一章 ある街の少年と吸血鬼のお姫様 一話
天空都市と地下世界を除いた世界にある九つの大陸の一つであり北東に位置するフィミア大陸。
そのフィミア大陸の最も東にある街、ラスス。
ラススは他の街と比べると少しだけ大きく、物語に出てくるようなモンスターに近い“魔妖”を倒す“魔妖狩り”の拠点として有名で人の出入りは激しい。
「リリア! “魔時”の調整はどうだ?」
レンガ造りの街のお昼十二時、雪が降りしきりながら十二月の寒さ沁みわたる中で、リリアという少年は中央公園の中心にある街が一望できる塔の頂上にてある機械の調整を行っていた。
その機械は“誰も分からない程に長い時”の中で生み出された“魔”妖に対抗するための力、“魔時”を使い周辺の様子を確認して、魔妖などの危険から守るものである。
「ちょうど終わりました!」
グレーで大きな円柱形の機械の中に埋め込まれた水色の球体。
この球体が機械に魔時を埋め込むために必要で大きさや能力などは物によって様々。
その球体から手を離し、蓋を閉めたリリア。
リリアという十七才の少年は美少女のような容姿であり、声も高め。
それによって女子と間違われることは多い。
髪は水色のショートヘアー。
瞳は丸く水色。
身長は低く、トップスはモフモフの青いパーカーで内に白いシャツを二枚着ておりボトムスは黒色の長いジーンズ。
家族はおらず、魔時を扱う仕事をしながら働き先の宿舎で暮らしている。
「んじゃあ、休憩に入っていいぞ」
上司の髭をたくわえた大柄な男性、シャズが塔の修繕をしながら片手間にそう言った。
「ありがとうございます!」
満面の笑顔でリリアは塔から降りていく。
リリアは仕事を終え、宿舎で食事を取り、小さな自分の部屋の中、ボロボロのベッドの上で机に置いたランプの優しい光を頼りにしながら最近古本屋で買ったファンタジー世界を旅する物語を描いた小説を読んでいた。
「……いいなぁ」
小さく本当に小さな声で呟いた。
この小説の主人公は強くて、誰もが憧れるヒーローだ。
でも自分にはこんな力は無いし、人間性もこの人みたいではないし、魔妖がはびこるこの世界では魔時を扱い戦う魔妖狩りでなければお金が無い自分が旅なんてできない。
……本当に羨ましい。
そっと本を閉じ、枕の右横に置く。
……ダメだ……今日はもう寝よう。
今、これ以上読もうとしても辛いだけ。
そのまま目を閉じる。
……夢を見ても無駄なだけ。
生きるって多分そういうことだから。
「ホントにそう思ってるミアか?」
「……え?」
いつの間にか窓が開いていて冷たい風が入り、三日月の月明かりが射し、そして──よく分からない生物が居た。
水色の体毛に覆われたぬいぐるみ程の大きさの二頭身。
つぶらなエメラルド色の瞳。
赤い羽根でパタパタと浮遊しており、尖った耳も特徴的。
「そんなに見とれているミアか? まあ、いいや。ミアの名前はルミル! 妖精とか精霊の一種だと思ってミア!」
名前っぽいミアの後に名前のルミルと名乗ったのでなんかややこしい。
「あの……えっと……?」
しかし、どういう状況かはよく分からない。
妖精とか精霊の類いが実在するとは知っていたが、本当に見るのは初めて。
マスコットみたいで癒される……って違う!
「あの……何のご用で……?」
「キミを旅に出させるためにミア」
「……なぜでしょうか……?」
「吸血鬼のお姫様のスカイ・ブラッドフォールのお願いだからミア」
「なぜ……吸血鬼のお姫様がお願いを……?」
「スカイは吸血鬼の王族として伝統である世界を旅して、見聞を深めながら天使たちと関係を築くってことを始めるミアだけど、その旅にミアともう一人、お供する人間が決まったミア! それがキミ!」
……そうなんだ。
なぜ、自分が旅に付いていくのかという部分が全く分からないが。
「まあ、スカイに聞いた方が早いと思うミアよ! 付いてくるミア!」
いや、そう言われても……あれ?
……リリアは気付くと街の側にあるシルルの森の中に立っていた。
魔時による瞬間移動?
そうとしか考えられないが、目の前にはルミルと一人の少女が立っている。
雪のように白い髪で髪型は右横に束ねたサイドテール。
優しい赤い瞳。
リリアとほぼ同じ身長でスラッとした身体。
黒いゴシックロリータ衣装が異常なまでに幻想さを引き立てており、口には──鋭い犬歯から少女が吸血鬼だということが分かる。
吸血鬼が実在することも知っている。
それにブラッドフォール家は王族のため、世界で知らない人はいないだろう。
でも吸血鬼は人間の生き血を吸って生きる。
少女が優しい眼差しを向けていても吸血鬼である以上、恐怖感は涌き出てくる。
冷や汗が止まらず、唾をごくりと飲み込む。
一秒さえも長く感じる中で彼女は口を開いた。
「リリアさん、突然のことで申し訳ありません。ですが、もう進まねばならない時だったので、こうしてお呼びたていたしました」
少女はこちらに向かって頭を下げる。
「いや……頭を下げないで下さい……!」
「お気になさらず。ブラッドフォール家の一人であり王族として当たり前の礼儀です。私の名は申し遅れましたがスカイ・ブラッドフォールと申します。今宵はリリアさんを私と共に旅に出てほしく、お誘いをするため参りました」
吸血鬼の王族であるスカイ・ブラッドフォール本人……。
とても現実の事とは思えず、この光景が実はベットの上で寝てて見てしまったものなのではないかと思って、頬をつねる。
が、ちゃんと痛い。
「あの……どうかしました?」
「あ……お、お気になさらず……」
「分かりました……では話を戻します。我々ブラッドフォールの吸血鬼は代々、十七になると世界をまわる旅に出て様々なものや考え方を自分の目で知り、各地で暮らす天使と友好関係を築くのですが、その時に“血石”という種類の宝石が写し出した者と旅に出るという決まりなんです。そして、ルミルとリリアさんが血石に写し出され、ルミルはもう共に旅に出る約束をしていて、次にリリアさんを訪ねたのです」
……そういえば、そんな伝統が吸血鬼の王族にはあると聞いたことがある気がする……。
ホントなんだ。
「あの……でも、なんで僕が……? それにもし僕がお供しても役に立つことなんて、できません……」
うつ向きながら弱々しく伝える。
「血石はブラッドフォールの吸血鬼のみ、その者の旅の道中と旅が終わった後に必要不可欠な存在を教えてくれる宝石なのです。その血石がリリアさんを写し出したならリリアさんが役に立たないなどということは万が一にもあり得ません。ですが……リリアさんはまだ、戦える力が無いことは事実……それにこんな突然な話ですから旅のメリットとデメリットを知り、決断することも必要でしょう……そこでなのですが」
一拍置いて、スカイは笑顔で見つめながら。
「私とルミルがこの街に滞在して、リリアさんが魔時を扱えるようになり、旅についての話を聞き、決断するというのはいかがでしょうか? もちろん、旅に無理矢理付いて来てもらうなどとは考えていません」
……魔時を扱う。
そんなことが自分にできるのだろうか?
あの力は魔時というエネルギーをコントロールできる才能とコントロールできるようになる努力があって手にできる特別な力。
というか、吸血鬼のお姫様に教わってもいいのだろうか?
もし失礼なことをしたら……考えるとなんか怖い。
それに自分が旅なんて──。
「ん? また、さっきみたいな考えをしているミアか?」
「え?」
ルミルがこちらを首を傾げながら見つめる。
「ミアは直感がいいらしいミアけど、さっきと今のリリアからはなんとなく、今の閉塞感が辛いなーって感じがするミア」
……。
「それに部屋で冒険小説を読んでいた時は心の底から楽しそうな気がしたミア」
…………。
「もしかして、小説みたいに旅をしてみたいって思ってるじゃないミアか?」
そう。
ルミルが言葉にしていることは自分が一度も言葉にしていないだけの紛れもない本心だ。
でも、どうすることもできない状況だからそのことは心の底にしまったままだった。
でも……本当は……本当は……!
「旅に出たいと思っていらしたのですね……そうだったんですか。それでも私たちは『旅に付いてこい』などと強要はしません。悔いのないよう決断してほしいです。ですが……必ず、最高の旅にできるよう私たちも努力します」
……まだ、決断はできていない。
旅のことについてもよく分からないし、失礼かも知れないがこの二人が悪い者ではないと確かめる必要がある。
「分かりました……考えさせてください。えっと……お二人の呼び方は……?」
「ルミルでいいミアよ!」
「王族というのは気にせずスカイ、と気軽にお呼びください」
「うん……。ルミル……ス、スカイ……色々と学ばさせてもらうね。僕のことも気軽にリリアでいいから」
リリアは緊張しながらも穏やかな笑顔で二人に微笑む。




