第3話 〝唯一〟
「と、突然なにを言ってるんですかナギサさんは! わけがわからないです!!」
わけ……そうか。
確かに、理由が必要だよな。
「いや、俺も一年前の事件でさ……友人を亡くしてるんだよ。だからリレほどじゃないが、梔子の魔人に恨みはある」
適当な理由をでっち上げる。
自己嫌悪が込み上げてくる。
それでも、この機会を逃すわけにはいかないのだ。俺は俺の目的のために、リレ・ネルウェスを仲間にする。
「――リレ」
名前を呼んで、黒髪の少女に一歩近づく。
彼女の瞳からは、既に動揺の色は消えていて。
「もう一度、改めて言う。俺の仲間になってくれないか?」
リレに向かって、右手を差し出す。
太陽が照りつけているせいか、体が熱い。口の中が乾いてくる。地面を見ると、右手の影が微細に揺れていた。視線を、リレに戻す。
「……ナギサさんは、いいんですか」
「いいって、何が」
「私の目的を優先したら、あなたの夢は叶わなくなってしまうかもしれない」
「そんなの百も承知だって。俺がいいって言ってるんだから、リレはそんなこと考えなくていいんだよ」
その言葉にリレは少しの間逡巡すると、
「わかりました。これからよろしくお願いしますね、ナギサさん」
俺の右手をしっかりと握ったのだった。
§
翌日の朝。
俺は冒険者ギルドの扉、その取っ手に手を伸ばす。
「――――っ」
取っ手の近くまで右手を動かすことはできたものの、ぶるぶると震えて、そこから先には進めない。取っ手を掴めない。とびらを、開けられない。
「――ッ」
言うことを聞かない右手を左手で強引に制御し、扉を開ける。そして、急ぎ中に入った。
「――くそ」
小さく呟く。
本当に何をしているのだろうか、俺は。
ギルドの扉を開けることくらい、子どもですら簡単にできるというのに。
――いつまで、いつまで怖がっている。
頭を振り、適当な二人席の一つに腰掛ける。
待ち合わせをしているリレはまだ来ていないようだ。幽体離脱ごっこ(妄想)をして時間を潰す。
……ギルドに来てから、どのくらい時間が経っただろうか。
リレが来るような気配はない。
パーティー結成の手続きを行うために、今日ここで待ち合わせをしているはずなのだが――
「早く、来すぎたかな」
「――そんなことはないさ」
独り言を、たった今ギルドに入ってきた半裸の男が拾い上げる。
「早く来たことによって、君は幸運にも私と話ができるのだから」
男は言うと、俺の向かい側の席にどすんと偉そうに腰掛けた。
「不運の間違いじゃないか? あと相席を許可した覚えはないが」
「今日はいつにも増して、星が綺麗だとは思わないかい?」
「今は朝で、ここは室内だ。頭やられてんのかお前」
「星が、綺麗だ」
相変わらず、会話が成り立たない。
こいつと話していると、本当にイライラする。
「私を寛大な心の持ち主だとは思わないかな、ナギサ・グローティー。君のような塵芥に罵倒されても何の行動も起こさないのだから」
「人のことを平然とゴミ呼ばわりする奴に、殴りかからない俺の方が寛大だろ」
「ゴミではない、塵芥だ」
「同じだろうが! ぶん殴るぞ!!」
「ああ……やはり私の心は寛大だ……」
一人、恍惚と自分の体を抱きしめる茶髪の男。ああ、本当に頭がおかしいとしか言いようがない。
「お前はなんでいつもいつも俺に絡んでくる。暇なのか?」
「時にだね、ナギサ・グローティー。私の仲間になる気はないかな」
「は? なるわけないだろ」
条件反射で答えてから、今この男が発した言葉に衝撃を受ける。
「仲間ってお前……どうしたんだ? 頭でも打ったのか? 診療所までなら付き添ってやるぞ」
まさか、星がどうとか言ってたのは、頭をぶつけたせいだったのか。
「しんりょーじょ?」
「は? なんでそこに疑問を持つ」
「……ああ、診療所か。馴染みがないので一瞬何のことかわからなかったよ」
ホントなんなんだ、こいつは。
誰か家に連れ帰ってくれ。
「それで! いきなり俺のことを仲間に誘ってきたのはどういう風の吹き回しだ!?」
「気分が良くなるからだよ」
「気分?」
「ああ、そうさ。自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?」
こいつ、暗に俺を自分より劣った存在と言ってるな……! 否定できないのが余計にムカつく。
「それが俺である必要はあるのかよ」
「ないよ。クシェラ・クルースでも、ラナ・クロッティでも人間であれば誰でもいいさ」
なんでもない様子で二人の名前を出す男。
探られている。
――何を?
いや、挑発か?
――わからない。
とりあえず、この男は危険だ。
殺す。殺してしまうのが手っ取り早いだろう。
――だが、俺の本能が訴えている。
この男には手を出すな、と。
殺される。殺される。殺される。殺される。
百回、一千回、一万回、一億回、一兆回、一京回挑んだとしても、この男には敵わないと本能が告げている。
「クシェラさんはSランク冒険者だぞ? 万年Aランクのお前より格下なわけがないだろ」
平然を装い、言葉を返す。
それが、この男の前では通用しないとわかっていても。
「肩書きで人を見るのは愚者のすることだよ、ナギサ・グローティー。私はあえてAランクに留まっているだけさ」
「なんでそんなことをする必要がある」
「Sランクになると特権も増えるが、しがらみも増えるだろう。私は権威よりも自由を愛する主義なのだよ」
しがらみ……詳しくはわからないが、戦争が起きた場合、優先的に駆り出されるのはSランク冒険者だろう。あと、何かの集まりごとに参加する必要もあるんだっけか。
「では、私は帰るとするよ。バリア・ハートに行く用事があるのでね」
「依頼受けに来たわけじゃないのかよ……」
俺の言葉を無視して、半裸の男が立ち上がる。前々から思っていたが、身長が高いな。ニメートル近くはありそうだ。
それに加えて、筋骨隆々とした体格……この男に勝てるビジョンが全く見えない。上の服を着ていないから余計に――
「あれ、お前刺青入れてたっけ」
俺に背を向けて、歩き出していた男が立ち止まった。振り返り、男が言う。
「私が自分の体に傷をつけるわけがないだろう。これは転移の術式だよ」
「転移の、術式?」
男の右の肩甲骨辺りに刻まれた、青色の紋様。小さく、光沢がないことから、魔術紋でないことはわかっていたが――
「そうさ。どうやら世界は、私が欲しくて欲しくて堪らないらしい。昨晩あれほど反意を示したというのに、困ったものだ……」
やれやれとお手上げのポーズをする男。言動に反して、困っているようにはまったく見えない。
「それでは、今度こそ帰るとするよ」
「ああ……」と俺が頷くと、男はギルドの出口へと歩いていく。その後ろ姿を目で追っていると、ギルドの扉が軽やかに開いた。
室内に入ってきたのは、黒色の髪をした少女――リレ・ネルウェス。目が合ったので、手招きをする。リレが件の男とすれ違い、俺の元に歩いてくる。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや全然」
リレが俺の反対側の席に腰掛ける。
艶やかな黒髪が揺れた。
「ナギサさん、あの……やたら大きい人ってSランク冒険者の方ですか?」
やたら大きい人。
その言葉で誰なのかわかってしまう。
「違うよ。あいつは、アラステア・シンクレア。この街を拠点にしている唯一のAランク冒険者だ」




