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風神天翔記 ~とある修羅の転生事情~  作者: 仏ょも
五章。尾張と周辺国関係
119/127

109話。伊勢参りの計画

文章修正の可能性有り

尾張那古野


12月中旬。関東では、武蔵のほぼ全域を制圧した古河公方と関東管領が率いる連合軍による略奪と言う名の補給を行ったり、年末年始を少しでも快適に過ごせるよう、国人たちが率先してその辺に住む民を物色&追い回し、捕獲した民を博多から来た商人に割高(それでも平均相場よりもかなり安い)で売り払ったり、その金で買った酒を笑顔で飲みながら、()()()住んでいた人がいなくなり、廃屋となっていた家屋に火をかけて暖をとる姿が散見されるようになって来たころのこと。


「ふむぅ」


尾張の内政と義鎮の出産準備の為に奔走する信長の下に、京で朝廷工作を行っていた平手から()()()()()が送られてきていた。


その書状の内容は、一応『依頼』と言う形ではあるが、山科言継から直々に『主上の頼みである』と念を押されたと書かれており言うなれば『密勅』とも言える内容のものであった。


「『現在伊勢で横領されている、禁裏や伊勢神宮の荘園の奪還。及び、これまで不当に荘園を占拠していた国人の処分を行って貰いたい』と来たか」


書状に目を通し、内藤宗勝が曰く『三好が用意した伊勢を攻める名分』の内容を知った信長は、苦い顔をしながらその書状を脇に控える恒興に渡す。


「うーん。今更と言いますか、何と言いますか」


書状を渡された恒興も、何とも言えない表情を浮かべながらその内容を追っていく。そんな恒興を見ながら、信長は周囲に居る家臣にも聞こえるよう少し大きめの声で恒興との会話を行う。


こうすることで、まだ書状を見ていない家臣たちにもその内容を理解させるとともに『話を聞かせるからお主らも考えろ』と脳筋の家臣たちにも思考させる時間を与えているのだが、この時点で彼女の狙いを理解出来ていたのは旧武田の家臣くらいであったとか。


それはともかくとして、


「そりゃ、朝廷や伊勢神宮にしてみたら取り戻せるもんなら取り戻したかろうさ」


「でも普通に「返せ」って言われても、馬鹿正直に返還するような国人は居ませんよね」


「そんなことなら最初から横領なんかせんわな」


「えぇ。そして本来は幕府が命令に従わない国人たちを力ずくで抑えるべきなんですけど……」


「連中が率先して横領しとるからの」


「そうなんですよねぇ」


朝廷を守護するはずの幕府が朝廷の持つ荘園を横領し、さらに地方の荘園の管理権を国人に奪われていると言う、完全に泥沼状態である。これでは朝廷が幕府の存在意義に疑問を持つのも当然と言えよう。


「で、これまでは荘園の回復を諦めておった連中が、伊勢の隣で順調に勢力を拡大しておる儂に目を付けた、と。まぁ正確には三好や治部が目を付けさせたんじゃろうて」


「それはわかりました。問題は、殿を働かせたら報酬を支払う必要があることですけど……向こうは殿に何を差し出すつもりなんでしょうか?」


基本的にこの時代の公家たちは、その貧困具合から現実主義者が多い。


故に、今の段階で信長を怒らせることが何を意味しているかを正しく理解している彼らが、今回のように断れない口実を用いて、半ば無理やり信長に兵を出させた後に「褒美? 名誉で十分でおじゃろう?」などと言った、足利家の周囲にのさばる幕臣のような阿呆な真似はしないというのは恒興にもわかる。


それをやったら信長を敵に回すことになるし、信長が敵に回ったら献金が止まるのだから、こんな無謀な試みを禁裏や山科言継が認めるはずがない。


なので、この『頼み』には、織田にとって得になるであろう何かしらの申し出が有るはずなのだが、恒興には「ならば公家は何を以て殿を満足させるつもりなのか?」と言うことがわからなかった。


「それな。どーせ三好の連中は『織田弾正殿は伊勢を欲しがっているから、攻める名分を与えることが褒美になる』とでも言ったんじゃないかの?」


「……あぁ、それで『国人の処分』ですか」


「じゃな」


つまり、此度信長に出陣を促すよう禁裏に訴えた三好家に養われている公家の考えとしては、信長に長年荘園を横領していた国人と、それを認めていた国人を処分させ、そいつらの所領を信長が治める事を認めることで褒美とする。と言ったところなのだろう。


かつて信濃を攻めて、それを治める大義名分を欲して信濃守護となった甲斐の虎に代表されるように、武士とは土地の獲得に命を懸けるものだ。そんな武士的な価値観からすれば、その『名分』は確かに褒美と言えなくもないので、武家のことを知る山科言継もこれに反対しなかったと思われる。


「ではこれが達成されたら、殿には伊勢守が?」


もし『伊勢へ侵攻する名分は用意したが、制圧した地域を治める名分は与えない』となれば、それは褒美にはならないどころか、ただの嫌がらせである。


禁裏は信長が三河を治める為に『三河守』を求めたことは知っているはずなので、今回の褒美として『伊勢守』に補任してくる可能性は高いと考えた恒興だが、信長は首を横に振り恒興の予想を否定する。


「いや、南伊勢には伊勢国司の北畠中将(北畠晴具)がおる故、そこまでは難しかろ。……まさか北畠を含む伊勢全土を一気に攻めとるわけにもいかんでな」


「あぁ。確かに」


南伊勢を含む、伊勢全土の攻略なら、まぁ、出来るか出来ないかで言えば出来るだろう。しかし万全の統治を行うことは不可能である。そして織田信長と言う人間は、無理は通しても不可能と判断したことはしない人間なのだ。


それに自分たちを動かそうとしている三好の狙いは『織田が伊勢に目を向けることで、六角と北畠の注意を織田に向けること』であって織田が伊勢を手に入れる事を望んでいるわけではない。


それを知る信長は、今回の密勅とも言える『禁裏からの頼みごと』にも、ある程度の融通を利かせるつもりであった。


「ま、一言で『横領された伊勢の荘園』と言っても色々あるからの」


「それはそうですよね。……あ、もしかしてこれって『どの荘園を回復するかは殿の判断次第』ってことなんですか?」


「その通りじゃ。よく気付いたの」


具体的には処分する国人と、処分する時期の選別である。


何せ伊勢だけでも、横領されてからかれこれ一〇〇年以上経っている荘園が多々あり、国人たちが『先祖伝来』と言っている土地が、不法に横領された土地で有る可能性は極めて高いのだ。


と言うか、歴史を遡れば、ほとんどがそれだと言っても過言ではない。


また、そもそも荘園の権利を保障する法である墾田永年私財法では、墾田(荘園)の所有者は国(朝廷)に税を納める義務があるのだが、その義務を全うしている国人がどれだけいるだろうか?


間違いなく伊勢の国人はそれを行っていないだろうし、献金を行っている者がいたとしても、その額は本来支払うべき額を遥かに下回る額であろう。


ならば朝廷には献金(納税)をしない国人に対して『公家や帝の土地を不当に占拠をしている』と見なし、それを罰するよう命令を下す権利があると言える。


ちなみに不輸租田や不輸の権は、一般の武家や国人が治める土地には適用されていない(不当占拠なのだから当然だ)ので、言い訳は不可能である。


そんな理由から、今回信長に与えられた名分は伊勢の国人に対する断罪権のようなものなのだ。これを活用することで、効率よく伊勢の国人を処分することが出来るのだから、効率主義者の信長がこれを活用しないはずもない。


加えて言うなら、この名分の何より素晴らしいところは、特に期限が設けられていないことである。


これは禁裏が強制を匂わせることで織田の機嫌を損ねないようにするための小細工なのだろうが、そんな彼らの事情は知ったことではない。


この密勅を得たことで、極端な話信長は、これから半年後であろうと、一年後であろうと、十年後であろうと、自身の好きなタイミングで北伊勢に攻撃を仕掛けることが出来るのだ。


このことを公表し「攻めるぞ攻めるぞ」と脅しをかけるだけで、北伊勢の国人は織田の侵攻に備えなければならなくなる。


当然彼らに助けを求められた北畠や六角も動くしかない。


だが、ここで信長が動かなければどうなるだろうか?


万の軍勢を好きなタイミングで伊勢に向けることが出来る信長に対しては、流石の六角や北畠も一切隙を晒せない。そして隙を晒せない以上は当然常時戦時体制を維持しなければならない。しかしその兵は、その維持費はどこから来る? 


兵は農民を徴用するとしても、長時間彼らを拘束すれば田植えに影響を及ぼすことになる。

維持費に関しても、伊勢や近江の商人が北畠や六角に手助けをすれば、それ自体を禁裏に対する反逆行為として糾弾すれば、自治都市に与えられた権利を没収しても文句は言われないだろう。


黙っているだけで六角も北畠も、ついでに伊勢の国人の力が弱るし、弱ったところを落として一部を伊勢神宮や禁裏に荘園として回せば『禁裏からの頼み事』は達成されるし、北畠や六角の注意を惹くと言う三好からの要請にも応えているので、どこからも文句を言われることはない。


まぁ伊勢の国人は文句を言うだろうが、そもそも北伊勢だけで四十八家とも言われる数多の独立した国人が居ること自体がおかしいのだ。


荘園を横領するような国人は死すべし。慈悲も是非も無い。


このように判断し、今回の『頼み事』を自分達に無理が出ない程度に活用することを決めた信長は、居並ぶ家臣たちに最初の方針を告げる。


「伊勢の攻略に先立ち、まずは、長島にこの旨を伝えることとする」


「長島、ですか?」


「そうじゃ。向こうが望むなら寺領の回復、いや、寺領の寄進もしてやる。と付け加えても良いの」


「「「えぇ!?」」」


信長の提案に一門衆の信広や重臣の佐久間が驚愕の表情を見せる中、恒興と末席にいる若者たちから驚きの声が上がる。


「恒興はともかくとして向こうは……あぁ。利家に成政か、なんじゃ? なんぞ言いたいことでも有るのかの?」


「「いや、あの、そのですね」」


「まどろっこしい。思うところがあるならさっさと言わんか!」


「「はいっ!」」


本来末席に座るだけの彼らには発言権など無い。彼らはあくまで経験の為にこの場にいることを許されているのだ。


故に、普通の家なら重臣たちから「若造の癖に生意気だぞ!」と叱責された後、散々な嫌がらせを受けることになるだろう。


だが今回は別。


利家や成政が元から信長と距離が近いためか、信長自身が質問を許していると言うこともあるが……それ以上に彼らを叱るべき重臣たちは、下手に信長の考えにツッコミを入れて彼女の勘気に触れることを恐れているのである。


故に、こうして利家や成政を通して彼女の意志を確認出来ると言う現状を歓迎することはあっても、忌避するようなことはない。


よって重臣たちは、その心の中で利家や成政の態度を咎めるどころか「いいぞ、その調子で話を進めて、殿のご意向を確認するんだ!」と応援さえしていたりするのである。


そんな織田家家臣団の想いを背負った二人は、信長に促されたことも有り、素直に自分の考えたことを吐露していく。


「えっと、長島の願証寺って本願寺の連中ですよね? 三河で本證寺とかを破却したときに散々文句言われませんでした?」


「そんなこともあったのぉ」


成政の問いに、信長が特に怒る様子を見せずに頷けば、それを見た利家も言葉を重ねる。


「服部、滅ぼしちゃいましたよ?」


「悲しい出来事じゃったのぉ」


言葉では悼んでいるようで、実際は『それがどうした』と言わんばかりの態度をとる信長に「これは掘り下げた方が良さそう」と判断した恒興も質問をする。


「そもそも殿って本願寺、って言うか坊主が大っ嫌いですよね?」


「いや、それは言い過ぎじゃろ? 儂じゃって散々世話になっとる和尚(沢彦宗恩)の事は嫌いではないぞ。まぁそれ以外は嫌いじゃが」


「……やっぱり嫌いなんじゃないですか」


「そりゃそうじゃろ。大体じゃなぁ! あの腐れ坊主どもが悪いじゃろ! 奴ら、父上が死ぬまで銭を取るだけでなく、父上が死んだ後も母上や信行らから散々銭を毟り取った挙句、葬儀の場で何と言ったか覚えておるか? 『人を殺しすぎたから助からなんだ』じゃぞ? そんなん前々からわかっとったことじゃろうがッ! ならば連中の祈祷は何の意味があったんじゃ?!」


そのときの様子を思い出してイライラしてきたのか、思わず扇子をへし折ろうとする信長を見て、周囲が「あ、これはあかんヤツや」と思って距離を取ろうとする中、千寿や義鎮に鍛えられた恒興は信長の剣幕に構わず話を続ける。


「でも長島に寺領を与えるんですよね?」


「……そうじゃな」


苦々し気に呟く信長の姿に、利家や成政だけでなく、居並ぶ重臣たちも「どういうことなんだ?」と首を捻っていた。


(はぁ。姫様や吉弘殿なら皆まで言わんでも理解してくれるんじゃがのぉ。いや、恒興は理解しておるな。……あぁ、これは儂に説明させることで家臣どもに儂の考えを理解させるつもりじゃな)


上座に座り、家臣たちの表情を観察していた信長は、己の前で阿呆面を晒す家臣たちに思わず「何故この程度のことがわからんのじゃ!」と叫び出したくなる衝動に駆られるも、それを声に出す前に恒興の心遣いを理解し、その衝動を収めることに成功する。


「はぁ。……とりあえず解説してやるから然りと聞くが良い。あぁ、利家や成政だけでは無いぞ。儂の考えを勘違いして捉えておる者もおるじゃろうから、皆が心して聞くように」


「「「「「はっ」」」」」


前々から千寿や義鎮に『己の考えを周囲に説明をしないのが信長殿の悪い癖だ。そんなんだから平手殿や林殿が胃と頭を痛めるのだぞ』と叱責を受けていた信長は、溜息を吐きつつも察しが悪い(と思っている)家臣たちに、懇切丁寧に己の考えを説明してやることにしたのであった。


一応、名目上は景虎が率いているのは越後勢だけで、大将は関東管領の上杉=サンと、古河公方の足利=サンです。


率先して略奪を行っているのは越後勢ですが……まぁ遠征軍だからシカタナイネ!


彼らに義が有るなら、拳王侵攻隊も立派に正義を名乗れることでしょう。


伊勢については、すぐに攻めるとは一言も言ってませんからねぇ。朝廷だってこれまで百年以上横領されていた荘園が一年やそこらで返還されるなんて思ってません。


重要なのは主導権を握ることですってお話。



―――


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[一言] 伊勢と言えば九鬼水軍はもう領地を追い出されているのか?
[気になる点] 降伏しないと即処刑したくなる本願寺のチート野郎頼廉さんの出番があるかな? [一言] アカン拳王侵攻隊=越後勢と言う誤解のせいで三河守がユリアに見えてきた、景虎に靡く目が無い点で
[一言] 関東の民が続々と織田領に移植されて、生き生き国力アップしてゆく。 関東攻めのはずが、信長の強化になっているのが面白い。
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