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スイ様の言うとおり!  作者: ゆう都
第二章 後宮の片隅で咲く花
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日陰の女

「こんなに怖い人だと思わなかった」

 次の日の朝食後。翠の髪を結っていたジナオラが、その耳元に言葉を落とした。

 部屋の外にはルーカリアナが居るが、この程度の小声が聞こえるほど、さすがの壁でも柔ではない。

「なにのこと?」

「見殺しにするなんて」

 ジナオラはこのところ翠の傍から離れられないが、独自の情報網か、それとも読心術にでも長けているのか、フィオルナルやルーカリアナよりも早く、翠の本心を見抜きかけているのだろう。




「王の命令だとは思ってくれない?」

「思ってあげない。キミが従うことと、キミが悲しまないこととは、別でしょう?」

 それもそうだ。例え王の命令に逆らえなかったにせよ、一般の感覚があれば従うのは渋々になる。翠とて喜んで従った覚えはないが、何かを気負って従ったわけでもない

「僕も、いつか見殺しにされるのかな」

「……その時が来れば、ね。だから言っているでしょう。自分で逃げなさい、と」

 翠は本心を隠さない。隠さないから逃げてほしい。もしかすれば守られるかもしれないとは思わないでほしい。その言葉に、ジナオラは僅かに喉を鳴らした。




「だから、僕はキミに従っているんだよ。……今は、ね」

「あまり派手に動いちゃ駄目よ。アナタは、毒の皿にも、彼女にも近かった」

「分かっているよ。まだ、キミについて知りたいこともたくさんあるしね。……さぁ、できたよ」

「……ちょっと盛りすぎじゃない?」

「そうかな? 赤のお妃さまよりは随分とおしとやかだけど」

「アレとは比べないでほしいわ」

 翠はジナオラの結った髪を揺らして、ジナオラの淹れたお茶を飲む。




 確かに翠は彼女を見捨てた。それを悲しむこともない。

 ただ、生活に表れる少しずつの変化に、まったく感傷を覚えないわけでもないのだ。

「このお茶、おいしいわね」

「光栄です、シスイ」







 その日の昼食。翠をいつもどおりの席に座らせて、ギルバートが口を開いた。

「そういえば、捕まったぞ」

「そうですか」

「これで、ライバルが1人減ったな」

 何が、とも、誰が、とも言わない。ギルバートの背後にいつもどおり控えたルーカリアナは険しい顔をしているし、翠の背後のジナオラは無表情を保っているだろう。




「私、別にライバルと思ったことはありませんよ」

「まぁ、そうだな。お前に寵を競われた覚えがない」

「処刑はいつ?」

「お前が知る必要が?」

「……ないですわね。でしたら、犯人確保も教えてくださらなくてよかったのに」

 暖かいスープを飲みながら翠は言葉をこぼす。毒見の時間がなくなって、かつてよりも温度を保ったまま、食事にありつけるようになった。

 毒は、もう盛られていない。否、同じ犯人に盛られることは2度とないだろう。




「それも、そうだな」

 翠には何も教えられない。それは、翠が籠の中の鳥だから。

 昼食から部屋に戻ると、フィオルナルが待っており、ギルバートと同じように、翠と王の毒殺未遂の下手人と、アシュレイを殺害した者が同一人物であり、それが明朝、捕えられたと教えられた。そして、同じように、それ以上は教えられない。




「僕が教えてあげようか?」

 フィオルナルが立ち去った部屋でジナオラが笑う。

「結構よ。私が見殺しにした中には、彼女も入っているんだから」




 犯人は、ドゥノと名乗って侍女服で王宮内をうろついていた女だった。

 アシュレイの死因が毒殺であり、それに用いられていた毒が、ギルバートと翠に盛られた毒と一致したため、アシュレイ殺害についての捜査が、それまで以上に急ピッチですすめられた。




 ドゥノと名乗った女は、カポネのでも、トゥジェノのでも、トゥジェディのでも、そしてもちろん翠の侍女でも、ない。そして、彼女はジペットの侍女でもなかった。

 ジペットには、アーガルはもちろん、侍女ですら、与えられていないのだから。




 アシュレイの女官時代の友人が、アシュレイに新しくできた侍女服の友人について聞いていた。その女がドゥノと名乗っており、アシュレイと王宮の片隅でよく話をしていたことも。

 登録されている侍女の中に、ドゥノという名前の侍女はいない。

 翠以外の主をもった侍女の誰かが、ドゥノと名乗り、アシュレイを殺したことも疑われたが、それではギルバートと翠に毒が盛られたことまでは説明がつかなかった。




 侍女について調査が進められる中で、侍女と一緒に登録され、規定の枚数しか仕立てられない侍女服に、未返却分があることが分かった。

 その侍女服は。

 ジペット……ギルバートに戯れに手をつけられ、そして忘れられた彼の側妃である元侍女が、未返却のまま彼女の私室に持ち込んでいたものだった。




 ジペットの本名は、ドゥーシェ・ノエル。

 此度の事件の犯人であった。




 彼女はギルバートに忘れられる内に、心を病ませた。アーガルも侍女もおらず、そのうち、女官の世話まで受けられなくなり、結果、自分が持ち込んだ侍女服で厨房に潜り込まなければ、食事にさえ困るようになっていた。

 それでも、しかたがないと。ギルバートに手討ちにされることを、王宮を追われることを、他の妃を恐れて、部屋に籠った自分が悪いのだと、思っていた。

 ……新たに現れた、自分よりも位階の低い妃が、王の寵愛を受けていると聞くまでは。




 ドゥーシェがアシュレイに出会ったのは偶然だった。

 だが、アシュレイが語る彼女の主に、アシュレイに、そして王に、愛されているというリーリアに、ドゥーシェの怒りや悲しみは増すばかりであった。

 そして、翠がギルバートと共に食事をとっていると知った時、彼女の怒りは暴発した。

 自らは、食事にありつくのすら、やっとであるのに。




 当然、彼女暴走は失敗に終わった。翠が毒に気付いたからではあるが、気付かずとも、ジナオラの死と引き換えに、毒殺は未遂に終わっていただろう。

 怒りとも悲しみとも、絶望ともつかない感情に苛まれる中で心の壊れたドゥーシェは、侍女でありながら、幸せそうなアシュレイを見て、彼女のことも憎くなった。

 王やその側妃とは違い、アシュレイを殺すのは簡単だった。アシュレイは、ドゥーシェを自分と同じ侍女仲間だと思っていた。その口に入るものに、毒を盛ることは簡単だった。




 処刑の日。彼女は笑っていたという。

 心が壊れた故か。孤独の中から解放される故の真の喜びか。

 誰にも真相は分からぬまま、彼女の処刑は内々に執行された。


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