侍女の行方
「まだ、見つからないの」
アシュレイの不在が分かって丸1日。次の日の昼食時。翠をギルバートの元へ案内しようとするルーカリアナの背後へ質問を投げかけた。
ルーカリアナを通じて命じられた、何人かの衛士が王宮内やその敷地内を探しているが、一向にアシュレイは見つからない。フィオルナルに至っては、魔法を使った気配察知まで試してくれているという。
「お優しいリーリアに心配されて、彼女も幸せものだね」
ふと、ルーカリアナが翠を振り返ってそう言った。もちろん、目は笑っていない。リーリアの胸中を、ギルバートほどではないにしろ、分かっているのだ。
翠が、アシュレイの身を案じていないことを
「質問の答えは?」
ルーカリアナの瞳にニッコリと笑いかけて先を促す。
「……そう簡単には見つからないよ。消えたのは、側室付きの侍女、とはいえ、下級貴族の妾腹の娘。1日、2日と姿が見えないくらいで、それほど人手を割くはずがないでしょ? 未解決の陛下の毒殺未遂の方がよっぽど問題なんだから。衛士が動いていること自体が彼女にとって幸運だよ。……探しているやつらは、リーリア、というより、そのアーガルが怖いんだろうけど」
言外に、フィオルナルの……王宮魔法師長の圧力がかかっていることを示される。
「そうね。思いやりのあるアーガルを持てて、私も彼女も幸せものね」
「……」
棒読みのように、言葉に感情を乗せなかった翠を、じ、とルーカリアナが物言いたげに見つめた。
彼は、気に食わないのだ。自分も、目的のためには手段を選ばないような性格をしておいて、周りの人間がそういう行動をとると嫌悪する。ただの同族嫌悪で人を的にしないでほしい。
彼にとっては、翠という存在そのものが不穏分子なのだろう。突然、どこからともなく現れて、王に取りいった女。ジナオラが翠に抱いたのと同じ、気味の悪さを感じているに違いない。
ジナオラと違うことは、ルーカリアナには、守らねばならない人間がいるということだ。
だから、翠とは相容れない。……彼の守りたいものを一緒に守れない翠とは、絶対に。
「突っ立ったままでは、王を待たせるわよ」
翠の促しを受けて、ルーカリアナは無言で再び歩き出す。
その背中に、胸の中で溜息をついて、翠は思いを巡らせた。
翠はアシュレイの身を案じていない。それは、翠が選んだ選択故だ。
翠は、自分とギルバートに毒を盛った人間に薄々アタリがついていた。放っておけば、アシュレイが危ないことも分かっていた。そして、決めかねたのだ。アシュレイの命を選ぶか、選ばないか。翠が、なにものにも執着しないが故の、迷いである。
結局、選べなかった翠は、アシュレイ自身に選ばせることを決めた。
翠の勧めで、アシュレイが侍女を辞めるはずがないと、分かっていながら。
そうして、自分自身で翠の傍にいたいと願ったアシュレイに、自ら危険な道を選ぶといった彼女に。翠は、彼女を選ばないことを決めた。アシュレイ自身がそう望んだのだと理由をつけて。
翠と同じくして、その直感で真相に近づいていたギルバートは、アシュレイを釣り餌にすることを望んだ。時、同じくして、彼女を選ばないことを決めた翠も、それに頷いた。
2人で、彼女を見捨てる道を選んだ。だから、同罪なのだ。例え2人とも、それが罪だと、本心では思っていなくとも。
執着のない人間の命を、執着がない故に、選ぶとも選ばないとも、決めかねる翠は、そんな心の葛藤に疲れてしまった。だから、翠は自らの傍に、自分で身を守れる者を望んだ。危なくなれば、自らその鎖を引きちぎってでも逃げ出せる、力と心の強さを兼ね備えた者を、ギルバートに強請った。
ギルバートは翠の真意に気付いただろう。翠が望んだジナオラに、その力があることにも、気付いただろう。彼が、本来持つ力を隠した間者だと、翠の言葉で気付いたのか、それよりももっと前に気付いて、面白いからと傍に置いていたのか、翠には分からない。
ただ、翠が望んで、ギルバートはそれに頷いた。彼女の傍に、力を持つものを置くことに。
もう自分には、侍女は要らない。女官ですら要らない。
自分の傍にあるだけで、その身が危険にさらされるなら。その度に、自分に選択がつき付けられるなら。自分の傍にいっそ、人など居なくていい。
翠の思いにギルバートがどこまで気付いているのか分からない。
ただ1つ分かるのは、翠もギルバートも、未だこの事件の真相を、誰にも告げていないことだけ。
「シスイ、申し訳ありません」
その翌朝、翠の部屋を訪ねたフィオルナルが翠の前に膝をついて謝罪した。
昨日中、ずっと魔法を使っていたのだろう。僅かに疲労の色が見てとれる。
「王宮魔法師長の地位にありながら、シスイの侍女の居場所も分からず……」
その身の不甲斐なさを真に詫びるフィオルナルの姿に、翠はゆるゆると首をふる。
彼にどうにかしろという方が無理なのだ。……もう、彼女に気配なんてものはないのだから。
「今日は、昼から雨だったかしら」
「……はい、天文方はそう申しております」
「かわいそうね」
「……?」
翠の言葉に違和感を感じたのだろう。怪訝な顔をしたフィオルナルは、しかし、何に違和感を感じたのかまでは分からなかったようで、疑問を口にはしなかった。
……彼女はこのまま、雨曝しになるのだろうか。否、もう十分だろう。翠はそう決めて、膝をついたままのフィオルナルに願った。
「ねぇ、アーリヤを摘んで来てくれない? 彼女が教えてくれた花を部屋に飾って、無事を祈りたいわ」
「……かしこまりました」
果たして、アシュレイは見つかった。
アーリヤが咲き誇り、甘い香りが漂うその植え込みの下で。
変わり果てた姿で、横たわっていたという。