第6話 〝布石〟
昼下がり。
検問を終えた俺たちは、宿屋を探すべく街の中を歩いていた。
夜間透明都市。
初めて来たが、第三都市ミャリールとあまり街並みは変わらない。差異を挙げるとすれば、常に強大な魔剣の気配を感じるのと――、
「なんで、あれ光ってるんだ」
建物の一部分――陽の光が当たっていない場所が、淡くオレンジ色に光っていた。
「あの光は残陽石っていう特殊な石によるものだ。この都市の建物は全部、建材にそれを配合してるらしい」
「残陽石? 夜光石のことか?」
「いいや。残陽石は暗くなると、太陽光を発する石のことだ。夜光石とは違って、蓄光する必要がないから重宝されてる」
「へぇ、凄い石なんだな……」
完全下位互換である夜光石のことを思うと、涙が止まらない。
「みんなわかってると思うが、この都市周辺は陽の光が当たらないモノはぜんぶ透明になっちまう。残陽石が多いここら辺の大通りは大丈夫だが、小道の日陰には入らない方がいい。最悪、露出狂として捕まるからな」
「法の不知はこれを許さず――ですか」
「え? リレは服を脱いじゃいけないことを知らなかったのか?」
紫色の瞳が少し揺れた後、リレに少し睨まれる。
「そうですね。ナギサさんの言うとおり、言葉の使い方を間違ったみたいです」
「ごめんごめん。指摘の仕方が少し意地悪だったな」
リレに謝罪をする。
直後、ヴァルターが「――あ」と声を上げた。
「あれ、宿屋じゃないか?」
ヴァルターが遠くの看板を指差す。
目を向けると、そこには宿屋を思わせる店名が書かれていた。
「そうみたいだな」
「あとは部屋の空きがあるかどうか、か」
「ヴァルター、俺とロイスは同室で大丈夫だ」
今まで黙っていたイヴァンが口を開く。
夜間は魔力や睡眠の関係で、甚大文字を切らざるを得ないからな。イヴァンは恐らく、視力がさらに下がったロイスのことが心配なんだろう。ある時ヴァルターが言っていた、イヴァンは〝仲間思い〟という言葉が思い出される。
「いつもわりーな。イヴァン」
「気にしなくてもいい。これは俺のためでもある」
素直にロイスの感謝を受け取らないイヴァン。
その様子に、ヴァルターの表情が一瞬だけ曇ったような気がした。
「オーケーオーケー、二人部屋一つと一人部屋三つだな」
そう陽気に言うヴァルターが、俺にはどこか不自然に思えた。
§
服も着替えもせず、俺は宿屋のベットに寝転がっていた。
「疲れた……」
三週間もの長旅。
あまりそれに慣れていないこともあってか、俺は疲れていた。
そう、疲れ切っていた。
日が暮れるまで、ベットでゴロゴロするのも致し方ないだろう。
「天井が光ってるの落ち着かないな……」
ちなみに壁と床もすべて光っている。
とんだクソ物件だ。
……まあ、そんなことを言ったら、この都市すべての建物がクソ物件になってしまうのだが。
上半身を起こし、所々透明になっているベッドを見ながら、そんなことを思っていると、
「ナギサさん、いますか?」
コンコンと、ノックされる。
俺は扉に駆け寄ると、内鍵を外して外へ顔を出した。
「リレ、どうした?」
「少し相談したいことがあって、中に入れてもらっても大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
リレを部屋の中に招き入れる。
ベッドに座ってもいいか確認を取られたので、迷わず許可する。
「これを見てほしくて」
ベッドに腰掛けたリレはそう言うと、自らの衣服をめくりあげた。
白い、左足が露出する。
「何だと思いますか?」
リレが言いたいことはすぐにわかった。
膝の上部分に、青色の紋章が刻まれていたからだ。
それも、小さく光沢がない――
「これは……」
見たことがある。
三週間前、冒険者ギルドにて。
「この紋章、アラステアの体にもあった」
「正体はわかりますか?」
「あいつは……転移の術式だと言っていたな」
「転移の、術式……」
リレがそう呟き、難しそうな顔をする。
……もしかして。
「すみません、術式ってなんですか? 魔術紋とは違うんですよね」
「魔術を発動するための紋章って点では同じ。でも、基本的に術式は〝天の宝玉〟によって刻まれる紋章のことは指さない」
「ありがとうございます。物知りなんですね」
「いや、たまたまというか……」
単に、アラステアの言っていたことが気になって、術式の意味を調べておいただけだ。
「誰かに、攻撃を受けているんでしょうか?」
「正直、アラステアに喧嘩を売る奴はいないと思うんだが……」
「アラステアさんは、他に何か言っていなかったんですか?」
「世界が私を欲しがってる、だとかなんとか……」
「よくわからないです」
「俺も……」
同意する。
あの野郎の言動は本当によくわからない。
「そういや、その紋章が刻まれていることに、いつ気が付いたんだ? 今日?」
「いや……昨日ですね。特に痛みも違和感もなかったので、言っていなかったんですが」
「アラステアとは時期が違うのか……」
ますます、わからなくなってくる。
……これはいくら考えても、どうしようもない問題だな。
「今回の件が片付いたら、アラステアに話を聞きに行ってみよう。とにかく今は、術式に魔力を流し込まない・流し込まれないように気を付けてくれ」
「わかりました。身体強化は使っても大丈夫ですよね?」
「ああ。イドラと同じで加工した魔力じゃ、術式は機能しないはずだ」
そう言った直後、頭に軽い痛みが走る。
『アンタ、自分がどうしてイドラを使えないのか、理解してる?』
脳内に響き渡る、声――。
「――ッ」
「ナギサさん?」
俺の様子を不審に思ったのか、リレがこちらを見つめている。俺は気を取り直そうと、頭をぶんぶんと振り――、
『――安心しなさい』
心臓がドクンと、強く脈打つ。
止まらない、声。
『アンタが危惧してることは何一つ起こらないから』
わからないわからないわからない。
俺が危惧してることってなんだ? なんなの? なんなのでしょうか? いったい――、
――オマエは、いつまで逃げてるつもりだ?
「――ぁ」
体が、
ふらつく――
「ナギサさんっ!? 大丈夫ですか!?」
誰かの声。
黒髪の少女が慌てた様子で、■の体を支えていた。




