第19話 〝もう一つの物語〟
名前を呼ばれて、暗闇から意識が浮上する。薄く目を開けると、銀色の髪をした少女の顔が見えた。
「――やっと起きましたか、ユアン」
「……ああ」
ラナの言葉に、ユアンは寝ぼけ眼を擦りながら、そう返答する。
「ラナ」
「なんですか?」
「いったい今日はどうしたんだ? オレを起こしたりして」
言って、気づく。
まさか何か急を要する事態が――
「別にただの気まぐれですけど」
「……それならいいんだが」
ただの取り越し苦労だったようだ。
ラナと出会ってもう二年が経つというのに、未だにこいつのことはよくわからない。そう、例えば――、
「お前、どうやって部屋に入った? 鍵かけてたはずなんだが」
ラナの体から、ギクリという音が鳴ったような気がした。
「こ、細かいことは別にいいじゃないですかっ。どうせイドラで私に思考は筒抜けなんですから」
「それは今関係な――ってお前、日常生活でも精神感応使ってるのか! 魔力を無駄遣いするな。何かあった時どうするつもりだ」
「無駄じゃないです! 仲間のストレスチェックも兼ねてますからっ!」
そう言われると、何も言い返すことができない。悔しいが『一刃の風』の人間関係が良好なのはラナの貢献が大きいのだ。
「……そうか、ならいいが……」
「歯切れが悪いですねー。人間関係の八割は言い方で決まるので、気をつけた方がいいですよー」
「流石にそれはないだろ。言葉遣いさえ良ければ、行動がクソでもいいのか?」
「……極論言う奴ってバカですよね」
「あ!?」
§
「ユアン、今日こそは依頼を受けるんだろうな?」
居間に入った瞬間、グルトから開口一番にそんなことを言われる。
正直、意外だった。
ナギサをクビにしてから二日連続で依頼を受けなかったことを、もっと咎められるのではないかと思っていたから――
「当たり前だ。これ以上休むと体が鈍る」
「二日も休めば、もう十分鈍ってない?」
「んなことねぇよ」
反射的に、アリスにそんな言葉を返す。
…………。
「まあ、体は鈍ってるかもしれないが、敵に後れは取らねぇよ。神速だってあるしな」
「そこでイドラを持ち出すのはダサくない?」
「それをお前が言うのか、アリス。お前の強さはかなり星の進化に依存してると思うが――」
そこまで言って、ユアンはアリスの表情が芳しくないことにようやく気づいた。続きの言葉を急いで呑み込む。
「うぅぅ、気にしてることユアンに言われたー。やっぱりユアンもあたしのことそう思ってるんだー。あたしのことナギサみたいにクビにする気だー」
涙目でそう言うアリスに、ユアンは狼狽しながら「ご、ごめんな」と謝罪の言葉を口にする。
「違うんだアリス。オレはイドラを使って戦うことを悪だとは思っていない。イドラだって立派な才能の一つだ。天の宝玉で得られる能力が運じゃなく、使用者の素質によって決まるってことはお前も知ってるだろ?」
「どんな根拠があって、そんなこと言ってるの?」
予想外の質問にユアンが「え……?」と間抜けな声を出す。
「それは……頭のいい人がそう言ってるんだから、間違いないはずだろ?」
「確かに……」
「バカの会話だ」
ラナの呟きにユアンが「あ!?」と大声を出す。怒りの視線をラナは深青の瞳で受け止めると「はあ」とため息をついた。
「頭は悪くないと思っていたんですが」
「散々オレにバカバカ言っといて!?」
「――――」
「いや黙るなよ!」
都合が悪くなるとすぐこれだ。
人のことをバカだと罵ったのだから、ちゃんとアリスの質問に的確な答えを返してほしい。
「必要なくないですか? アリスはさっきのユアンの説明で納得してるようですし。逆に私が今ここで説明したら、話が拗れると思いますよ」
「確かにそうだが……お前絶対オレの心読んだよな?」
「――――」
「だから黙るなよ!」
こいつストレスチェック関係なく、イドラを乱用してないか?
「――ユアン」
名前を呼ばれて振り向くと、グルトの不機嫌そうな顔が目に入った。少し長く話しすぎただろうか。
「はいはいわーってるよ……睨まなくてもギルドに行くって」
そう言って、ユアンは扉に目を向けた。




