第20話 〝声は遠く〟
ナギサを追放してから、十日が過ぎた。Bランクパーティー『一刃の風』は、既にいつもの雰囲気を取り戻している。
そう、少なくとも表面上は――。
その日も、冒険者ギルドにて。
受注した依頼書から目を離し、ユアンが口を開いた。
「今回の依頼はオレとアリスだけでやる。何か……異論はあるか?」
「ねえよ」
グルトの即答に、ユアンが「え」と驚きの声を漏らす。その反応が気に食わなかったのか、グルトが眉を顰めた。
「ユアン。てめえはおれを、無鉄砲のバカだと思ってんのか」
「いや、そんなことはないが……」
そう、そこまでバカだとは思っていなかったが、てっきりもっと食い下がるものだと思っていた。
「相手がバジリスクかもしれねえんだろ? 遠戦に向かねえおれが行っても犬死するだけだ。そんくらいは弁えてるよ」
――『蛇の王』バジリスク。
体は小さいが、視線だけで生物を殺し、非生物を壊す『致死の魔眼』を持つ魔物。かなりの難敵だ。
今回受ける依頼は、シュニグナ洞窟に潜んでいる魔物の討伐――そこに、バジリスクがいるかもしれない、とのことだ。
「ユアン、私も同行しちゃダメですか?」
手を小さく挙げて、ラナがそう発言する。
物事を客観的に見ることができるラナが、そんなことを言うのは少し意外だった。
「ラナ。お前の治癒魔術は一級品だが、流石にバジリスク相手じゃ分が悪すぎる」
「……でも」
「わかってくれ」
いくら上級の治癒魔術が使えると言っても、人間の死を覆すことはできない。できるとしたら、それは神域魔術ぐらいのものだ。
「……わかりました。絶対に、死なないでくださいね?」
「当たり前だろ。お前に言われるまでもねぇ」
ユアンは、ラナにそう笑いかけた。
§
シュニグナ洞窟に向かうユアンらをギルドで見送り、グルトとラナは帰路に就いていた。
「……ユアンは大丈夫でしょうか」
ラナのぽつりとした呟きを、グルトが「大丈夫だろ」と拾い上げる。
「あいつはSランク冒険者になるまでは絶対に死なねえよ」
「その言い方だと、Sランク冒険者になった後に死にそうじゃないですか……」
「そりゃ人間いつかは死ぬだろ」
「――グルト」
「わかったわかった。悪かったからそう睨むな。水弾を放とうとすんじゃねえ」
ラナを必死に宥め、攻撃態勢を解除させる。
常道から外れたアリスのせいで活躍の機会はあまりないが、ラナの水魔術は強力だ。
加えて精神感応による行動の先読み――本気で魔術なんて使われたら、絶対に敵わないという実感がグルトにはあった。
それを身をもって知っているはずなのに、ナギサがあんなことを言ったのは、グルトにとって不思議でならなかった。
「単に、脳みそまで腐っちまっただけかな」
「……ナギサの話ですか?」
「よくわかったな」
まさかの共同見解に、グルトが驚く。
「そりゃわかりますよ。脳みそが腐ってなかったら、減速を弱いイドラなんて思うはずがないですもん」
「――――」
「口ではああ言ってましたけど、グルトもわかってたんじゃないですか? 減速は防御面において、最強のイドラだと」
「……ああ、そうだな」
だからこそ、イラついた。
あれだけの才能を、潜在能力を秘めていながら――それを使おうともしないあの男に。
持つ者でありながら、持たざる者代表みたいな顔をしているあの男が憎かった。だから――、
「ラナはナギサを追放したこと、正解だと思うか?」
自らの醜い嫉妬による行動を正当化したくて、ラナにそんな問いを投げかける。
だが、その問いに答える者はおらず。
横を見るグルトの瞳には誰も映っていなくて。
「――ラナ?」
その声が、銀色の髪の少女に届くことはなかった。




