表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
父子鷹の拳  作者: 遠野大和
14/281

第14話

用語解説

十回戦・十二回戦:十ラウンド・十二ラウンド制で行われる試合。昨今ではタイトルマッチでしかあまり見ない。それ以外だとメインイベントでも八ラウンド制でやることが多く、選手の負担を考慮しているのだろう。

「いらっしゃい悠ちゃん、おや?春子がたかちゃん以外の男の子連れてるよ。珍しい事もあるもんだ。」


所々古ぼけた木造建築。

名を『森の喫茶店』といい、カウンター席が五つ、テーブル席が三つのこじんまりとしたお店だ。

カウンターに立つお婆さんは割烹着姿で食堂のおかみといった雰囲気、因みに開店は午前七時、閉店が十九時との事。

当然お婆さんだけで切り盛りしている訳では無く、お母さんと如月姉妹も時々手伝うらしい。

現在カウンター席は常連らしき人達で埋まっており、皆同様に喫茶店らしからぬ定食を掻っ込んでいる。


「ん~?この子どっかで見た事あるような気がするねぇ。」

「多恵さん、ほらこの間テレビで、」

「あ~あ~、そう言われれば確かに、沢山血を流してた男の子だわ。」


南さんが親友の祖母を名前で呼ぶ姿は、何となく彼女達の歴史を物語っている。

恐らくは子供の頃から、こうして二人仲良く遊んでいたのだろう。


「ついに春子ちゃんにも彼氏が出来たかぁ~。何か感慨深えなぁおい。」


常連の男性方が語る言葉に、彼女は快活な笑みを返すだけ。


「おばあちゃぁ~ん、そこの席借りるね。」


促され座ったのは、一番奥のテーブル席。

正面に南さん、隣に如月さんという並びだ。


「私の奢りだから、二人供好きなもの頼んで。」

「あら珍しい。じゃあ遠慮なく頂くわ。私オムライスとクリームソーダ。」


南さんはメニューを見る事無く決め、俺も早く決めなければと少々焦る。

だがメニューを見てみると定食など一切載っておらず、思わずチラリ如月さんに視線を向けた。


「ん?ああ~食べたいもの言えば結構作ってくれるよ。豚の生姜焼き定食とかどう?」

「えっと、じゃあそれで。」


彼女も同じものを頼み待つ間、俺は一応叔父にメールを入れ夕食を自分で用意するよう告げる。

その姿を眺める彼女達は、少し乾いた笑みを浮かべていた。


「ねえねえ私さぁ~、遠宮君の生い立ち聞きたいなぁ~。」

「確かに、番組でもさらっと触れてたけど、私も少し興味あるかも。」

「う~ん、まあ別にいいけど…面白くは無いよ?」


俺は一応の予防線を張りつつ、過去の自分に思いを馳せる。





父【遠宮大二郎(とおみやだいじろう)】は、会社員であり同時にプロボクサーでもあった。

当時は本州北部に位置する日本海側の県に住んでおり、あの辺りは年中天気の悪かった印象が残る。

父が所属していたのは成瀬ボクシングジム、出場試合は地方で行われる興行が多く、付いていく俺は旅行みたいで楽しかった。

生涯戦績は二十三戦十一勝九敗三引き分け、まあ見るからにパッとしない。

だが、戦績だけでは見えない魅力があったと思う。

その証拠に、最初は父の試合に興味がないお客さんも、いつの間にか引き込まれ声援を送っている事も多かった。

それに一度だけ日本ランキングに名を連ねたこともある。

もしかしたらベルトを巻く所を見れるのではないかと思ったが、現実は厳しく夢を見る暇もないほど呆気なく零れ落ちた。

父は世界タイトル所か日本タイトルさえも縁遠い選手だったが、それでも俺にとっては自慢の父親だったんだ。

同時に、良い父親でもあったと思う。

両親が離婚したのは俺が五、六歳の時。

離婚原因などはまだ幼かった為よく覚えていないが、母親は服装が派手であまり家にいなかったことだけ覚えている。

それでも俺は母親のことが好きだったようだが。

今考えると当時の気持ちは理解出来ない。

まあ恐らく子供というのは、無条件で母親が好きなのだろう。

そしていざ離れ離れになる時もわんわん泣いていたらしい、父もそんな俺を宥めるのには苦労したのではなかろうか。

そして両親の離婚後、身内といえるのは叔父と祖母だけになった。

叔父【圭一郎(けいいちろう)】は、祖母が住む隣県の病院で内科医として勤めており、当時会うのは稀。

そんな叔父の病院へは一年に一回訪れるのが恒例で、その時は祖母とも会えた。

因みにプロボクサーライセンスは、一年に一度統括団体の提携病院で診断を受け、更新しなければならない決まりがある。

その為、顔見世の意味合いもかねて叔父の勤める病院に毎年来ていたのだ。


『お前まだやる気なの?大した金にもなんねえのによくやるな。』


結果も出ないのにリングに上がり続ける父に、叔父は少し呆れていたようだった。


『いやいや兄貴、金じゃねえんだって!浪漫だよ!浪漫!』


父はそんな嫌味を言われても、気にした素振りなく目を輝かせながら語っていた。


『ふ~ん、まあお前も良い年なんだし死なない程度にやれよ。』


当時の俺は父をヒーローのように思っており、こういう物言いをする叔父をあまり快く思えなかった。

一方祖母は祖父が他界した後、実家を売り払って有料老人ホームで悠々自適の生活を送っていた。

正月になると俺たちが住むマンションに顔を出し、観光をして帰って行くのが恒例行事である。

祖母と言えば、一緒に買い物に行くと、決まって恥ずかしい思いをした。

例えば、あれはたしか俺が小二の頃だったはず。

ショッピングモールで買い物をしていた時、祖母だけどこかに一人で行ってしまい、父と二人で探すはめになったのだ。

すると、


『大二郎~~っ!ポイントカード貸して~~!』


眼前から手を振り駆けてくる祖母は、人の目など一切気にせぬ様子。

周りからは笑い声も聞こえており、二人揃って耳まで真っ赤にしたものだ。


『母ちゃん!そんな大声出すなよ!恥ずかしいだろっ!』


俺からすれば父も十分に声が大きく恥ずかしかった。

だがそんな二人が、明るくて豪快で俺は大好きだったのだ。



そんな父が現役を退いたのは三十七歳の時。

俺は九歳になっていた。

いつも二人で囲む食卓だったが、その日は少し重苦しい空気が包む。

父から引退の意思を告げられたのである。

当然寂しいという気持ちが沸き上がるも、俺はなるべく悟られぬよう強がって父を激励した。


『悪いな。流石にそろそろ潮時だ。カッコいいとこ見せたかったんだけどよ…』


と、父は悔しそうに苦笑いを浮かべる。

ならば最後の試合でそれを見せてほしい。

俺がそう告げると、父は任せろと言わんばかりに拳を握り突き出して見せた。



試合当日、場所は故郷の県営体育館。

故郷といっても厳密に生まれた町というわけではなく、親の実家がある県という意味だ。

つまり陸中県。

何でも所属ジムの会長が、口を利いて興行に組み込んでくれたとか。

メインは、同県出身でもある元世界王者の引退試合。

父は前座の前座だ。

当たり前だが、父に注目している人間など俺くらいのもの。

それでも彼は自分よりも格上の選手を相手に、三度もダウンを奪われながら逆転KОで勝利したのである。

会場は大盛り上がりで、最初は興味なさそうにしていた観客までも、KОラウンドには割れんばかりの大歓声を送っていた。

あの光景は今でも目に焼き付いている。

鳥肌が立ち、呼吸を忘れるほど興奮し憧れた。

いつかあの場所に必ず立つ。

そして父が辿り着くことのできなかった場所まで、俺が辿り着いて見せると心に誓ったんだ。

感情冷めやらぬまま、その後ボクシングにのめり込んで行く事となり、戸を叩いたのは当然成瀬ボクシングジム。

所謂地方の弱小ジムだが、そんな事俺にはどうでもよかった。

このジムのトレーナーは二人、『成瀬高志(なるせたかし)』と『成瀬実(なるせみのる)』という会長の息子達である。

俺を指導するのは基本的に会長、しかし都合がつかない時には実さんが代わりに見てくれる事が多かった。

長男の高志さんには、専属で見ている選手がいるため接点があまりなかったと記憶している。

父は引退してからも時折ジムに顔を出し一緒に汗を流す事も多く、時々会長から息子のほうが才能があると揶揄われたりした。


『いやいや会長、俺だって捨てたもんじゃなかったでしょっ!?』


ジムが笑い声で包まれる楽し気なやり取り、俺はそういう関係性を心底羨ましいと思った。



父は引退してから一年後のある日、突然会社員から長距離のトラック運転手に転職する。


『なあ統一郎、父ちゃん自分のジムを起ち上げたいんだよ。』


突然そんなことを言い出した父を、俺は呆けたように眺めていた。


『確かに俺は大した選手じゃなかったけどよ、名コーチにはなれるかもしれねえだろ?勿論今すぐの話じゃなくてな、まだ先の話だ。でよ、今の仕事より実入りのいい仕事に就こうかと思うんだが、ダメか?』


その仕事こそが長距離ドライバーだと、そういう事らしい。

確かにそれまで勤めてきた会社は、昇給もあまりなくボーナスも出ない事が少なからずあったようだ。

俺にしても、父がやりたいというのであれば反対する理由はない。

あまり無理はしないようにとだけ言うに留め、まあ頑張ってと賛成の意思を示した。


『勿論お前を俺のジムに移れとか言う気はないからな、安心しろ。お前とうちの選手がよ、いつか大舞台で出会えたら最高だな!はっはっはっ!』


俺はため息をつくも、父の子供っぽい所が結構好きだった事実は否めないだろう。

その後、父は元気一杯全国各地を走り回っていた。

それからは数日に一度しか顔を合わせない日々が続いた、だが練習に夢中だった事もあり、あまり寂しいと感じた覚えはない。

あの時までは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ