〝脳は痛みを感じない〟
脳は痛みを感じない。
この事実を知った時、俺はとても嬉しかったことを覚えている。
だって、心は脳が作り出したものだから。
その二つが因果関係にあるのなら、脳と同じように心の痛みも、いつかは感じなくなるんじゃないか――って思えたから。
「ああ、でも……」
独りごちる。
「これは――別の世界の知識か」
衆妙の門と呼ばれる、異世界とこの世界を繋ぐ扉。俺が前述した知識は、その異世界から流入した本に書いてあったものだ。
魂というものが存在するこの世界では、心と脳の因果関係は成り立たないのかもしれない。
「ぐぬぬ……」
俺の喜びを返してほしい。
そんなことを思っていると、前方から「ナギサー」と声が飛んできた。
「何をぼーっとしてる。気を引き締めろよ。この依頼を無事に終えるには、お前のチカラも必要なんだからな」
「ああ、任せとけ!」
そう言って、俺は金色の髪をした少年――ユアン・グラネルドの隣に並んだ。
「――ふふっ」
そう笑った瞬間、ユアンが俺から距離を取った。
「どうした?」
「その女みたいな笑い方をやめてくれねぇか? なんか、こう……背筋が痛む」
「ゾクゾクを通り越してるのか……」
ユアンの発言が真ならば、対人戦の時に有効かもしれない。
「わかった、気をつけるよ」
別に笑い方なんてどうでもいいしな。
それに、男らしいと言われてるようで少し嬉しかった。ガキの頃は、女と間違えられることが多かったし……
「ナギサ、お前本当に〝天の宝玉〟はいらねぇのか?」
家に元々あるものなんだ、遠慮なんてしなくていい――とユアンが続ける。
「いらないよ。もしショボい能力を手にしちゃったら、やる気が落ちるだろ」
「気持ちはわかるが、お前なら〝劇場のイドラ〟を手にできそうだけどな」
劇場のイドラ。
四つに分類される超常能力のうち、最も強い系統とされているものだ。
「そうか? お前もそう思うか?」
「そんなに自信あるなら使えよ」
「嫌だ」
「……寝てる間に食わしとく」
「食ったら、イドラを得られないだろ!」
天の宝玉の無駄遣いにも程がある。
「ユアンは――」
本当は劇場のイドラを手にしたかったのか、と聞きそうになって踏み止まる。
ユアンの性格だ。
答えなんてわかりきっている。
わざわざ傷口に、塩を塗り込む必要はないだろう。
「どうした? ナギサ」
「ああ、いや……絶対Sランク冒険者になろうな、ユアン!」
「当たり前のことを言うんじゃねぇよ」
ユアンはぶっきらぼうにそう言うと、歩調を速めた。




