第26話
この日如月さん宅にお呼ばれした俺は、お婆さんが営んでいる喫茶店で待ち合わせする事になっていた。
時刻は昼少し前、格好はオシャレなど知らぬので上下お揃いのスウェット。
既に両親とは一度顔合わせも済んでいるので、その印象のまま無理せずらしくあるべきだろう。
まあそもそも俺は、制服以外にジャージとスウェットしか持っていないのだが。
「あ、いたいた。中で待ってればいいのに。寒かったでしょ?」
「え?そうでもないよ。ここまで走って来たし。」
「そっか。じゃあこっち。歩いても十分くらいだよ。」
出発する前に一応お婆さんにも一声挨拶、それから如月さんに手を引かれ狭い路地を通り、商店街の裏側へと進む。
「ここだよ。普通の家でしょ?」
立派だよと返すべきかもしれないが、本当に普通の二階建ての一軒家。
見た感じ白い外壁は綺麗なままで、そこまでの時間経過は感じない。
リフォームしたか、若しくは建ててから精々十年くらいではなかろうか。
「凄く綺麗な家だね。最近建てたの?」
「八年前だったかな?そのくらいの時期に建て替えたんだ。」
ふと思う、何故俺は若者らしい会話が出来ないのかと。
高校生が初めて知人の家に伺い尋ねたのが築年数、これはちょっとおかしい。
「変な事聞いてゴメンね。何か気になったから。」
「うん?別にいいよ。遠宮君に当たり前とか期待してないし。」
一見傷つきそうな言葉だが、今回は少し救われた。
そして彼女に手を引かれ、玄関扉を潜る。
「おかあさぁ~ん、遠宮君連れてきたよ~!」
直後、バタバタと駆け寄る音が聞こえる。
「あ、統一郎ちゃんいらっしゃぁ~い!ほら、入って入って!」
母親は以前と同じく賑やかな雰囲気の人だった。
挨拶を済ませると、脱いだ靴はしっかり揃えてから中へ。
すると目の前にある階段を降りて来る、妹らしき女の子が見える。
姉妹なので当然だが、どことなく如月さんに似て可愛いらしい女の子だ。
何となく雰囲気も似ている気がする。
「へ~、お姉ちゃんって意外に肉食なんだ~…手ぇ早いねぇ~。」
「違いますぅ~。私は以前から遠宮君と仲良しだったんですぅ~。」
俺を挟んで言い合う姉妹、だがどこか楽しそうでもある。
「私、妹の冬子です。姉に飽きたら御一報ください。相談に乗りますよ。」
「えっと…ど、どうも。」
妹さんは中々に皮肉の利いた言い回しをする。
「わっ、やっぱり筋肉凄ぉ~い。お腹も触らせてもらっていいですか?」
何という大胆な娘さんだろうか、姉に睨まれながら平然と俺の体をまさぐっている。
そして台所に戻った母親に変わり、姉妹に手を引かれ居間へと通された。
畳敷きの一室には、胡坐をかいて座る大黒柱の姿があり、俺にとってはまさに緊張の一瞬。
「先日ぶりだね。春子と仲が良いと聞いて少々驚いているよ。」
「す、すみません。あの時言えたら良かったんですけど…」
「いや、別に責めている訳では無い。君は節度を守った付き合いが出来る人物だと…私はそう信じているからね。」
私は、という部分にただならぬ圧を感じた。
まさか裏切るまいねと、そんな幻聴すら聞こえるほどの。
「お父さん感じ悪ぅ~い…外出る用事とか無いの?」
妹さんの辛らつな言葉を受け、お義父さんは少し寂しそうな表情を浮かべる。
だがものは考えよう、ここでフォローする事によって俺への心象を良く出来るかもしれない。
「お、俺は、お義父さんがいてくれた方が良いな~。その方が、何ていうか…」
「………お義父さん?」
これは失敗、完全に睨まれてるから分かる。
「…お父さん…お祖母ちゃんのとこで食べてくる気ない?」
今度は姉の方から辛辣な言葉を投げつけられるお義父さん。
娘よと、そんな言葉も聞こえそうなほど寂しそうな表情を浮かべ、何も言い返さず背中を丸めたまま居間を後にする。
大黒柱である筈の背中は男親の哀愁を纏い、見ているだけで心苦しくなった。
「ま、待ってください!二人供駄目だって…そんなこと言ったら…」
「え~だってぇ~、お父さん感じ悪いんだもぉ~ん。」
「…でも確かに、ちょっと言い過ぎたかな。」
この二人、似ているようで似ていない。
何と言うか、妹さんの方からは慈悲が感じられないのだ。
こういうタイプを敵に回すと、手段を選ばず徹底的に叩き潰されそうで怖い。
特にネット時代の今は。
「お父さん、ちょっと言い過ぎたゴメン。ほら冬子も。」
「え~?やだぁ~私悪く無いもぉ~ん。」
止めてくれるのを期待していたのか、お義父さんはさっと定位置に戻る。
そして俺達もテーブルを囲み座ると、お義母さんがケーキを持ちやってきた。
「遠宮君、十八歳の誕生日おめでとう。」
バチバチと手を叩かれ、少々気恥しい俺は控えめに何度も礼を告げる。
嬉しい事に、お義父さんも恥ずかしそうにしながら参加してくれていた。
「有り難うございます。こんな風に祝ってもらえたのは初めてかもしれません。」
「「「…えっ!?」」」
俺の言葉に反応したのは女性陣、そんなにおかしな事だろうか。
男だけの家庭では、こんな風に誕生日を祝う方が珍しい気もする。
「確かに遠宮さんって友達少なそうだもんね。」
「冬子!そう言う事言わないの!」
お義母さんからの有難い気遣いだが、こういうのはフォローされた方が寂しくなる。
「統一郎ちゃん、ほら食べて食べて。チキンもあるのよ。」
「母さん、彼は特殊な環境にいるんだ。何をどのくらい食べるかは本人に決めさせなさい。」
この言葉だけで分かる、お義父さんは意外に俺の事を考えてくれているのだと。
そしてこの気遣い、実は結構有難かったりする。
「ありがとうございます。じゃあ、いただきますね。」
こんな時くらいは体重を考えず食べたい所だが、場合により突然試合の予定が組まれるかもしれず、こちらとしてはいつでも対応できる体を維持しておかねばならない。
興行に空きが出たならば、俺はどんな相手でもやるつもりなのだから。
▽▽
「統一郎ちゃん、また来てね。」
「また来なさい。後、くれぐれも節度を守った付き合いをする様に。」
お義父さんの中では、既に付き合っている事になっているのだろうか。
俺はふと如月さんに視線を向ける、すると彼女は含みのある笑みを浮かべた。
これは、どう考えても催促している。
まあ、今までの言動を鑑み好意は筒抜けなので当然か。
(でも、これはこれでやりにくいな…)
そうは言ってもなし崩しでは締まらない。
ビシッと男らしくケジメをつけるべきだろう。
そんな事を思っていると、妹さんから爆弾投下。
「ずっと気になってたんですけどぉ~、何か付き合ってる割には距離遠くないですかぁ?」
「え?あ、いや、そのぉ~…」
「…本当に付き合ってるんですかぁ~?」
「あ~何というか…告白はこれからする予定…です。」
一拍ほどの静寂、直ぐ後玄関に響く笑い声。
「あっはははっ!遠宮さんってめっちゃ面白いんですけどぉ~っ!」
「ふふふっ…統一郎ちゃん、うちは大歓迎だから頑張ってねっ!」
耳まで真っ赤にする俺と如月さん、お義父さんは何故か申し訳無さそうにしている。
「で、ではっ、本日はどうも有難う御座いましたっ!」
空気に耐えきれず、駆け出す様にして如月家を後にする俺。
マンションに帰り着くまで、ずっと考えていた。
こうなった以上、適当にお茶を濁すわけにもいくまいと。
(試合後のリング上で告白…いや、まだ勝利者インタビューなんて無いな。そもそもハードルが高すぎる。)
色々考えた結果、やはり卒業式がベストという結論に行き着くのだった。




