マユの心
暗く何もない場所、いつものようにバブルとローラが言い合いをし、俺とマイクが止める。今日はそこに新顔が加わった。
「お前達は、顔を合わせればいつも言い争っているな」
テインだ、彼女に負けた彼は、この空間へとやって来た。
「しかし、ここは暗いのに妙に暖かいな」
それはきっと彼女の温もりだろう。それがこの暗い場所を心地よくしてくれているのだ。だからあの2人だって普段のままでいられる。それだけではない、魔族を恨んでいるはずのマイクでさえ、俺には普通に話しかけれくれる。
「ふん、あんたがここにきたってことは、勇者に負けたってことだな」
「ああ、そうだ。それにマユは勇者ではなかった」
マユとは、彼女の名前だろうか、しかし勇者じゃないとはどう言うことなのだろうか?
「あいつは属性魔法を使っていた」
なるほど、それなら確かに勇者ではないな。勇者は雷魔法という固有魔法を使う。
雷魔法とは、雲を作り出しそこから雷を振らせる魔法だ。その雷は凄まじい威力で、並の人間ならば一瞬で焼かれて炭化してしまう。
「じゃあ俺は、勇者じゃないやつに負けたのかよ」
「ふふふ、情けないわね」
「なんだと、お前だって手も足も出なかっただろうが」
そうして再び言い争う2人を、テインが止める。
その3人の姿は、どこか懐かしい。城でもよくこういう光景を目にしたものだ。
俺が過去の思い出に浸っていると、この空間にもう1人現れる。
「なんで!」
俺達を見た彼女は、驚愕の表情を浮かべる。
そんな彼女に向かって、テインが声をかけた。
「さっきぶりだな、マユよ」
テインが彼女に歩み寄ると、彼女の目尻に涙が浮かぶ。
「なぜ泣くのだ?」
「テインさん、あまり彼女に近づかないでくれ」
恐らく、彼女は俺達を殺したことの罪悪感から涙を流しているのだ。
俺がそうテインに言うと、彼はこちらの言うことも聞かず、再び彼女に向かって歩き出す。それを見た彼女は、なんとか逃げようともがくが、体が動かないようだ。
そして彼女の目の前まで来たテインは、右手でそっと肩に手を置いた。
「あまり気にするなマユよ、ここにいる者達はお前を恨んでおらん」
その言葉に彼女は目を見開く、それはそうだ自身が殺した者から、恨んでいないと言われたのだ。
「なんで、みんなもっと生きたかったはずでしょ!それにマイクの事もわたしは守ってあげられなかった」
「まあな、だが戦う時から死は覚悟してたぜ」
「バブルの言う通りね、人間を殺した時から、いや王国軍と戦っていた時から死は覚悟していたわ」
「ちっ、こいつらムカつくぜ」
爽やかな顔でそう言う2人に舌打ちをしながらもどこか嬉しそうなマイク。
「それに見ろ、私たちだけではないのだぞ」
テインがそう言うと、俺達を囲むように沢山の魔族が現れる。
「なんで、こんなにいるんだよ」
嫌そうな顔でマイクが呟く。
「それはこの場所が暖かいからだろうな」
「暖かい?」
俺がマイクに向かって言うと、暖かいと言う言葉に反応した彼女が、こちらに疑問符を浮かべながら訪ねてくる。
「そうだ、この空間は暖かいだろう?」
「そうかな?」
「ああ、恐らくお前の心が暖かいからだろう」
「わたしの?」
俺の言葉を聞いた彼女は、俯くと自身の胸に手を当てて黙り込んだ。
そして少し時間が経ち顔をあげた彼女は、首を傾げわからないと一言呟く。
「俺はお前が弔ってくれるのを見ていた。それを見ているとお前の事が好きになってしまったのだ」
「えっ!なんで!」
好きと言う言葉を聞いて頬を染める彼女。
「お前がガレム様にそっくりだったからだ」
「ガレム?」
「お前達は彼の事を魔王と呼んでいる」
そう言って俺は彼女に、過去の事を話し始めた。
あれはこちらの世界に来る前のことだ。
俺達は悪政を強いる王国軍と日夜戦っていた。俺達は皆、勇者ガレムに惹かれ集まった者達だった。
戦闘は激しく、敵味方問わず沢山の者達が死んでいった。
ガレムは涙を流した。この醜い戦いに、死んでいった者達に、そして戦うことしかできない自分自身に、彼はよく言っていた。
「話し合いで解決できたら一番いいのだがな」
だが、あの王相手では話し合いなど、できはしないだろう。
それからも俺達は戦い続けた、戦いの中で、俺は何度も死にかけ、仲間の死を何度も見た。俺の精神はとっくに限界を超えてしまい。もうだめだと思った時、俺達のもとへある報せが届いた。ついにガレムが王を討ったのである。
その後、ガレムは王の座についた。国民のために立ち上がり、国民のために戦った彼ならば良き王になれるだろう。誰もがそう思った。
だが、悲劇は突然おとずれた。
あの日、国の兵士となった俺は王都の巡回をしていた。
「な、何だあれは!」
すると突然、誰かが叫ぶ声が聞こえたのだ。声のした方を向くと、男が空を指差しながら叫んでいる。
男の指差す先、そこには大きな穴が空いている。そしてそこから紫の光の雨が王都に降り注ぎ、その光に触れた者は、みな灰になってしまった。
その光景にしばらくの間、呆然としていたが、国民を避難させなければと思い至った俺は、生きている者達を、城の中まで避難させる。この光はなぜか建物へは向かっていかない。つまり外にいる人間のみに当たっているのだ。
国民を城まで誘導し終えた俺達兵士は、ガレムの部屋に来ていた。
「すると、犯人は異世界の者ですか」
「そうだ」
俺達が部屋に着くと、ガレムは開口一番にこう言った。
『この世界とは違う別の世界から攻撃された』
俺達はにわかには信じられなかった。
それはそうだろう、いきなり異世界から攻撃されたと言われて、信じられる者などいない。
「これから私は異世界へと渡り、元凶を倒してくる」
そう言うガレムの顔を見て、俺は息を飲んだ。
彼は笑っていたのだ。多くの国民や兵士が死んだと言うのに笑っていた。
しかし、俺が見ているのに気づいた彼は、笑うのをやめその顔は悲痛な表情へと変わった。
(見間違いか?)
そう思った俺は、ガレム対して聞くことはしなかった。
この日から、ガレムは別人のように人が変わった。
「魔王が勇者?」
マユが目を見開きながら口にした言葉に、俺は首肯する。
「なんで、わたしにそんなことを話したの?」
「…………」
「その話をする事で、わたしが魔王を倒すのをやめてくれるんじゃないかって思ったの?」
たしかに、そんな考えは全くないと言えば、嘘になる。だが俺は、どうしても彼女に知っていて欲しかったのだ。
「わたしは魔王を倒すよ、リーゼやユリアと約束したから。仇を討つって」
「そうか、約束ならば仕方ない」
悲しげな表情でこちらを見る彼女。
(やはりガレム様にそっくりだ)
彼も常に誰かのために、悲しみの中で戦っていたのだ。
「そうだ、今さら倒すのをやめるなんて言ったら、ぶん殴ってやるところだったぜ」
彼女の言葉に、バブルは嬉しそうだ。彼は四天王の1人であるドルブが勇者にやられた際に、魔王の放った一言で完全に魔王を見限っていた。今まで戦っていたのは、仲間の魔族のためだったのだ。
「昔のあの人は好きだったが、今のあいつは嫌いだ」
ガレムはドルブがやられた際に笑いながらこう言った。
『所詮、雑魚は雑魚か』
それを聞いた時は俺もその場におり、愕然としたのを覚えている。
「まあ、私はあの方には死んでほしくはないんだけど」
ローラの表情は悲しそうだ。俺達はガレムと一緒に戦っていた、当然彼に死んでほしくない者だって魔族の中には大勢いる。
「私は、お前がガレム様を相手にどこまでやれるのか楽しみだ」
こいつは少しおかしい、テインは戦うことが好きなのだ。
だから1年前、勇者と戦えなかったことにショックを受けていた。
「俺は魔王が倒されてこの世界に平和が戻って欲しい」
マイクはその光景を思い浮かべているのか、晴れやかな表情をしている。
みんなの言葉を聞きながら彼女は少しの間、目を瞑って考え事をしていたが、やがて結論を出した。
「わたしは魔王を倒す」
「そうか」
俺の返事に彼女は頷いた。考えて出した結論なら仕方がない。
ならば最後にと、俺は悲しげな表情の彼女に向かってある願いを口にした。
「最後に1ついいか?」
「なに?」
「お前の笑った顔が見たい」
そうだ、初めてこの場所で会った時から見てみたかった。
俺がそう言うと、一瞬戸惑ったが、彼女は俺に笑いかけてくれた。
「いい笑顔だ」
その言葉で彼女は、頬を赤く染め俯いてしまった。彼女の笑みは俺の心を温もりで包んでくれる。
「やはり、お前は優しいのだな」
「優しくなんてないよ」
「いや、お前は俺の話を聞いてから、魔王を倒すことを少し躊躇しただろう」
「……うん、話を聞いた時、リーゼ達と約束したから今さらやめるのは無理だって思った。でもなんとか話し合いが出来ないかなとも思ったの」
「ああ」
「でも、マイクが言った平和って言葉でわたしは魔王を倒す事を改めて決めたんだ。だってわたしが魔王を倒さないとリーゼやみんなが安心して暮らせないでしょ」
「そうだな」
「だからわたしもう行かなきゃ」
そう言うと、彼女の姿が透けていく。
彼女は最後にこちらに微笑むと完全に消えてしまった。
「いっちまったな」
「ああ」
「戦いは悲しいわね」
「どうした、お前までガレム様のようなことを」
「うるさいわね」
「勇者様」
彼女が帰ったあと、俺達は少しの間、惚けていたが、しばらくするとやがていつもの日常へと戻っていった。
目覚めたわたしの目に映ったのは、リーゼの泣き顔だった。
「どうして……泣いてるの」
リーゼの泣き顔はあまり好きではないため、見たくなかった。
「ごめんね、助けてあげられなくて」
リーゼはそう言うが、彼女はいつもわたしのことをそばで支えてくれている。
「ねぇ、今はもう夜だよね」
この部屋は、ランプによって照らされているが、やや薄暗いため夜だと言うことがわかった。
「ええ、もう真夜中よ」
「そっか、なら外に行こうよ」
「ダメよ怪我をしてるんだから」
「平気だよ」
そう言ってわたしはリーゼに肩を借りながら外へと出る。
「助けてくれてありがとう」
星空を見上げながら、わたしはリーゼに感謝の気持ちを伝えた。
あの戦いで、わたしの体はボロボロだった。でも今は体の痛みはない。
「ごめんなさい」
なぜ謝るのだろうか、わたしの腕と足の骨折が治せなかったから?
「骨折の事なら気にしないでよ」
そうだ、これはわたしの体質が悪いのであってリーゼが悪いわけではない。
「違うの」
「なにが?」
「わたしは、あなたが敵にやられているときになにも出来なかった。死ぬのが怖かった。あいつが剣を投げつけてきたとき、自分の死が一瞬見えたの」
なんだそんな事だったのか。
わたしは右手でリーゼの目から溢れる涙を拭うと、彼女に今までの感謝を伝える。
「それでいいんだよ。わたしはリーゼに傷ついてほしくないし、それにリーゼはいつもわたしを助けてくれてるよ。わたしが敵を殺して泣いているときも慰めてくれたし、さっきわたしが目を覚ましたときも、わたしのために泣いてくれてたよね」
「マユ」
「わたしリーゼのこと大好きだよ。だから泣かないで」
リーゼは、わたしの言葉に頬を染めながら俯いてしまう。
「でも、わたしはもうあなたを助けることができない」
「わたしは、これからもリーゼにそばにいてほしい」
そう言ってわたしは彼女の唇にキスをする。
お互いの唇が触れるだけの軽いキスだが、わたしの心はドキドキしていた。
(もしリーゼに拒絶されたらどうしよう)
そう思っていたわたしの体をリーゼの温もりが包み込んだ。
「ありがとう、マユ。わたしも大好きよ」
そう言って再びキスをするわたしたち。
そんなわたしたちを、月明かりが優しく照らしてくれていた。




