第17話 〝雨雫〟
ユアン・グラネルドは、Sランク冒険者の両親の元に生を享けた。
父親の名前はヨセフ。
ユアンと同じ金の髪をしており、特別な魔力器官を持っていた。
そのため魔術師としてはヨセフの右に出る者はおらず、付いた二つ名は『神域魔術に最も近い男』というものだった。
神域魔術とは、理論上は行使可能であるものの、膨大な魔力を消費するため、現実的には行使が不可能とされる魔術のことである。
万物を焼き尽くす炎を出すとか、死者を蘇らせるとか、そういった類の術だ。
――そんなとんでもない二つ名を付けられて、親父は恥ずかしがっていたっけか。
憧れだった。
強くて優しい父親を、ユアンは誇らしく思っていた。
――あの時までは。
忘れもしない、暑い暑い夏の日。
仲間のエイミーさんと一緒に、母親が泣いて帰ってきた。「おかえり」と言う前に、肩を強く掴まれる。
「ごめん……ごめんね、ユアン……!」
「――母さん?」
「私じゃ……! わたしなんかの魔術じゃ、お父さんの傷、治せなかった……!!」
「――え?」
何を言っているのか、わからなかった。
お父さんの傷? なんだそれ。
そもそも、父さんが傷を負うわけないじゃないか。
あれだけ。
あれだけ強いのに。
『劇場のイドラ』なんていらないくらい、強いのに。
「う、嘘ですよね……? 父さんが、死ぬ、わけ……」
泣き崩れる母さんから、エイミーさんに視線を移した。彼女は悲痛そうに顔を歪ませた後、言った。
「事実だよ。ヨセフ・グラネルドは、五時間前に息を引き取った」
――――――――は――?
§
父さんが死んでから三日後。
母さんが自室で倒れていた。
床に転がる瓶を見て、毒を飲んだのだと直感した。
――なんで?
湧いた疑問を頭の外に追いやった。
金を握り締め、無駄に広い屋敷を飛び出す。
腕利きの治癒魔術師の元へ、ただひた走った。
――遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い遅い。
焦る心に応えるように、魔動器官が限界を超えて稼働する。加工した魔力を、両足に目一杯注ぎ込む。地を蹴るたびに、足が悲鳴を上げていた。
常人ならば、魔力など疾うに枯渇している。だが、ユアンには父親譲りの特別な魔力器官があった。――莫大な量の魔力を貯蔵することができるという、特異なチカラが。
三年間溜め続けてきた魔力を全て使い切り、ユアンは神速の如き速さで目的地へと辿り着いた。
前金を払い、治癒魔術師を連れて急いで屋敷に戻る。ひどく痛む足を、無理やりに動かしながら。
§
「……申し訳ありません。私の力不足です」
魔術師のその言葉に、オレは何と返しただろうか。
――わからない。
屋敷を去る男を、ただ呆然と見送ったことだけは覚えている。
「なんで……」
部屋の中。
苦しそうに息をする母を見つめる。
「なんで、毒なんか……!」
父さんが死んで、オレのことなんかどうでもよくなったのか。
それとも、最初からオレはその程度の存在だったのか。
なんで一言、毒を飲む前に相談してくれなかったのか。
どうしてオレを、独りに――
「ああああああああああああああああ!!」
悲しみと怒りが、ごちゃ混ぜになる。
衝動のままに、母さんの頬を――叩けなかった。苦しそうで、くるしそうで、手がぴくとも動かなかった。
目から、涙が溢れ出す。
――ああ。
行き場を死くした激情は、いったい何にぶつければいいのだろう。
§
母さんが死んで、三日ほど経った頃。
両親の仲間であったエイミーさんが屋敷を訪ねてきた。
客間に迎え入れ、開口一番に母さんが亡くなったことを報告した。
「――そう、か」
声を震わせながら、エイミーさんはそう短く答えた。
母さんが死んだ悲しみを分かち合えたみたいで、少し嬉しい気持ちになる。それから母さんのことについてしばらく話した後。オレは意を決して、
「父さんは……ヨセフはどうして、死んだんですか」
ずっと気になっていた――聞きたくても、聞けなかったことをエイミーさんに尋ねた。
「盗賊に、胸を刺されたんだ。騒ぎを聞きつけた野次馬を、庇って……!」
怒りに震えるエイミーさんと、耳朶に響く雨音だけが、オレにとっての救いだった。




