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父子鷹の拳  作者: 遠野大和
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第21話

用語解説

OPBF:東洋太平洋ボクシング連盟、WBCの傘下であり2021年現在、本部は日本にある。

文字通り東洋太平洋圏内に所属している選手のみに権利が生じ、日本人選手にとってはある種世界への登竜門的な立ち位置だろうか。

翌日は叔父の診察を受けてからの登校と相成った。

学校に着いたのは、丁度二限目が終わる頃。

そしてチャイムが鳴るのを見計らってから、こそこそ教室に入る。

だが気付かれ、一瞬皆の視線がこちらを向いた。


「きょ、今日は、け、怪我ないんだね。」


軽く挨拶しながら席に着くと、声を掛けてきたのは今まで殆ど話した事の無い女子生徒。

どうやら昨日試合だったことは知っている模様。

まあしょっちゅうここで如月さんと話してもいたし、当然と言えば当然か。


「う、うん。き、昨日は落ち着いてやれたから。」

「そ、そっか…」


彼女はそれだけ聞くと、仲の良い女子グループの元へ戻っていった。

現状、クラスでの俺の扱いは正直よく分からない。

ちやほやされる訳でもなく、当然苛めを受ける訳でもなく、積極的に関わる者もまずいないのである。

話しかければ普通に会話できるので、別にボッチという訳でも無い筈だ。


(そういえばネットで、誰しもが一生に一度はモテ期が来ると書いてあった。なら俺は?)


気付かぬうちに過ぎ去ったか、もしくはこれからか。

まさかまさかの、今という事だって無きにしも非ずだ。

授業中だというのに、我ながら変な事ばかり考えている。

だが意識してしまうと行動も危うくなるもの、きょろきょろと見回しては女子の動向を窺う。


(あっ…)


さっき話しかけてくれた女子と目が合うと、小さく手を振ってくれた。

対し俺は、苦笑しながら小さな会釈を返す。


(いやちょっと待て。俺には好きな女性がいるんだ。これは駄目だろう…)


とは言っても、異性との交際経験すらない童貞。

微笑みかけられるだけでも勘違いしてしまう。

男とは元来どうしようもないもので、誘惑をはねのけるには相当な気持ちの強さが必要だ。

まあそもそも、勝手に誘惑と思い込んでいるだけなのだが。


(…心を鎮めよう。)


俺は己の弱さを自覚し、昼休みまで外の景色を眺め過ごす事にした。



昼休み、チャイムの音とほぼ同時に中を窺う女性の姿を発見。

いわずもがな如月生徒会長、いや元生徒会長である。

そして慣れた仕草で椅子を借り受け、対面に腰を下ろした。


「昨日メールありがとね。結果気になってたから、凄く嬉しかったよ。」

「いや、遅い時間にゴメンね。もう寝てたでしょ?」

「ううん、起きてたよ。もしかしたらって思ってさ。」


メールを送ったのは昨日帰り着いてからなので、日付が変わる少し前だ。

もう少し早く送るべきだったが、勝利に浮かれ忘れていたのである。


「あっ、また大きなお弁当箱に戻った。」

「うん。試合後だから自分へのご褒美のつもり。」


内容もいつもとは違い、おかずは冷凍の揚げ物中心。

レンジでチンして出来上がりの簡単調理だ。

この辺りも自分へのご褒美に含まれる。


「そっかそっか。あ、お祖母ちゃんの玉子焼き食べる?」

「あの甘くて美味しいやつ?うん。もらう。」


俺達の関係、傍から見ればどう見ても付き合ってる様にしか見えないだろう。

だからという訳では無いが、卒業までにはしっかりと気持ちを伝えるべきだ。

その結果どういう答えが返ってきたとしても、俺は前に進める。


「…遠宮君、どうしたの?」

「え?ああ、いや…何でもない。」

「そっか…あんまり考えすぎないでね。」


考えすぎるな、どういう意味だろうか。

俺が何を考えていたのかを、まるで分かっているかのような言葉。

ならば今すぐ伝えるかとも思うが、今はあまりにも先が見えなさすぎる。

両立出来そうな仕事場があるかすらもわからず、ボクサーとしてものになるかも不明瞭。

周囲の皆とは、余りにも状況が違いすぎるんだ。


「如月さんの家族はさ、その…どういう感じ?」


一体俺は何を聞いているんだろうか。

不意に口を突いて出た問いは、どうにもあやふやなもの。


「う~ん、普通だよ?お父さんは建築系の会社に勤めてて、お母さんとお祖母ちゃんは喫茶店。時々私と妹も手伝うね。そんな感じ。」


幸せそうな家庭だ。

そこに先の見えない不安定な男を紹介されたらどうだろう。

同年代の人達に相談すれば、当人の気持ちを最優先事項に上げる筈。

だが中途半端な付き合いをするつもりはなく、その先、結婚まで考えるならどうしても突き当たる問題が収入だ。

そう、気持ちだけでは解決しない問題を含めた上で、結論を出さなければ。

何故なら俺は、絶対に夢を捨て去る事が出来ないから。

例えそこにどんな犠牲を孕もうとも…絶対に。


「ふふ、美味しいね。」

「うん。今の冷凍食品は出来が良すぎるよ。」

「あはは確かに。でも遠宮君の手料理の方が私は好きかな~。」


可愛い笑顔、一緒にいればいるだけ離れ難くなる。


(卒業までにあと三戦くらい…出来ないかな。会長にお願いしてみよう。)



▽▽



それから五日後。


「統一郎君、来月の二十五日にある興行なら組み込めそうだけど…どうする?何もそんなに焦る必要はないんだよ?」

「…いえ、やりたいです。今はとにかく試合をこなしたいんで。」


不安を掻き消したい。

俺はこの道で大成できるんだと言い切れる、その自信が欲しい。


「で?相手はどんなやつなんだ?」

「えっと…相田修(あいだおさむ)二十三歳、六戦三勝二敗一引き分け、KОが一つで美浜ジム所属。」

「何かパッとしねえ奴だな…」

「でも今年の新人王戦に出場して一回戦目は勝ってますよ。二回戦目で松田隆文君に三ラウンドKО負け。弱い選手じゃなさそうですかね。」


俺としては弱い選手であっては困る。

一番駄目なのは、そう言う選手に綺麗に勝って勘違いする事だ。

自分はこんなに強いんだと。


「…大丈夫です会長。俺は勝ちますよ。だからお願いします。」

「…分かったよ。じゃあ、しっかり準備して挑もう。」


この辺りで躓くようなら、所詮俺もその程度の器だ。

何より地方選手が遥か高みを目指すなら、ここからは全勝するくらいでやっと道が見える。

だから落とすわけにはいかない、こんな所では。


「そういや坊主、お前の誕生日ってもうすぐじゃねえか?」

「そうですね。三十日なので、次が十七歳最後の試合になります。」


恐らくこの先の人生においても、これだけ密度の濃い一年はそうないだろう。

その締めくくりと言う意味でも負けられない。



▽▽



「え?……もう次の試合決まったの?」

「うん。次も絶対勝つよ。」


そう伝えると、如月さんは少し不安そうにしながらも笑みを浮かべる。


「昨日さ、夕方の情報番組でまた遠宮君出てたよ……」

「ああ、この前の試合の奴か。」

「うん。それでさ、やっぱり凄いな~って思った。え~っと、何かゴメン。それだけ。」


伝えたい事はあるが上手く伝える自信がない、何となくそんな空気を感じた。

それから少しの間、どちらも口を噤み弁当箱と睨めっこ。

そんな微妙な空気を壊そうとしてか、彼女は明るい声で語り掛ける。


「そういえばさ、その…お給料ってどんな感じに入るの?」

「えっと、うちの場合は口座振り込みで、ちゃんと明細もくれるよ?」

「へ~…何か意外に普通…」

「いや他の所は違うと思う。うちの会長がきっちりしすぎてるんだよ。」

「そうなんだ…じゃあ他は手渡し?」

「うんと…よく聞くのはチケット渡されて自分で売るとか?でもそういうの、今もあるのかな?」

「えっ!?それってさ、知人が買ってくれなかったらお給料出ないじゃん…」

「…どうだろうね、でもうちが自主興行…えっと、試合を主催する事になったら、俺もチケット手売りしなきゃ。」

「え~…ちょっと皆聞いたっ!?もし遠宮君が近くで試合する時は買ってあげてね!」


いきなりそんな事言っても伝わらないと思いきや、皆意外に聞き耳立てている。

任せろとか、余裕があったらとか、そんな感じの言葉が返ってきた。


「その時は私にも協力させてね。お父さんとお母さんにも買わせちゃうから。」

「はは…有難いけど、無理矢理は流石に…」


苦笑する俺だが、その言葉は涙が出そうなほど嬉しかった。

そして同時に思う。

彼女が胸を張って、誰にでも紹介できるような男になりたいと。

とは言え、恐らく彼女は俺の肩書など気にすまい、そんな気がする。

それでも男には、意地というものがあるのだ。

いや、正確には見栄というべきか。

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