第22話
用語解説
WBOアジアパシフィック:読んだ通りWBO傘下のアジア王座、括り的にはOPBFよりも広い。王座を獲得すると、自動的に世界十五位以内のランキングがもらえる…って誰かに聞いた。
十一月初旬、めっきり気温も下がり体調管理に気を付けなければならない季節。
「いらっしゃいませ~。」
試合に向けての調整時期でもある今、俺は屋台でお好み焼きを焼いていた。
何故かと言われれば、学園祭だからと答える。
「遠宮君、三枚お願い。」
そう告げるのはクラスの男子生徒。
ここは基本的に男子のみで回している。
「はいよ。今やる。」
作り置きしないのは俺達のこだわり。
なので、ちゃんと看板に少し時間を頂く旨を書き込んでいるのだ。
生地には山芋を練り込みふっくらと、大きな豚バラ肉はカリカリに焼いて仕上げる。
因みに豚バラやキャベツは、町の商店街から安く仕入れる事が出来た。
「千切りキャベツ、ここに置いとくな。」
「うん。有り難う。」
今日初めて知ったのだが、こういう業務連絡みたいな会話ならスムーズにこなせるらしい。
うちのクラスの出し物は中々に欲張った構成で、隣にはもう一つ鉄板がありそちらではクレープを焼いている。
「美味しいクレープ如何ですか~。」
こちらは女子のみで回す形。
チラリ横目で眺めると、やはり呼び込みは男子より女子の方が効果的。
物のクオリティは決して負けていない筈なのだが、売り上げは結構差がついている。
別に競争している訳では無いが、少し悔しいのも事実だ。
「よお坊主、何だよ結構似合ってんじゃねえか。」
「やあ統一郎君、僕も誘われてきちゃったよ。圭一郎さんは仕事で来れないってさ。」
やってきたのは牛山さんと会長。
どちらもスウェット姿だが、受ける印象は真逆だ。
前者は人生の裏街道といった感じの雰囲気を纏い、後者は俳優みたいな雰囲気を纏っている。
「へっ坊主、どんなもんか味見てやるよ。二枚な。」
「あ、はい。少々お待ちください。」
「こっちも美味しそうだね。お嬢さん、チョコクレープ二つ頂戴ね。」
会長の雰囲気、何かいつもと違う。
何となくだが、俺が知っている会長よりラフな感じがしてカッコいい。
持って生まれた顔立ちの良さに加え、年齢から来るダンディズムを纏いまさに女殺しと言った感じだ。
女子生徒達もどことなく上目遣いで頬を赤らめている。
「お、意外に良い出来じゃねえかよ坊主。これなら値段以上だ。」
「はは、どうも有難う御座います。」
「じゃあ僕らは行くよ。あまり頑張り過ぎないようにね。」
そんな言葉を残し、二人は仲良く立ち去った。
ちょっと独特な空気を持つ二人、立ち去った後思う事も人それぞれである。
「何か色んな意味で濃い二人だな。特にあのおっさんの迫力…生はテレビよりおっかねえな…」
「でも見かけによらず凄く良い人なんだよ。面倒見もいいしさ。」
「もう一人は会長だっけ?実物はテレビよりもっと若くてカッケえな。ありゃ女子が照れるのも分かるわ。」
「やっぱそう思う?もう四十越えてる筈だけど、二十代後半でも行けるよね?」
そんなこんなで昼休み、俺も交代し昼食と相成った。
今日は減量前最後の休養日にするつもり、折角のお祭り楽しまなければ損である。
他にも食べ物屋を出店しているクラスもあるので、どうせならそれらで済ませるべきだろう。
そしてぶらついていると、目に入ったのは五組の出し物である豚汁。
「おや、遠宮君じゃないか。一杯どうだい?値引きは出来ないけど、値段以上の価値はあると思うよ。」
そう告げるのは南さん、ジャージの袖をまくりカウンターに立つ姿は、何だか大将と呼びたくなる。
因みに彼女は五組、如月さんは六組だ。
「多分春子も休憩に入る筈だから探してみるといいよ。もしかしたら、向こうも探してるかもね。」
「はい。そうしてみます。あ、豚汁凄く美味しかったです。」
「もう食べたのかい?早いね。良かったら春子と一緒にまた来なよ。」
という訳で、どこにいるのか如月さんを探してみる事に。
取り敢えずは彼女のクラスである六組の出し物を覗いてみる。
「森平の歴史…か。聞いてはいたけど、また随分お堅いものを…」
歩を進め展示物を眺め見ると、非常に丁寧な造りでじっくり時間と人手を掛け、真面目に調べ上げていたのだという事実が伝わって来る。
「へぇ~森平出身の武将なんていたのか…お、日本刀。本物じゃないよな…レプリカだ。まあそりゃそうだろ。あ、甲冑もある…カッコいい。」
周りを見れば、如何にも歴史好きな年配が唸っている姿も見かけた。
ちょっと覗くつもりだった俺でさえ、気付けば十分ほど眺めてしまっており、そう言うのが好きな人なら猶更だろう。
「何々……年、大規模行政改革により陸中国は陸中県として新たに定められ……」
「見つけた!遠宮君!…お~い、聞こえてますか~……ふむ、えいっ!」
記述されていた県の歴史に没入していると、突然背中に柔らかな感触が伝わる。
「あ…如月さん。んと…何で抱き着いてるの?」
「だって気付いてくれないんだもん。で、どう?我がクラスの出し物は。地味だけど結構興味引くでしょ?」
「う、うん。それより、心拍数が上がってしょうがないので、そろそろ離れてもらえる?」
「ほんと?ドキドキしてる?」
余り狼狽えると恥ずかしいので平静を装っているが、正直これは拷問だ。
思わず俺の方から力一杯抱きしめたくなってしまう。
「遠宮君ご飯は?」
「まだ本格的には済ませてないよ。一緒にと思って。」
「えへへ、そっか。」
はにかむ様に笑う彼女は、凄く可愛らしい。
フィルターが掛かってるからそう見えるんじゃなく、きっと誰から見てもそうだ。
「よ~し、行こ!」
彼女は俺の手を引いて歩く。
気付いているだろうか、手を繋ぎ歩くのはこれが初めてだと。
俺だけかなと思ったが、少し先を歩く彼女の背を見やれば、耳が分かりやすく紅潮していた。
人を好きになるというのは、中々に難儀なもの。
外から眺める分にはこうしろああしろと思うが、当人となれば途端に正解が分からなくなる。
前後不覚になるというのが正しいかもしれない。
「あっ、あれなんてどう?からあげ丼だってさ~。結構冒険してるよね~。」
「…何でも、如月さんとなら何でも美味いよ…きっと。」
「め、めっちゃ照れる事言われたぁ~…」
「え?俺、今何か言った?」
「覚えてないとか~…ま、いいけどさ。」
二人でからあげ丼を買って、後は汁物が欲しいとくればあの場所しかなく、もう一度南さんの元へ豚汁を買いに向かう。
「おっす、真面目に働いてるね悠子さんや。」
「ん?春子か。合流できてよかったね。どうしたの?二人供耳まで真っ赤だよ?もしかしてキスでもした?」
「してないよっ!ちょ、ちょっと手を繋いだだけで御座います…」
「何とも初々しい事で結構。はい、豚汁二つ。はい、丁度お預かりいたしました。」
これ以上揶揄われては堪らないと、二人共が足早にその場を後にする。
そしてベンチに並んで座り、漸くの昼食にありついた。
「意外に美味しいね。」
「意外には失礼だよ。値段以上に美味しいよ。」
「そ、それは…さ、隣に私がいるから…とか?なんちゃってなんちゃって!冗談冗談!」
「……うん。それはある。」
お祭りとは、良くも悪くも人を惑わせる。
こんな事、普段ならば絶対に言えなかっただろう。
というよりも、誰が聞いてもこれは殆ど告白だ。
「……えへへ、そ、そっか。そっかぁ~。」
「…うん。ご、ゴメン。恥ずかしい事言った…」
「そ、そんな事無いよ。私も遠宮君と一緒のご飯は、とても美味しい…です。」
その後は二人の男女が、只々からあげ丼と豚汁を無言で食べているだけだった。
そして互いがそれぞれの仕事に戻ると特に問題も無く時間が進み、あれよあれよという間に学園生活最後の大イベントが幕を閉じたのである。
いや、厳密にはまだ締めの後夜祭もあるが、俺は練習があるので出られないのだ。
▽▽
夕刻を過ぎれば、気持ちを切り替え汗を流すのが俺の仕事。
「左ダブル!…いいね。いつもより切れてるよ。もしかして良い事あった?」
「…はぁはぁ…いえ、そういう訳では…」
「そう……右から!返し鋭く!…ガード甘い!」
こうして毎日ミットを構えてもらっているからだろうか、どうやら感情の変化まで伝わるらしい。
俺自身そこまで大した出来事では無いと思っていたが、心の深い部分では違う様だ。
だがそれは、逆を言えば悪くもなり得るという話。
ピピピッとブザーが鳴り、無呼吸地獄から解放される。
いつもは思考などする余裕のない時間、なのに今日は考えずともよい事を考え、勝手に言いしれぬ不安を感じてしまっていた。




