第49話 ラブコメ出会いの定番
(これはキッツイなあ……)
転送の感覚としては、急流すべりやジェットコースターに強い浮遊感を加えたような印象であったのだが――
そもそも研一は絶叫系は苦手な上に、似ているだけで大なり小なり違いはある。
ほとんど未知とも言える感覚に三半規管は大きく揺さぶられ、今にも吐きそうであった。
「あぅぅぅ……」
「…………」
そして、他の者達も無事とは言い難い。
センは完全に目を回して今にも倒れそうだし、マニュアルちゃんに至っては顔面蒼白で身動ぎ一つしていないというか――
研一と同じく、吐くのを必死で堪えているように見える。
「初めて転送陣使ったにしては大分マシな方ね」
唯一、平然としているロザリーとしては三人の醜態は予想どおりのモノでしかなかったのだろう。
慌てた素振りも見せず様子を確認したかと思うと、鞄から試験管を取り出して、素早く中に入っている液体をセンとマニュアルちゃんに振り掛ける。
すると液体がまるで霧のように霧散したかと思うと、意志でも持っているかのように二人を包み込んでいく。
「こんなもんかしらね? どう、二人とも? 落ち着いた?」
この不可思議な光景こそ、薬学魔法と呼ばれる薬の力を引き出す為の魔法であった。
ドリュアス国の魔法使いだけが扱う事が出来るとされている魔法体系で、薬の効能を強めたり、効果範囲を広げたりする事が出来る非常に特殊で希少な魔法だ。
「あ、凄いです。さっきまで凄くしんどかったのに、今はスッキリしてます」
「……中々やるじゃないですか」
しかも、ロザリーは相当な使い手らしく、頭痛や吐き気を抑えるどころか、ほとんど完全に二人の体調を回復させている。
本来なら手放しで、ロザリーの手際を褒め称える場面なのだろうが――
「……俺は?」
ロザリーが回復したのは、あくまでセンとマニュアルちゃんの二人だけ。
研一は完全に放置されており、十中八九わざと放置したと解っているだけに、批難がましい目を向ける事しか出来ない。
「あら。偉大な偉大な救世主様には、私みたいな下賤な者の助力なんて必要ないかと思いまして」
慇懃無礼とは、まさにこの事だろう。
丁寧な言葉とは裏腹に、ざまあみろと言わんばかりの皮肉たっぷりな顔でロザリーは嘲笑う。
「ほら、こっち来なさい。サーラ様の派遣した援軍が、こんな情けない奴だなんて思われても困るしね。回復してあげる」
とはいえ、少し苦しめたかった程度で、別に助ける気がない訳ではないらしい。
新しい薬を取り出しつつ、研一に手招きするロザリーであったが――
「うぉええええ……」
異世界に来てから常に胃痛を抱えているような研一だ。
ロザリーが想像している以上に胃の限界は早かったらしく、ロザリーが回復する暇もなく嘔吐物が放たれていく。
――かろうじて、魔法陣を汚さない場所に吐くくらいが限度であった。
「ちょっ、そんなに限界なら早く言いなさいよ!」
これには、さすがにロザリーも予想外だったらしく。
慌てて研一の傍に駆け寄ってくる。
(ここで汚いとか言って突き放して来ない辺り、何だかんだ言って優しい人なんだろうな……)
殺したいくらい自分の事を憎い筈なのに、それでも迷いなく駆け寄ってくるロザリーの姿を横目に――
(だから、センちゃんもマニュアルちゃんもさ。そんな目で見てやらないでくれ)
その後ろで、お前が放置したからだろうがと言いたげに批難がましい目でロザリーを見ている二人に、そんな事を思う研一なのであった。
○ ○
(水浴びかあ。風呂とは少し違うけど、やっぱ清めの炎で綺麗になっても、水には浸かっておきたいよね)
炎の国であるサラマンドラは水が割と貴重だったらしく風呂に縁がなかった研一であったが、どうやらドリュアスには水浴びが出来る場所があるらしい。
お湯でない事を少しだけ残念に思いつつ、それでも期待に胸を躍らせロザリーから聞かされた水浴び場へと向かう。
――ちなみにロザリーは嘔吐物の処理やら、救世主が入国した事への事務処理などでセン達と共に別行動中である。
(それにしても転送直後は、気持ち悪くて気付かなかったけれど――)
薬と植物の国という場所とメイド服の印象が強いロザリーの出身国と聞いていたから、巨大なハーブ園のような場所でもある事を想像していた研一であったが――
(むしろ大自然の国って趣だな)
一言で言えば大密林。
見渡す限り木々に囲まれており、上を見上げても生い茂った葉に覆われて空すら見えやしない。
(咽せそうな程に濃い匂い……)
けれど、そんな見慣れない景色以上に研一が圧倒されたのが森などに入った瞬間に感じる青々とした独特の香り。
それが触れられそうな程の濃厚な密度を持って、鼻を刺激する。
(この先だな……)
情景に感嘆していると水を掻くような音が聞こえてきた。
ロザリーに提示されていた方角的に目的地だろうと、木々を掻き分けて音のした方へと歩いていく研一であったが――
そこで音がした事の意味を、もう少し考えるべきだったろう。
「え!?」
目的地である湖に辿り着いた途端、一糸纏わぬ姿で水浴びをしている女性と目が合った。
短く切られた鮮やかな青い髪が印象的な女性である。
年齢は研一と同年代くらいで二十前後のように見えれば、十代半ばにも見えた。
細身で凹凸に乏しい身体付きではあるものの、真っ白い肌を水が滴り落ちていく様は元々白い肌を更に際立たせ、芸術品を思わせる美しさを称えている。
官能的というよりも神秘的な裸体。
思わず目を奪われてもおかくしない程の幻想的な光景が目の前に広がっていたが、研一が目を惹かれたのはそういう外見的な部分ではなかった。
「んっと……」
透き通りそうな程に綺麗な蒼い目が、睨むでもなく静かに自分を見詰めている。
まるで裸を見られている事なんて全く気にしてないとばかりに感情の読めない表情で、ぼんやりと研一を眺め続けていた。
それが覗きをした自分を咎めるものなのか。
それとも、驚き過ぎてマトモな反応出来ないでいるのか解からず、動けない研一に目の前の女性から声が掛かる。
「アナタも水浴び?」
「あ、はい。その予定でした……」
それは研一が想像していた、どんな反応とも違って。
あまりにも自然で気負いの欠片もなく放たれたものだから、研一は悪党の演技をする事さえ忘れて素で返答してしまう。
「そう。空いてるから好きな場所を使って」
それで女性は研一の事に興味など失くしてしまったように、研一に向けていた視線を外すと、身体を洗い始める。
初対面の男が傍に居るとは思えない対応だ。
(えっと、アレか? ドリュアスはそういう文化なのか?)
地球でも海外のサウナでは男女混浴の場所があるという話を聞いた事がある。
もしかしたら、ドリュアスという国では水浴びで男女が裸になる事は、恥ずかしい事ではないのかもしれない。
「入らないの?」
それでも戸惑って動けない研一に、女性から不思議そうな声が掛かる。
さすがにここまで言われて女性が出るまで待るというのは、何かおかしい気がする。
狐につままれたような気分で服を脱いでいき、研一が全裸になったところで――
「テレレ様。救世主一行が到着しま――」
新しい人間が水場にやってきた。
どうやら水浴びをしている女性、テレレを呼びに来たようなのだが、そこで研一の姿を確認するや否や言葉を止める。
「…………」
信じられない物でも見たように目を瞬かせたかと思うと、新しくきた人は目の前の光景が信じられないとばかりに――
今まさに全裸になって水場に入ろうとしている研一と、身体を隠しもせずにマイペースに身体を洗っているテレレへ何度も視線を往復させた。
「だ、誰か、来て下さい!! 狼藉者がテレレ様を!!」
そして、目の前の光景を現実だと理解すると同時に、悲鳴のような大声で助けを求め始めたのだ。
(え、いや、え!?)
どこから突っ込んでいいか解からず。
戸惑っている内に、気が付いたらあれよあれよという間に、研一は捕まってしまう。
これが救世主である研一と、ドリュアス国の党首であり心詠みの巫女と言われるテレレとの出会いであった。




