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「あっぶねえ…」
閉めたドアを確認しつつ、荒い息を吐きながら女性が呟いた。
「もう少しで漏らすとこだった…ロリかショタの前でのみ発動する大人としてのプライドがあって良かった…」
「…」
私と二人だけの場合はどうなっていたんだ、と進藤は心の中で思いながら、子供二人の安否を確認する。
二人とも全くの無傷で、何の問題もなさそうだった。意外なのは、年齢的に一番問題のなさそうな女性の方が肩で息をするくらい疲れ切っていることだった。
「大丈夫ですか…?」
「幼女との…追いかけっこで追いつけない時点で…衰えを感じました…」
アンダーワールドでは、現実世界と同じようにスタミナを消耗するようになっている。当然日々身体を鍛えている人間の方が強く、鍛えていない人間は弱くなる。
この女性は、見た目通りに不健康で文化的な生活を送っているらしい。
女性の息が整うのを待って、この場にいる三人全員に向かって話しかける。
「私は進藤と言います。皆さんも、名前を教えていただけますか」
「マユ!と、カズヤおにいちゃん!」
少女が元気に答え、少年も頷いた。順番を回すように、全員が女性の方を向く。
「私はひ―――じゃなかった、ハルって言います。春夏秋冬の『春』じゃなくて、晴天の方の『晴』。自認は小説家、実際はフリーター、スリーサイズは上からはちじゅ―――」
「あ、もういいです」
「(´・ω・`)」
声に出してはいないのに、容易に顔文字に変換できるような表情で黙った。進藤は仕切り直すように咳ばらいをして話し始める。
「私はこの水族館の責任者をしています。この度は皆さんを危険な目に遭わせてしまって申し訳ありません。正直なところ、私にも今起きている事態が理解できていません。皆さんを安全に―――」
言いながら、ハルの顔が青ざめているのが進藤の視界に入った。
「すいません調子に乗ってました。通報しないでください。マジで」
「いや…」
言動が所々おかしい部分はあったが、子供の安全を想っていることは明白だった。事実、未遂というだけで実際に子供二人には触れてすらいない。
むしろ、子供を守らなければならない重圧を背負って重苦しい雰囲気になる筈が、この女性のおかげで多少雰囲気が和らいでいるのは事実だった。それに、さっきも明らかに一人では対応できなかった状況を、見たことのないスキルで打開していた。
ハルが『デバイス持ち』であることは進藤は把握していて、自身が運営という立場上、違法とまでは言えないが、NOWHEREの利用規定から外れているハルに対して何かしらの措置を取るべきだとは思っていた。だが、子供二人を安全に避難させるにはハルの力が必要不可欠だということも理解していた。
「とにかく、安全にここを出ることが先決です。皆さんの知恵と力を貸していただきたい」
「もちろん。…でも、他の人たちは大丈夫なんですか?」
「元々『NOWHEREの海』エリア以外にほとんど人はいなかったこともあって、スタッフの目視では来場者、及びスタッフは全員無事とのことでした。しかし…」
話しながら進藤はUIを開く。揺れが起きた直後に、スタッフには退室ログと来場者リストの照合を指示した。少年と出会った時点では時間的に無理だったと思うが、今なら照合結果が聞けるかもしれない。今ここにいる三人の来場者以外に退室していないユーザーがいれば、その人物を探すことになる。
しかし、UIを眺めていた進藤が固まる。
「…サーバーが、落ちている?」
アンダーワールドは通常、通信もできなければネット回線を繋ぐこともできない。オープンスペースのように人の手が加えられている場所はサーバーが設置されているため、自動的に近くのサーバーを経由することでメッセージのやり取りや通信が実現できている。
この水族館もサーバーを設置しているのだが、予備も含めて全てのサーバーがダウンしているようだった。要するに、外部との連絡が取れる状態にない。
サーバーがダウンしているとなると、ファストトラベルもできない。『NOWHEREの海』エリアに移動した来場者は徒歩でもオープンスペースに戻れるように考慮しているし、揺れが起きてすぐはサーバーが落ちてはいなかったため問題はない筈だが、今ここにいる三人はシャッターが降りたこともあって、脱出するのが困難になっている。
「サーバー落ち?でも、電気はついてますよね?」
「いえ、これはNOWHERE本来の明るさを利用しているだけなので、電力は完全にダウンしてますね…」
NOWHEREには昼夜の概念がない。深夜だとしても明るさと白背景は変わりがないので、通路や部屋の薄暗い明るさや、水槽の明かりが確保できている。
だが、エリア境目のシャッターが動いたことを考えるとあの時点まではサーバーが落ちていなかったことになる。誰かが作為的にサーバーを落としたのか…?
「大丈夫よ~。ちょおっとだけビックリする遊園地みたいなものだからね~」
いつの間にか怯えた表情で進藤を見ていたマユと、子供ながらに眉をひそめていたカズヤに対してハルが笑顔で声をかける。進藤も慌てて表情を取り繕うと、今するべきことを整理する。
「まずはサーバー室に行きましょう。サーバーさえ復旧させれば、皆さんもすぐに避難できるようになります」
「了解です。サーバー室はどこに?」
進藤は頭を下げて呟く。
「『北の海』エリアのさらに先です…。モンスターをかいくぐりながら、なんとか辿り着くしか…」
「まあ、ボックスだけならさっきみたいに囲まれなきゃ大丈夫かなぁ…」
ボックスは見た目こそコミカルだが、視界に移ったユーザーを見境なく攻撃してくるような凶暴性がある。だからこそ、今のNOWHEREには浸透していないモンスターだった。それを知っているということは、やはりハルはアンダーワールドに常日頃から出入りしているような、危険な人物という事になる。
進藤はまた不審感を抱くが、子供の前という事もあり自分に言い聞かせて掻き消す。今この状況を打開するには、褒められない行動だったとしても絶対に彼女の力が必要だ。
「…ハルさんは、戦えるんですよね?」
進藤の言葉に、ハルはドヤ顔とも言える不敵な笑みを向けた。
「サポートだけなら(迫真)」
「…」
進藤が冷たい目でハルを見た。
「いやあ、恥ずかしながらスキルの威力はゴミ中のゴミなんで…搦め手専門だと思って貰えると」
なんとなくだが、進藤も理解はしていた。部屋に逃げ込む前にハルが放った『メガエンジ』が通常よりも威力が低いのは爆風の弱さで判断できた。MMOスペースの運営にも少しだけ関わったことがあるが、おそらく設定できる最低の威力よりもさらに低いものだった。
アンダーワールドを出入りしている以上、デバイスは高威力の攻撃を繰り出せるものを選ぶ傾向にあると思っていたが、ハルはそういう人間ではないか、それとも他のデバイスが用意できなかったのか…。
「…とにかく、進みましょう。時間がかかればかかるほど、モンスターの数も増えていくでしょうから」
少なくとも、ボックスに囲まれた状態を対処できるのは既に証明されている。進藤は立ち上がり、カズヤとマユを見た。
「じゃあ、私が先頭に、二人を真ん中に、ハルさんが殿を務める形で進みましょう。二人は…私の手を離さないように」
「ええ、私はネットのロリペド仲間達と交わした『YESロリータNOタッチ』の誓いがあるので」
本当に女性なのか?
進藤は口に出すことをせず、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
◆
「ヤバヤバヤバっ…!」
迫ってくる無数のボックスを後目に、ハルは自分が出せる最高速で走り続ける。最高速とは言っても、現実世界ではウォーキングすらしない彼女にとっては同年代の女性の平均速度を遙かに下回る速さで、下手をすると彼女の実年齢よりも二、三十歳くらい上の人間と同じくらいの速さかもしれない。
「もう少し…!」
ハルより数十メートル先で、進藤はサーバールームの扉のロックを必死で解除していた。
サーバールームはサーバー自体に問題が起きた場合に備えて、サーバーを介さない方法で扉を開けることができるようになっている。但し、扉を開けるためのロックは強力になり、開けるたびにランダムに設定されるパスワードを順番に解除していかなくてはならないため時間がかかる。
ボックスが徘徊している中その場に集団で長く留まっている訳にもいかず、進藤以外の三人でボックスを避けるように移動していたところ、マユが転んでしまってボックスを引き付けてしまったのだった。
「開きました!」
進藤がドアを開け、カズヤとマユを中に入れる。ハルの足元に魔方陣が出てきた瞬間、ハルも部屋の中に転がりながら入った。進藤がすぐさまドアを閉めると、ドアの向こうで爆発が起きたのが分かった。
ボックスが使用する魔法は、途中まで詠唱されていてその間に『ウォール』等で視界を遮られた場合、遮った遮蔽物に魔法が命中する。
「明後日は絶対筋肉痛ぅ…仮想世界で良かった…」
「…いや、そうも言ってられないみたいです」
芋虫のように腰だけ上げた状態でうつ伏せになっていたハルは、進藤の言葉に顔を上げた。
「なにこれ!?」
そして目の前の光景を見て、すぐさま身体を起こして進藤やカズヤと同じく戦闘態勢を取った。
一メートルくらいの高さの宙に浮いている三角フラスコが三つと、実物大の人体模型の骸骨が一体、それに同じく宙に浮いている青白い炎が二つ。
「人魂、骸骨、実験器具…学校モチーフのお化け屋敷のラインナップにしては微妙!?」
ハルのどこか外れたツッコミに呼応するように、人魂がハルに向かって火球を放つ。幸いスピードはさほど速くないので、動きの遅いハルでもなんとか避けることができ、壁に当たって消える。
自身でNOWHEREを発見した進藤は、オープンスペースが出来る前からNOWHEREの研究を続けていた。だからこそ、MMOスペースやアトラクションとして不採用にした、言わば『NOWHEREに元々いたモンスター』についての情報も持っていた。
「火球に当たると『火傷』のステータスに侵されるかもしれません!できるだけ当たらないようにしてください!」
「もうちょっと早く言ってよォ!」
『火傷』は、時間経過によって継続ダメージを受ける状態異常だった。それ以外にも、目には見えなくても炎に包まれたような錯覚に陥り、身体に熱を感じたり呼吸が辛くなる等、砂漠にいるような感覚に陥る。時間経過で回復はするが、身体への負担が大きく行動も制限されることが多い。
「あのフラスコも、同じく『毒』を付与してくるスキルを使います!」
『毒』も火傷同様、時間経過によって継続ダメージを受ける状態異常だ。火傷と異なるのは、毒状態に陥ると一定時間ごとに眩暈や動悸が襲ってくる。火傷は常に身体に負担がかかるが、毒は一定時間ごとに波が来るように症状が身体を襲う。そして、時間経過で回復もしない。
進藤には状態異常を回復する手段はなかった。要するに、毒を受けてしまうとその時点で手遅れになる。
出し惜しみをする必要はないと判断し、すぐさまUIを起動してコマンドを選択する。
「『ギガグラド』」
「ちょっ、この距離でそんな威力の魔法使ったら…!」
各属性の魔法はそれぞれ、種類に応じて威力が変わる。楽属性だと『グラド』が威力小、『ハイグラド』が威力中、『ギガグラド』が威力大に値し、『メガグラド』は威力は小に分類されるが対象が全体になる。
使用者の魔法力に応じてダメージや爆発の大きさも変わるが、魔法そのものに設定された威力でも当然大きく変わる。進藤が選択したのは、MMOスペースでも最高位に位置するくらいの強力な魔法だった。
「!?」
思わずカズヤとマユの盾になりつつ身構えるハルだったが、爆発が四人を襲うことはなかった。
爆発はちゃんと起きたのだが、かなり小規模なものだった。サーバールームに到達するまでに見てきた、進藤の使用する小威力のグラドと同程度の小さな爆風。
但し、ダメージが低いという訳ではないことはすぐに分かった。魔法が命中したフラスコの一つがたった一発で光になり、姿を消した。
「『ギガエンジ』」
続けざまに魔法を放ち、もう一つのフラスコも消える。
「(全属性の魔法が使える?それに、フラスコの属性も理解してるみたい)」
ハルが頭の中で考えたと同時に、進藤の足元に魔方陣が浮かんだ。浮かんでいる人魂のうちの一つが、不規則に揺らめている。自身でも何故そう思ったのかは分からないが、進藤に向かって放つ魔法を詠唱をしているのだとハルは瞬時に判断した。
左の掌を上に向け、自身の左手に真っ白なノートを出現させた。いつの間にか、右手に羽ペンも握られている。
「『マジックミラー』!」
ハルがノートに書きこんだと同時に、赤色のガラスでできた箱のようなものが包み込む。進藤が驚いていると、突然人体模型の骸骨が爆発した。
「今のは…!?」
「(エロい意味では)ないです」
言葉に出してはいないのに意図が伝わることに違和感と若干の嫌悪感を覚えつつも、進藤は自分に魔法が放たれないことを理解すると、最後の魔法を放ってフラスコを全滅させた。残るは、人魂二つと骸骨一体。
骸骨が骨を自分の身体から一本抜き取ると、抜き取った骨が鉄パイプ程度の長さに伸びた。
そのままカズヤとマユに投げつけようと振りかぶるが、伸びてきた拳に殴られてノックバックさせられ体勢を崩す。
「(不遇武器…!)」
ハルの手に握られていた武器を見て、進藤は思わず苦笑いした。ハルの通常攻撃にあたる武器は、先端が拳になっている長さ二メートルくらいの巨大なマジックハンドだった。
元の長さが二メートルということもあり伸ばした時の射程は長いのだが、速度が遅く威力も大したことがないためユーザーの間では不遇武器扱いされている。事実、ノックバックの強さも大したことがなく威力が低いのは一目瞭然だった。
それでも、体勢を崩したのは大きな功績だった。進藤は骸骨が立て直す隙に、弱点属性となる高威力の魔法を打ち込んだ。
「急に何!?」
骸骨が消えたのを確認すると同時に、薄暗かった部屋全体が急に明るくなる。光源の方を見ると、人魂が大きく膨張してパチパチと音を立てて燃えていた。
「融合したのか…!?」
二つ浮いていた人魂は一つになっていた。その分、サイズが一回り以上大きくなっている。
考える間もなく、人魂がカズヤとマユに向かって巨大な火球を放つ。出会い頭にハルに放ったものよりも数倍大きい火球だった。
「幼女のためなら死ねる…けどこわぁい!」
ハルが背を向けながらも火球とマユの間に割って入った。降参と言わんばかりに身体を丸めて防御姿勢を取り、ダメージを受けることを覚悟している姿だった。
進藤にも打つ手はない。モンスターの魔法に巻き込まないように三人とは距離を取っていたため盾になることすらできない。
「!」
ハルと火球の間に、さらにカズヤが割って入った。同時に火球がヒットする音。
突然の出来事に進藤とハルが呆然と見ている中、火球が消えるとカズヤは無傷で身を丸くしたまま立っていた。
最初に彼を見た時と同じ―――?
「ショタに守ってもらう人生の夢の一つが叶いました…って言ってる場合じゃないよね!」
ハルの声にハッと我に返り、すぐさま人魂に対して魔法を放つ。
「『ギガグラド』」
小規模な爆発と同時に、人魂が消えた。同時に部屋も薄暗い状態に戻る。
「おにいちゃん!?」
「大丈夫!?」
ホッと胸を撫で下ろす間もなく、カズヤが仰向けに倒れた。すぐさま進藤が駆け寄り、UIを開く。
「『リサーチ』」
ハッキングスキル、『リサーチ』。対象の体力や魔力の状況を調べることができるハッキングスキルだった。
無傷に見えるが、直前の巨大な火球はやはり当たっていたのか、部屋にいた時に調査しておくべきだった、と進藤は焦るが、出てきた結果に驚愕する。
「ダメージはない…火傷状態に陥っているだけだ…」
正確にはダメージはあったが、どう見ても火傷による継続ダメージの数値のみで、体力はほとんど最大割合を示していた。ボックスの魔法も、さっきの火球も、攻撃によるダメージは受けていない。倒れたのも、火傷による身体への負担によるものだろう。オープンスペースよりも遥かに影響が大きいアンダーワールドでは、火傷状態は子供にとっては立つのも困難になるくらいの効果ではある。
「火傷…ということは、えーっと…」
ハルが辺りをキョロキョロ見回し、視界に移った水槽からいつの間にか手に持っていた片手サイズのバケツから水を汲み、カズヤの身体にかけた。
水がジュージューと音を立てて蒸発すると、カズヤの表情が穏やかなものになり、何事もなかったかのように起き上がる。
火傷状態は一定量の水をかけることで解消される。MMOスペースですら実装されていない、アンダーワールドだけに存在する仕様だが、ハルは理解していた。
「おにいちゃん!」
「良かった~…」
ハルがぺたんと座り込むと同時に、手からバケツが消えた。しかし、ハル自身は当然であるかのように少しも驚かない。
当然、進藤には聞きたいことがたくさんあった。ハルに対しても、カズヤに対しても。それでも、管理者として、大人として、責任者として、この三人をここから脱出させるためにサーバー復旧作業を開始するのが先決だった。サーバー復旧作業によって少しは冷静さを取り戻して、的確に質問できるようになるかもしれない。
サーバールームの隣にある物置小屋から、稼働後に販売予定の巨大なぬいぐるみやオイルタイマー、ガラス雑貨を渡すと、マユはサーバールームの床に座って笑顔で遊び始めた。カズヤとハルもまだモンスターを警戒していたが、それも最初の数分だけで、後は無邪気なマユに影響されるように談笑を始めた。
「でも、びっくりしたなあ。君も『セカンド持ち』なんだね」
進藤の動きが一瞬止まる。管理者の一人としてNOWHEREには深く、本当に深く関わってきたつもりだが、聞いたことのない単語だった。
「あれ、知らない?まあでも、自分以外の人を見たことなかったら分かんないよね」
カズヤも知らないという反応をハルに返したらしい。進藤は聞き耳を立てながらも、サーバー復旧作業を続けた。
「助けて貰っちゃったし、おねーさんが教えてあげよう。NOWHEREの特別ルールみたいなもので、うーん…なんか、強力なスキルが使えたりする力だよ」
「…」
期待していた答えにはほど遠い、ふわふわした解答だった。進藤は背を向けているので分からないが、カズヤがどんな反応をしているのかはハルにしか分からない。
「そうだなあ…現実世界で言う魔法とか超能力みたいな、地球のルールから外れた非現実的な能力と同じで、仮想世界のルールから外れた、『NOWHEREのルールを無視できる力』かな?」
思わず進藤は振り向いた。管理者として一番対策しなくてはならない、NOWHEREのルールを無視できるユーザーの正体。それがハルの言う『セカンド持ち』であり、ハルとカズヤが該当する?
だが、ハルが使う見たことのないスキルや消えるバケツ、モンスターを見てもさほど驚きもせずに対処していたりと、今まで感じていたいくつかの小さな違和感たちが一気に解決してくる。
「…私にも、聞かせて貰えますか?」
「え?はい」
ハルは不思議な顔をしながらも話し出す。
「とは言っても、私達もよく分かってないんですよね。何がきっかけで使えるようになったのか、『どうやって進化したのか』とか」
「進化…?」
ハルは頷く。
「もう知ってると思いますけど、私達はまず『自分専用の武器』を使えるようになりますよね?私にとってはこれ」
ハルが掌を上に向けると、何もなかった所からノートが出現する。もう片方の手には羽ペンが握られていた。進藤はそれを見て、顔には出さないが内心驚く。
デバイスを使うには、UIを起動してインベントリから取り出すか、インベントリに入れずに常に手に持っておくかのどちらか以外の方法はない。だが、明らかにハルはUIを何も操作せずにノートとペンを出した。
「他の人は分からないけど、この状態を私達は『ファースト』って呼んでます。特別ルールの、第一段階ってことで」
「…」
「『セカンド』は、その名の通り第二段階。特別なスキルとか、動作とか、うーん…なんかそういうの」
ハルは首を傾げて言葉に迷っていた。どうにも説明が難しいのか、ハル本人も理解していないから言葉にできないのか。
少し悩んで、ハルはカズヤを見る。
「君のセカンドは『ダメージだけを無効化する能力』っぽいよね。他にも『繋げる能力』とか、『炎上させる能力』とかが有名かな?」
「…」
ハルの言葉に、進藤は思い当たるものがあった。質問しようとした瞬間、ハルの方が進藤に質問をした。
「進藤さんの魔法もそうですよね?威力の割に爆発が小さいのは前例があるし」
セカンドが影響すると、魔法の挙動も変わるのだろうか?
聞きたいことはあったが、ハルが正直に話しているのに自分だけが嘘をつく訳にはいかない気がした。
普段ならそう思うこともない筈なのだが、目の前にいる正直で無邪気な人間三人を前に、自分だけが汚い大人になる訳にはいかないという気持ちが芽生えていた。
「…私は水族館の責任者と並行で、NOWHEREの開発陣にも加わっています。その過程で生み出した魔法なので、ユーザーの使う魔法とは厳密には違うものになっています」
進藤の魔法はモンスターの使う魔法を研究・解析して出来上がったものであり、『グラド』であれば正式名称は『dummy_glad』だった。NOWHERE運営チームが開発したデバイスをインベントリに入れている間、モンスターと同じ魔法を誰でも使用できる。日々の研究によってスキル詠唱の簡略化や爆風の小規模化に成功しただけであり、『同じ名称で違うスキルが発動している』だけだった。
「あれ、じゃあ進藤さんは普通のユーザー?」
「…ええ」
神妙な面持ちで頷いた進藤に対して、ハルは驚いた後、眉をひそめた。
「(あれ、知らない人に対して話してもいいんだっけ?なんかダメだって言われたような気が…)」
急に思い出して、進藤の今までの様子に納得がいったハルは慌てて取り繕う。
「まあまあ、所詮デバイスが一つ増えたようなものってことで!マユちゃんもカズヤくんもついていけてないし」
マユとカズヤの視線を受けて、進藤も我に返る。まずは脱出が最優先で、ハルに話を聞くのはその後で良かった。ここにいる三人以外の来場者がまだ水族館内にいる可能性もあるため、人命第一なのは何があっても変わらない。
しかし、進藤とハルがこの後会話することはなかった。
サーバーが復旧した直後、スタッフとの連絡を取っている間に、ファストトラベル不可に設定していた筈のサーバールームからハルだけが消えたからだった。
どうやって脱出したのか進藤には皆目見当もつかなかった。現在発見されているNOWHERE内の技術を駆使しても、設定を無視できる方法は無い筈だった。
◆
アンダーワールド特有のコンクリートより明るい灰色の地面を、ハルはUIを起動しながら歩いていた。
「もしもし?」
誰かに通話をかけていたようで、ちょうど繋がった。
「うん、一件落着。館内のユーザーも全員無事だったみたいだし、知ってる人間も限られてるしで大ごとにはならなさそうだね」
歩きながら、さっきまでの状況を報告する。通話相手の言葉に、ハルは小首を傾げた。
「私?不審者がられたし口滑らせたけど、うん、まあ、ギリギリセーフってことで」
「あ、説教はツケといてください」
通話相手が文句を言う前に先手を打った。
「大丈夫大丈夫、不審者って言っても幼女に手を出しかけただけだから。未遂だから。第三審で逆転無罪勝ち取れるから。一個前科がつくだけだから」
後半の方は真顔で必死だった。通話相手からのため息が漏れ、ハルに新しい指示が入る。
「りょうか~い。後でまた連絡するね。『セカンド持ち』の子もいたし、それも話させて」
通話相手の反応を待って、通話を切った。
ハルはこれからの出来事を考えて、いつも以上に満面の笑みになると、鼻歌を奏でながら誰もいないアンダーワールドの通路を歩いて行った。
ハルの足元の地面は一部だけ白く塗られていて、『2-3』という文字列が描かれていた。
ハルのデザインを作者Xで公開しています。
物語の想像の手助けになれば幸いです。




