回想
よろしくお願いします。
僕たち四人がこの世界に来たのはちょうど今から3年ほど前だった。あの日、教室で何気ない話をしていた僕たちを突如、光が呑み込んだ。そして気が付けば、別世界にいた。
「一体なんなんだよ」悠人は頭を振って立ち上がり声をあげた。
「おい、お前ら大丈夫か!?」悠人は近くで倒れていた僕をゆすった。
「ん、はると・・・?」
頭に靄がかかったかのような目覚めの悪さに僕は思わず顔をしかめた。
「おい、気が付いたか、蒼空!だったら他の二人を起こすの手伝ってくれ」そう言い残して、少し離れていた遥と唯の方に重い足取りで歩いて行った。
そうして僕たちは協力して意識の無い遥と唯を目覚めさせて状況を確認しあった。
「とりあえず、全員無事・・・みたいだな」悠人は歯切れの悪い態度だった。だがそれも仕方ない。今僕たちが置かれている状況については一切分かっておらず、ただとりあえず全員息があったというだけなのだから。
「ここどこよ」遥が誰に聞くでもなく呟いた。だがそれは全員が思っていたことでもあった。
「さあな。これからどうしようか」その悠人の質問に誰も答えを持っていないのは明白であった。誰一人として口を開くことは無く、何かが呻くような音だけが響いていた。
「とりあえず、動くか」悠人は全員に提案するように聞いてきたが、今この場においてまともに思考することもできず、ただ頷くことしかできなかった。それに何かしていないと不安に押しつぶされそうだった。
「ほら、唯いくよ」遥が先ほどから一歩も動かない唯の腕を取って立ち上がらせようとしたときに、唯が初めて口を開いた。
「ちょっと、みんなこれ見えてる?」そう言って唯が何もない空間を指さしていた。
「何言ってるの?唯?」遥が絶望したような目で唯を見ていた。おそらくこのような状況で遥は唯がおかしくなってしまったと感じているんだろう。
「いや、これ見えないの?」そう言って再度、何かがあるかのように空に指で円を描いた。
唯の様子にその場にいた全員が指さされたところを凝視したが、何も見えなかった。だがどうやら唯は別におかしくなったわけではなさそうだった。
「そっか、これ自分しか見えないんだ。それならみんな、自分の中からA3程度の大きさの板がとびだしているようなイメージをしてみて」唯はそれ以降何も話さなくなった。ただ自分の言う通りに行動しろという雰囲気を醸していた。
「うお、なんだこれ!?」次に声をあげたのは悠人だった。
「どうしたの!?」遥が悠人の声に驚いた。
「いいから、唯の言う通りにイメージしてみろって」悠人は先ほどから動かない僕と遥を急かした。
「えっ、なにこれ?」遥は驚愕している様子だった。その様子を見て僕も唯に言われたようにイメージしてみた。すると目の前に突然、エメラルド色の画面が広がった。
「なに、これ、名前・・・?」その画面の一番上には名前が載っていた。それに身長や体重などまるで健康診断でも受けたかのように厳密に載っていた。
「何これ?」遥がつぶやく。すると突然轟音が響いてきた。驚いてその音がした方を見てみると悠人が立っていた。
「うお!なんだこれ!?」悠人がどこか楽しそうにしていた。
「どうしたの?悠人?」全員が悠人の側に寄っていた。
「ちょっと画面を触ってるとさ下の方に「スキル」って項目があったんだよ」それを聞いてそれぞれ自分の画面をスライドさせる。
「あっ、ほんとだ」
「それでさ、そこをタッチするとなんか【剣豪】って文字が書いてあって、もしかしてと思って近くに落ちてたこの枝をさ、一振りしたんだよ。そしたらこの通りだよ」悠人は地面を指さした。そこには先ほどまでなかった溝ができており、とてつもなく鋭利な物に切り取られたかのように表面が削られていた。
「えっ、これ悠人がやったの?」僕は思わず悠人に聞いた。
「ああ、いや、そんなことよりもこれってさ。もしかして異世界転生ってやつか?」悠人は目を輝かせて僕たちを見てきた。それを聞いて、遥はよくわかっていない様子だった。唯は落ち着いた様子だった。そして僕は薄々そんな気がしていたが、まさか本当にそんな状況に自分が巻き込まれるとは今の悠人の言葉を聞くまで信じられなかった。
「遥、つまりね、私たちは別の世界に来たってこと」唯が遥に簡潔に説明した。遥はまさかという表情をしていたが、今しがた自分で見たことを思い出して唯の話に納得できたみたいだ。
「とりあえずさ、遥、スキルの欄見てみろよ。多分だけどこのスキルってのが、生き残るための鍵になると思うからさ」そう言われて遥は指を動かして言われるがままにスキルを確認した。
「なに?これ、癒しの聖女?」
「癒し・・・多分だけど回復系の何かじゃないかな」唯はそう言って、自分の手を遥の方に突き出した。
「これ、昨日本を読んでるときに切った傷なんだけど、治せない?」指に巻かれた絆創膏をとって見せた。
「治す?そんなことできるの?」遥が当然の疑問を投げかけたが、唯は少しも動かなかった。それを見て遥も呆れたような顔をして言った。
「何も起きなくても、文句言わないでよ」
「分かってる。でも多分その心配はいらないと思う。だって現に悠人は地面を削り取ってるし」それを聞いて遥自身も半信半疑だが、もしかしてと考えるようになった。
「えーっと、なんか言うの?映画とか漫画とかだと呪文を唱えたりしてるけど・・・」
「別になんでもいいんじゃない?それっぽいこと言っとけば」唯が無責任なことを言う。
「それじゃあ・・・なんだろ、癒しの女神よ、この者の傷を癒したまえ・・・とか?」不安げな声がか細く響いた。だが次の瞬間、唯の手を緑の光が優しく包み込み、まるでジッパーを閉めるときのようにみるみる内に塞がっていった。
「すげーな、遥」悠人が思ったことをそのまま口からこぼした。
「ほんとに、凄いね」思わず僕も声を出してしまった。そして同時にこの力があれば少しは安心できると感じていた。
「遥の力がどの程度の傷を治せるのかはまだ分からないけど、外傷によるケガの心配は限り無くゼロになったね」唯の言葉は僕たちに安心感を与えた。
「よし、それじゃあ次は唯だな。スキルは何だったんだ?」悠人が次を指名した。
「私のスキルは【魔導士】だったよ」こともなげに唯は教えてくれた。
「えっ!?まじで、おれもそっちがよかったー!」悠人がおちゃらけた様子でそう言った。
「そう?私は剣が使えるほうがいいと思うよ。それに多分だけどこれ、無限に使えるわけではなさそう」唯が彼女だけに見える画面を見ていた。
「どうしてそう思うんだ?」
「いやさ・・・まあいいやちょっと見てて」唯はそう言って掌を上に向けて見せた。すると手の中に収まる程度の火の球がぱちぱちという音を立てて現れた。その瞬間今まで薄暗くぼんやりとしか見えていなかった周りの様子が鮮明に視界に映し出された。
「うお、すげーな。やっぱり俺もそっちがいいな」悠人が火球を見ながら言った。だがその後すぐに火は無くなってしまった。
「ん?どうしたんだよ」
「疲れたんだよ。悠人や遥も薄々感じてるんでしょ。ずっと使える物ではないって」唯は二人を見て言った。それを聞いて悠人と唯は少し俯いた。
「不思議なことに、このスキルってやつはずっと昔から、なんなら生まれたときから使えるような感じがするけど、走ったら疲れるのと同じで体のエネルギーを使ってるみたい。だからエネルギーが無くなると使えなくなる。そんな感じでしょ?」悠人と遥は答えなかったが沈黙がしているということが何より、唯の推測を肯定しているのと同じだった。
「まあ、でもそれってスキルが使えなくなっても、寝て食べたら、また使えるようになるってことだよね?」遥が不安そうに唯に聞いた。
「多分ね。でもまだ分からない。おそらく、ほぼ百パーセントだと思うけど実際にその状態になってみないと分からない」
「そんな・・・」
「だったらさ、唯お前ちょっとエネルギーゼロの状態になってみてよ」悠人が言った。
「なんで私が?」唯が少し苛立った口調で悠人に向き合った。
「大丈夫だって。それに動けなくなっても俺が守るからさ」悠人が笑顔でそう言った。それを見て唯は不服そうではあったが了承した。
「ほんとに頼むよ」唯は再びあたりを照らし始めた。
「ありがとう、唯。それなら次だな。蒼空。お前はなんだったんだ」悠人がこちらに向きなおして視線を向けてきた。
「えーっと僕は、スキル「貸付付与」・・・なにこれ?」字面的に戦闘系の能力ではなさそうなのは一目で分かった。そして僕自身このスキルが一体どういう能力なのか検討もつかなかったと言えば嘘になる。
「貸付付与?どういうことだ?」悠人は首を傾けた。
「僕も詳しくは分からないけど多分、なにかを貸したりできるんじゃないかな」
「それは言葉からも分かるけどよ。なにかって何だよ」悠人が訝し気にこちらを見てきた。
「たぶんだけど、さっき唯が言ってたエネルギーとかだと思う。ゲームでいうMP?みたいなの。なんでかは分からないけど、感覚的にそれだと思うんだ」そうなぜか分からないが僕もみんなと同じように自分のスキルについてぼんやりと分かっていた。
「それなら、唯が動けなくなっても、すぐに動けるようにできるってことじゃない?それに私の回復スキルも使い続けれるってことじゃん」遥が嬉しそうに声をあげた。だが、おそらくそれは無理なことだと僕は感じていた。そしてそれは唯も同じだったらしい。
「遥、ごめんだけど多分、遥の言ってることは正しくないと思う」唯は断りつつもそう言った。
「えっ、どうして?」
「それは、たぶん私たちがスキルを使える原理と同じように蒼空のスキルにも限界があると思うからってこと。蒼空が倒れた時点で蒼空のスキルは使えなくなるよ。だから無尽蔵にスキルが使えるってことにはならないはず。でしょ蒼空?」唯は首を回した。
「うん、たぶんそうだと思う。おそらく、スキルでみんなに貸したりするときに僕のMP?エネルギー?が使われるはず。それに僕のスキルには制限がある感じがするんだ。スキルの名前的にもおそらく、最後には返してもらうことになるんじゃないかな?」申し訳なさそうにそう言うと遥ががっかりした様子でため息を吐いた。
「なに?ってことは蒼空から借りた場合はそのあとに返さないといけなくなるってこと?それじゃあいいないじゃん」遥が心底残念そうにした。
「いや、でも別に後から返したらいいだけで、誰も動けないみたいな危険な状況になった時とかは、その状況を打破する最善の方法になるんじゃないか?」悠人は庇うように言ってくれた。
悠人とは高校からの付き合いだが、ことある毎に庇ってくれるようなことを言ってくれる。僕が遥や唯と一緒に居られるのも悠人のおかげといっても過言ではない。
「まあ、確かにそうかもだけど、そんな状況になることある?」遥が不満げにそう言った瞬間に辺りが暗くなった。
「えっ、なに!?」遥は焦って大きな声を出した。だがすぐに唯の魔法が無くなったのだと気が付いた。
「あっ、そうか。さっきまで明るかったのは唯のおかげだったんだ」遥の一人事は自分を落ち着かせるためのものだったが、僕や悠人もその言葉で今の状況を再確認することができた。
「おい、唯。動けるか?」悠人が地面に仰向けに倒れた唯を上から見るように言う。
「口とか最低限の動きはできるけど、座ったり歩いたりは無理かな。なんか全力で持久走を走り終わって足に乳酸がたまっているみたいな感じ。しんどすぎて動けない。いや、どっちかというと風邪みたいな感じかな。だるいって感じ」そう言って唯はすぐに口を閉じ、目も閉じた。
「なるほどな。こんなスキルを使いすぎるとこんな状況になるんだな。これから何があるか分からないけど、気を付けたほうがよさそうだな」悠人がぶつぶつと顎を触りながら思案していた。
「よし、とりあえず知りたかったことは一先ず知れたし、蒼空、唯に貸してやってくれ」
「えっ?」
「え、じゃないよ。このまま置いていくつもりか?薄情なヤツだな」悠人が冗談交じりに言った。
「いいけど、たぶん返してもらうことになるよ・・・」悠人に確認するように目を向けた。
「知ってるよ。さっき言ってたじゃん。でもこのままだと俺たち動けないだろ?」
「わかった。やってみるよ」そう言ってスキルを発動させるイメージをした。するとその瞬間自分の身体から何かが抜けていくような感覚に襲われ思わず一歩後ずさりしてしまった。
「おい、だいじょうぶか?」悠人がその様子をみて心配してくれる。
「大丈夫だよ、初めての感覚だったから驚いただけ。多分次からは大丈夫」そう言うと悠人は安心したような顔になった。
「よしそれならいいな。唯、いま動けるか?」悠人は唯の方を見て言った。
「うん、動ける。さっき蒼空が倒れそうになったときに私は反対に何かが入ってきたような気がしたの。で多分今はもう動けると思う」そう言って、唯は体を起こし始めた。
「おっと」悠人は手を差し出した。それにつかまり唯は立ち上がった。
「うん。動けそう」唯は手を開いたり閉じたりしていた。
「それにしても、制限があるとは言え、たぶん蒼空のスキルはこれから私たちが生きていくには重要な要素になってくると思う」自分が今しがた経験したことから、今後の見通しをもって遥と悠人に話しかけた。
「そうなんだ・・・いや、そうだよね。協力して早く元の世界に戻らないと」遥が周りに確認するようにあたりを見回した。
「そうだな。唯と遥の言う通り、俺らにはこれから一秒も無駄にすることなんてできないな」悠人がみんなを鼓舞するように溌剌とした様子で応える。
「うん。僕もみんなの力になれるようにどんどん力を貸していくから、一緒に頑張っていこうね」
ここで、ようやく当面の目標が決まった。元の世界に戻ること。そのことが僕たちの最優先事項となった。
「よし、とりあえず、この薄暗い中から早くでるか」
「そうね。ここ空気もあまりよくないし・・・」
「そだね。とりあえず、進むのがいいと思う。それに真っ暗じゃないってことはどこからか光が入ってきているってことだしね」
そうして僕の長い旅が始まった。このときはこれから待ち受ける困難について何も気が付いてなどいなかった。
「おーい、いくぞ蒼空」悠人が呼びかけてくる。
「あっ、うん。ちょっとまってよ」僕は慌てて駆け出した。
ありがとうございました。