ躓きかねない。

そんな事を考えながら思いを巡らせていると、いつの間にか眠りに落ちているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ