第2話 〝残された希望〟
そこにいたのは、赤色の髪を腰まで伸ばした綺麗でたくましい女だった。意志の強そうな瞳は黄土色に染まっており、まつ毛も長い。身長は女性にしては高く、俺と同じぐらいだろうか。
そして、その女はこう名乗った。Sランク冒険者、クシェラだと。確か異名は、
「――赤き猛獣」
「へぇ、アタシのことはちゃんと知ってるのね。……アンタは確か、『一刃の風』のお荷物さんだっけ?」
「……オマエ、どこで見てた?」
こんな印象に残る女、冒険者ギルドにはいなかったはずだ。いったい、どこであの一部始終を――、
「アタシのイドラ『千里眼』で見ていたわ」
千里眼――確か、遠い場所で起きている出来事の状況を、見通すことができる強力なイドラだったはずだ。だが、戦闘には向いていないだろう。
正直、意外だった。てっきり、クシェラも戦闘向けの強力なイドラを持っているだろうと思っていたのに。
「……なんで、天下のSランク冒険者様が俺のことなんて見てるんだ? おかしいだろ」
――冒険者は実力に応じて、SからFまでの七つのランクに振り分けられる。
いま目の前にいるのは、その最頂点に位置する冒険者――クシェラ・クルース。……そんな凄い奴が、どうして俺なんかを――
「別にアンタのことを好き好んで見ていたわけじゃないわ。……ただ、その、お金が尽きたから、割りのいいクエストを探してただけよ」
「なら、なんで俺の前に現れやがった! ずっと見てたんだろっ!?」
「それは、アンタがみっともなかったからよ」
何を言っているのだろうか、この女は。俺の質問の答えにすらなっていない。そうして俺が言葉を失っていると、クシェラが俺を焚きつけるように、
「え? もしかして自覚がなかったの?」
「そんな……そんな話はしてないんだよっ! 俺はなんでオマエが俺の前に現れたかを聞いてんだ」
「そんなにアンタ、みっともないって言われたくないの?」
「――ッ! 一部始終を見てたオマエなら、わかんだろ……。俺は剣も魔術も……何も! なにも大した才能がないんだよ! だから――」
「アンタ、本気で努力したことある?」
――は?
なんだよ……その質問は。
その目はいったい、なんなんだよ……?
お前も……そうなのか?
お前も!!
俺が努力してないって、そう言うのか!?
「ふざッ、けんなよ!!」
感情が、爆発する。
怒りのままに、クシェラに対して言葉をぶつける。
「俺だって! 俺だってなぁ!! Sランク冒険者になろうと、自分なりに努力してたんだ!! 夢を叶えようと、本気で頑張ってたんだよッ!!」
毎日、魔力切れで気を失いそうになりながらも、中級魔術の練習に励んだ。必死に剣を振った。
「それ、なのに……!」
一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、半年経っても、一年経っても、努力が実を結ぶことはなかった。そうして、いつの間にかユアンたちと実力がかけ離れていってしまって――。
ある朝、ラナにこう言われた。
『ナギサ。自分の才能に甘えて、努力を怠ったらいけませんよ?』
ラナなりに言葉を選んで、善意で言ってくれたことはわかっている。でも、でも……その言葉は! まるで――俺が努力をしていないみたいじゃないか。
「もう……! もうやめてくれよッ! これ以上、俺を否定しないでくれよっ!!」
「そう」と、俺の魂の叫びにクシェラは短く答えると、続けて、
「そんなに今の自分を肯定してほしかったのね。Sランク冒険者には絶対なれない、弱くてみっともない〝今の自分〟を」
「――ッ!」
「矛盾の塊じゃない。心底、呆れるわ」
意図せず。
「……はは」と口から乾いた笑いが出た。
「アンタには……」
「――?」
「アンタみたいな成功者にはっ! 俺の気持ちなんて、わからないよ……」
「わかるわよ」
「何言って――」
「だから、わかるって言ってるのよ」
口から出まかせかと思ったが、そんな考えは瞬時に霧散する。だって、クシェラの表情がいつになく悲しそうだったから。
「アンタ自身と、オリジナルの減速にちょっと期待してた。だから、アタシはアンタを追ってここまで来たのよ」
「――――」
「それなのに、正直――期待外れだわ。アンタは泣き言しか言わないヘタレだった」
クシェラは俺にそう言葉を吐き捨てる。
それに対して俺は、何も、何も言い返すことができない。この世から空気が消え去ってしまったかのように、俺は何も言うことができなかった。
ただ、それと裏腹に俺の脳裏にあることがよぎった。ひどく場違いで、バカらしい質問だ。こんなことを誰に聞いたって、答えはないというのに。なぜか、俺は――。
「またね、ナギサ・グローティー。アタシは性格が悪いから、もう少しだけ希望に縋ってみるわ」
その言葉を皮切りに、クシェラは俺に背を向けて歩き出した。一歩、一歩クシェラが歩くたびに、確実に俺との距離が広がっていく。
俺はその背中を見て、引き止めなきゃと思った。どうしてかは、わからない。ただ今この場で、何か行動を起こさなければ、一生後悔すると思ったのだ。
そして、次に彼女に会った時、自分は為す術もなく――れるのだろうと、そう思ったのだ。
そんな思いに、焦燥感に俺は駆られた。だから、俺はクシェラを引き止めるために、
「俺でも……おれ、なんかでも、Sランク冒険者になれますかっ?」
気がつくと、さっき頭にちらついた――そんな質問を俺はクシェラに投げかけていた。それに対して、クシェラは振り返り、無言のままだ。
いきなりこんなことを言われて、困惑しているのだろう。
だが、俺はその問い掛けをやめることはできなかった。できなかったのだ。――心から、魂からさまざまな感情が溢れ出してくる。
「ヘタレで……みっともない俺でも」
「――――」
「Sランク冒険者になれるんですかっ?」
「――なれるわよ。アンタなら、絶対に」
迷いのない言葉だった。
力強い言葉だった。
それは確かに、俺の背中を強く押す言葉だった。
――なれるのだ。
長年、目標としていたSランク冒険者に。
否、なってやるのだ。
あのSランク冒険者に。
その、ためには――、
「……クシェラさん。俺に、剣を教えてください」
「嫌だわ」
「あり――え?」
「そもそもアンタに剣の才能はないわ。やるだけ無駄よ」
そう即答され、俺は押し黙る。ただ、同時にこの人らしいなとも思ってしまった。
すると、クシェラが「でも」と前置きし、
「アタシと一緒に依頼を受けることは許可するわ」
「――え?」
「何ぼけっとしてんの? 早く行くわよ」
「え、いや、どこに」
「冒険者ギルドに決まってるじゃない」
クシェラはそう言って、俺の腕を強引に掴んだのだった。




