出発
「わたし薬持ってるよ」
マユは持っていたカバンから、薬を取り出す。
「この薬、サマラ様の薬ね」
サマラとは王都で、薬師をやっている女性で、彼女の調合する薬はどんな傷でも治してしまうことで有名であった。
もちろんすごい薬を作れるのにも理由があって、調合するときに固有魔法を使っているのだ。
「でもこの薬は直接傷口につけないと効果がないわよ」
そう、それがこの薬の唯一の欠点であった。マユの怪我は骨折、今すぐ治したいのであれば、足の肉を切り、直接骨につけるしかないのだ。
「じゃあ、やろう」
そう言ってマユはリーゼにナイフを渡すが、ナイフを渡された彼女は困惑している。
「かなり痛いわよ」
「いいよ、今日治せば、今日出発できるでしょ」
「わかった、でもたくさん血が出るから、部屋の中でやるわけにもいないしルドルフさんにどこかいい場所がないか聞いてくるわ」
わかったとは言ったが、リーゼはマユの治療をするつもりはなかった。
彼女はマユの治療を出来ない理由を作るためにルドルフに聞くという嘘をついたのだ。
もちろんルドルフとは適当に話でもして、治療に使える部屋がないから出来ないと言うつもりだった。
「ならわたしも一緒に行くよ。2人で頼もう」
だがリーゼが部屋を出ようとすると、マユが一緒に来ると言い出した。
「ダメよ、怪我人は安静にしてないと」
「大丈夫だよ」
「あなたが大丈夫でも、わたしが心配するの」
「わかった」
リーゼにそう言われてはマユもわがままを言うわけにはいかなかった。
リーゼが部屋を出て行ってから、マユは何をするでもなく呆けていたが、突然部屋の扉が開く。
入ってきたのは、ケントとミリーだった。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
ケントの心配に笑顔で返すマユ。それを見たケントは俯いてしまう。
「ほら、お兄ちゃん」
俯くケントを肘でつくミリー。どうやら彼はマユに言うことがあってこの部屋まで来たようで、顔を上げたケントは神妙な表情でマユを見た。
「どうしたの?」
気になったマユが、ケントに聞いてみると、彼は頭を下げて言った。
「この前、石を投げてごめん」
それを聞いたマユは笑顔になる。ちゃんと謝ってくれたのが嬉しかった。
「頭をあげてよ、わたしもう気にしてないから」
「でも」
「本当にもう気にしてないよ」
しぶしぶ頭をあげたケントだが、納得がいっていないのか表情は曇っていた。
そんな彼を見たマユは、話題を変えようと2人に治療に使える部屋はないか聞いてみる。
「治療に使える部屋?」
「うん、足の骨を治したいんだけど、少し血が出るから出来れば汚してもいい部屋がいいんだけど」
「それならいい場所があるよ」
「いい場所?」
「うん」
ミリーの話では、この村のはずれに流行り病にかかった人たちを隔離しておく、小屋があるらしい。
今は薬の効能が良くなったため、その小屋は使われてないのだが、建物はまだ残っているのだ。
「たしかに、あそこなら汚しても大丈夫か」
そう3人で話していると、リーゼが部屋へと戻ってくる。
「使える部屋はないって」
申し訳なさそうに言うリーゼに、マユは満面の笑みで答える。
「大丈夫だよ。ミリーとケントにいい場所を教えてもらったから」
マユの言葉を聞いたリーゼが、頭を抑える。せっかくなんとか誤魔化そうと思ったのに、この2人が余計なことをしたせいで、マユが苦しい思いをしてしまうからだ。
「じゃあ早速行こう、早くしないと」
「わたしは嫌よ、絶対そんな手伝いしない」
そうだ自分が協力しなければ、マユも怪我を治せないだろう。そう思ったリーゼは手伝いを拒否する。
「うん、リーゼがやりたくないならいいよ。わたし1人で頑張ってみるから」
マユはそう言って部屋を出て行ってしまった。
(なんで、そこまでするの?わたしとの約束のため?)
リーゼはマユを追いかけるために、部屋を出る。マユは足を怪我していたため、そこまでの速度で歩くことはできない。
すぐさまマユに追いついたリーゼは彼女が玄関の扉を開く寸前に声をかけた。
「待って」
「リーゼ」
「行かないで、怪我の治療なんてやめよう」
マユのそばまで来たリーゼが、彼女の手を取り涙ながらに訴える。
「リーゼ」
「なんで、そこまでするの?わたしとの約束のため?だったらやめてよ。わたしはマユが傷つくのは見たくないの」
「違うよ」
リーゼの言葉を否定するマユ。
「わたしね、ミリー達が守ってくれた時すごく嬉しかった。だから早く魔王を倒して、みんなを笑顔にしてあげたいの」
「でも、マユが苦しむのを見るとわたしは辛いわ」
「だから、1人でやるよ」
真剣な眼差しのマユ。その意思は固く、いくら言っても無駄だろう。
そう考えたリーゼは、結局彼女の治療を手伝う決心をした。
「わたしも……行くわ」
「いいの?わたしはリーゼに一緒にいてほしいけど、無理しなくていいんだよ」
「行く、ほら肩」
リーゼはマユに肩を貸すと、マユはリーゼの肩に腕を組み、2人で村のはずれの小屋へと向かった。
「少し埃っぽいけど、使えそうだね」
小屋は人が立ち入ってないからか、埃まみれで、2人は窓を開けて換気をしてから、治療に取り掛かった。
「行くわよ……」
「……うん」
小屋にあったベッドの上に、うつ伏せになったマユが返事をすると、リーゼはマユの右ふくらはぎに、ナイフを突き刺す。その瞬間、マユを激痛が襲った。
「っっっ!」
マユの目からは涙が溢れ、頬からは冷や汗が出ている。
「一気にやるわよ」
痛いのならば、せめて早く終わらせようと、リーゼはナイフを奥にまでさし、刃が骨に当たった感触を確かめると、そこから足首の方へと切り裂いた。
「あああああ!」
マユは激痛に悲痛な叫び声をあげる。こんな痛い思いをしたのは初めてであった。
「骨が見えた。待ってて、今薬をかけるから!」
そう言って薬の入った瓶の蓋を開け、入っていた薬液を全てかける。すると、骨の折れていた箇所が治り、治療するために開いた傷口も塞がっていく。これがサマラの薬の凄まじい効果であった。
「…………」
治療が終わってもしばらくの間、呆然としていたマユだが、リーゼに歩くように促されると、ベッドから起き上がり自らの足で歩いてみせる。
「大丈夫そうね」
「……うん」
どこか上の空で返事をするマユ。そんな彼女見かねて、リーゼは彼女の頬を思いっきりつねった。
「いひゃい、やめひぇ」
涙目になったマユが、リーゼに止めるように言うが、彼女はやめてくれない。
「おしおき」
「??」
お仕置きとはなんのことだ、マユが疑問符を浮かべていると、突然リーゼの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「マユのバカ」
そういえば、リーゼはマユの苦しむ姿を見たくないと言っていた、おそらくその事で彼女は傷ついているのだ。
なんとか慰めようと、マユはリーゼに抱きついてそのまま右手で背中を撫でる。
「ごめんね、わたしリーゼに無理させて」
マユの謝罪の言葉に、リーゼは首を振って答えた。
「いいの、マユも痛かったでしょ」
「わたしはリーゼに治してもらえたから良かったよ」
その言葉を聞いたリーゼは笑みを浮かべる。
「わたしもマユの怪我を治せてよかった」
しばらくの間、お互いの温もりを確かめ合うように2人は抱きあった。
あれから少し時間が経ち、マユ達は村の入り口前の広場にいた。
「もういくのかよ」
ケントの言葉に、首を振って肯定するマユ。
「これを持って行って、お守り」
マユとリーゼの前まで来たミリーが2人に、手のひらサイズの木彫りの女神像を1つずつ渡す。
「お兄ちゃんと2人で彫ったの」
それを聞いたマユ達は、ケントの方へと顔を向けるが、彼は恥ずかしいのかそっぽを向いて言った。
「また来いよ」
「うん」
「そろそろ行きましょ」
リーゼに促され、マユは村人達へと背を向ける。
『ありがとう』
村人達の感謝の言葉を背中に受け、マユ達はメルトスの村をあとにした。
「左腕は大丈夫?」
メルトスを出て少し歩いたところで、リーゼがマユへと話しかける。
「うん、大丈夫だよ」
マユの左腕はまだ骨折したままだった。右足の治療で、薬を全て使ってしまったためだ。
「荷物持とうか?」
「大丈夫だよ」
リーゼはそれ以上は何も言わず、2人はしばらく無言で歩き続ける。
そうして歩き続けていると、川を発見した2人は、日も暮れてきたため川の近くで野宿をすることに決めた。
静かな真っ暗闇の中、それを照らす焚き火の音を聞きながら、マユは見張りをしていた。
先程までは彼女が眠っていたが、交代の時間になったため、今はリーゼがマユの隣で寝息を立てている。
「綺麗」
マユはリーゼの頭を撫でながら呟いた。焚き火に照らされる彼女の銀色の髪が美しかった。
「リーゼには、いつも助けられてばかりだね」
初めて魔族を殺した時も、バブルの毒にやられた時も、テインにボロボロにされた時も、リーゼはマユのために頑張っていた。
「もし、あの人たちの言うように魔王が勇者だとしたら」
そうだとしたら、自分はちゃんと魔王を倒せるだろうか、リーゼとの約束を守れるだろうか、そう考えてバカらしくなってやめる。
魔王を倒すことは、もう決めたことだ。あの時、夢の中で自分で決めたのだ。
「みんなを笑顔に、そしてリーゼも笑顔になればいいな」
星空を見上げながら、マユはリーゼの笑顔を思い浮かべるのだった。




