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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第25話

十二月初旬の日曜日、六回戦進出を祝ってという訳では無いが、一つの催しが開かれた。

場所はジムからほど近い区の公民館。

そこでは既に多くの大人たちが集まり酒盛りを始めている。

思ったより数も多く、三十人以上はいるだろうか。


「統一郎君、紹介したい人いるからこっち来て。」


誘われるままについていくと、そこにいたのは作業着姿の中年男性。


「どうも始めまして。新田忠重(にったただしげ)といいます。よろしく。」

「こちらの新田さんは自動車工場を営んでて、後援会の会長もやってくれるんだよ。」

「そ、そうなんですか。まだまだ駆け出しですが、頑張りますのでよろしくお願いします!」


第一印象が悪くならないよう、出来るだけ爽やかに声を張る。

すると周囲の大人たちからは、温かい拍手が巻き起こった。

今ここに集まってくれているのは、俺やジムの活動を支援してくれる後援会組織の面々。


「私はそこまでボクシングに詳しくないけど、テレビで見てるうちに感情が入ってね。」


もしかしたら、会長はここまでの影響を鑑みてメディア戦略を展開していたのだろうか。

この人ならそのくらいは考えていそうな気がする。


「会長さんが言うにはね、最終的には地元で興行をやりたいらしいから、その時は我々も微力ながら協力させてもらうよ。」


思いもよらぬ温かい言葉、思わず目頭も熱くなる。

だがその直後、しんみりとした空気をぶち壊すあの人の声が響いた。


「おい坊主ぅ~~…こっちこぉ~~い。」


声の主は牛山さんだが、見なくても分かるほど酔いが回っている様だ。


「…はぁ…なんですか牛山さん、酔っ払いの相手は勘弁なんですけど…」

「ごめんねぇ~統一郎ちゃん、この人呑み始めるともう止まんなくて。」


そう語るふくよかな体型の女性、この人が牛山さんの奥さんである。

ここにいるという事は、店は臨時休業だろうか。


「あ、いえいえ、おばちゃんに言ったわけじゃないです。いつもお世話になりましてどうも…」

「坊主ぅ~~…菊池さんの話を聞いてやれ…」


まだ話の途中だというのに旦那の方が割り込んできた。

そもそも菊池さんって誰だよ。


「ああごめんなさいね。私が菊池です。」

「あ、どうも、遠宮です。本日はご足労いただき有難う御座います。」

「流石しっかりしてるな~。それでなんだけど、来年高校生になるうちの息子が、そちらのジムに通いたいらしくてどんなものかと。」


聞けば、ずっと野球をやってきたので高校でも続けるのだろうと思っていたが、急にボクシングをやりたいと言い出したのだとか。

確かに競技的に危険も付きまとうし、親としては心配だろう。


「それは趣味でと言う意味ですか?」

「いえ…本人はプロを目指したいと…」

「本人にやる気があって両親が賛成してくれるのなら、何も問題は無いと思います。」

「あ~それなんですが、私は別に構わないのですが妻が…」


語る菊池さんの視線を追うと、心配そうな顔で俺を見る優しそうな女性。

恐らくこの人が奥さんなのだろう。


「菊池さんの奥さんですか?」

「はい!あの…本当に大丈夫なんでしょうか?大怪我したりとかは…」


これを言われると困る。

確信を持って頷くのは、絶対に無理な質問だからだ。

俺が言い淀んでいると後ろから会長の声。


「大丈夫ですよ菊池さん。今は昔に比べ安全には充分配慮されていますし、勿論確実とは言えませんが、それは野球などにも言える事です。」

「そう…なんですか。」

「ええ。それに何より、ご子息の挑戦したいという意思を汲んであげてほしいんです。そうすれば例え満足な結果に繋がらなかったとしても、きっと人生における大きな財産となる筈ですから。」


聞いていて思う、こういう言葉は若輩が語っても早々響くものではないなと。

辛酸をなめてきた会長が語るからこそ重みが増すのだ。


「ほら、会長さんもこう言ってるだろ。明の意思を尊重させてあげよう。」


渋々と言った感じに頷く奥さん。

ここ迄慎重になる理由としては、番組で流されたあの映像も関係しているだろう。


「坊主ぅ~~!酒注いでくれぇ~!」


全くこの人はと思いながらも、重い空気が払拭された事実には感謝。


「統一郎君、丁度いいしそのまま皆さんの酌をして回ってくれる?」


しがない地方選手が上を狙うとなれば、こういう活動も必要らしい。

それからは一言二言言葉を交わしながら各席を回り愛想を振りまいた。


「どうぞ。」

「ん、有難う。」


中々に表情の硬い男性、対して隣には楽しそうに笑う女性の姿がある。


「統一郎ちゃん、いつもテレビで見てるよ~。娘も食い入るように見てるからさ、同級生だし今度声掛けてみてよ。」

「そうなんですか。有難う御座います。それでお名前は…」

「生徒会長やってたから多分知ってると思うんだけど、如月春子って言うのよ。」

「……なるほど、存じております。」


丁寧に挨拶をするべきか否か迷ったが、この場は流し次へと向かう。

そして宴もたけなわという頃、締めの挨拶として俺が何か述べる事に。


「え~本日はお忙しい中お集まりくださって、皆さん本当に有難う御座いました。え~っと…」


語りながら思う。

集まってくれた人達は、無理して大人ぶったこんな言葉を聞きたいのだろうかと。

きっと違う。


「…ふぅ…すいません、大人ぶるのは止めます。」


一度立ち止まり考える。

彼らはどんな言葉が聞きたいだろうかと。

そしてそれは、この場限りの嘘であってはならない。


「…正直な事を言えばこの先、俺が勝ち続けられるかどうかは分かりません。」


これは事実だ。

世の中には俺より才能にも環境にも恵まれ、努力も惜しまないそんな存在もいる。


「けれど、例え負けても心は折れない。それくらいしか強みが無いので。」


諦めなければ願いは叶う、そんなに甘い世界じゃない。

でも諦めたら可能性すらなくなるんだ。


「ですから…そんな自分でもよければ、何卒これからも…応援よろしくお願いします!」


頭を下げてから数秒後、一斉に降り注ぐ拍手の雨。

会長も頷いており、それなりの期待には応えられた様だ。

そうしてホッと一息ついていると、後援会長の新田さんが何やら荷物を抱えてやって来る。


「これ、私ら後援会からのプレゼント。」


何だろうと思いながら受け取ると、


「これって…わぁ、凄い。」


それは選手が入場したりする時などに羽織るガウンであった。

全体的な色は黒を基調としており、特徴的なのは背に描かれた刺繍。


「これは(たか)…ですか?」

「これは(わし)だね。正式にはオジロワシって言うんだけど、森平川沿いでよく見られるんだ。」


何でも翼を広げれば二メートルにも達する大柄な鳥らしい。

雄大な巨鳥に倣い君も世界に羽ばたけと、そんな願いが込められているのだろうか。

そして大人たちに促され、早速その場で纏ってみる。


「いいねぇ。凄く似合ってるよ。」


刺繍は丁度飛び立つ瞬間を描いたもので、何となく力をもらえた気がする。

同時にこれを纏うたびに思い出すのだ。

自分に期待してくれている人達の事を。

実感する、人は修練のみならず心持ちでも一つ強くなれるんだと。



▽▽



翌日の学校、今日から就職組は午前だけの特別授業となっている。

それ以外は、進路によって授業であったり自習であったり様々だ。

当然俺は就職組である、行き先は決まっていないが。

なので四限目が終わると、如月さんに付き合い居残ってから帰るという流れ。

因みにお弁当は持って来ている。


「……でね、お母さんがもう会長さんにデレデレなんだよ。カッコ良かったって、本当もう煩くて…」

「そう?昨日は普通だったけどな。」

「外面だけは凄く良い人だからね。」


偶然ではあるが両親と会う事も出来、後会っていないのは妹さんだけ。

そんな事を考えていたら、ふと気付く。

誕生日を知らない事実に。

これは不味いと、なるべく自然な流れで聞き出そうとする。


「そういえばさ、如月さんって春子っていう名前だから春の生まれなの?」

「うん。四月三十日……あっ、私も遠宮君の誕生日知らないよ!」


過ぎたばっかりなので、少々伝えづらい。


「えっ!?一週間前じゃん!どうして教えてくれなかったのっ!?」

「えっと…なんていうか、ゴメン。」

「ん~…まあいいや。今週末うちに来て。少し過ぎちゃったけどお祝いしよ。」


普通のトーンで言われたので、俺は特に何も考えず頷いてしまう。

だが少し経ってから事の次第に気付き、漸く慌てふためくのだった。

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