第282話 見殺しでも選んだのが自分ならば
「そして、神官長を援護しながら我々は何とか防衛線を死守していたのですが、ついに限界を迎えたと思った時です。南地点の魔族を追い払った救世主様が来てくれたものの、ほとんど同時に、東地点から信号弾が上がりました……」
それはプロディが魔族軍の増援を抑え切れず、セレスティア兵を連れて撤退を開始した合図であった。
だが、それでプロディを責めるのは、お門違いの話。
そもそも本気で攻め入ってきている魔族軍を一人で防ぎ切れる、研一があまりにも異常過ぎるだけ。
むしろ魔族の増援を相手取りながら、壊滅する事もなく、そこまで戦線を維持していたプロディも、異常というべき活躍ぶりであった。
「救世主様は迷いました。東地点であるプロディ様の援護に向かうか。それとも西地点に留まり、神官長と共に戦うか」
(やはり優しい方ですね……)
そこで慌てて仲間であるプロディを助けに行かず、迷ってくれただけで、セレスとしては十分だった。
それに今の会話で一つ、気付いた事がある。
(なるほど。道理で、ここまで被害が少なく済んでくれた訳です……)
セレスは研一の仲間であるセン達には、少しでも戦況が不利になれば逃げるように指示しておいた。
だが、どうやら二人はある程度の余力こそ残していただろうが、それでも戦線を維持する為に、限界まで残って戦い続けてくれたらしい。
(よく考えれば、当然の事だったのかもしれませんね)
そもそもセンとプロディも研一の仲間であり、セレスの命令に従う義理も義務も、最初から存在していない。
あくまで二人は、研一の為だけに戦っていたのだから。
(あの人の事です。犠牲者が増えれば増えるだけ、心を痛めて苦しんでしまいます)
もし自分だってセン達と同じ立場に居たなら、少しでも研一が安らかに過ごせるよう、力の限り戦っていた筈。
それこそが研一の痛みを最小限に済ませる方法である以上、研一の事を想うのなら、戦わないなんて選択肢取れる訳がないのだ。
――無論、常に逃げる為の算段や余力は残した上で、だ。
セン達が死ぬ以上に、研一を傷付ける事なんてある訳ないのだから。
「仲間の救援に向かうべきか迷う救世主様に、神官長は言いました」
そこで事態の把握に努めていたセレスを引き戻すように、エルの次の言葉が届いてくる。
情報の整理を中断し、セレスは次の展開を聞くべく、心を入れ替えていく。
だが、次にエルの口から放たれた言葉に、切り替えたばかりの心が一気に崩れ落ちた。
「『私の事はいいから他の場所に向かって! 厚かましいお願いだとは思いますが、どうかセレスを。娘の事だけは絶対に守って下さい!』」
だって信じられない言葉がエルの口から飛び出したから。
自身の耳を疑い、聞き間違いだと思わずには、居られない言葉であった。
「むす、め? 本当に、先生がそんな事を言ったんですか!?」
身体を走る痛みなんて忘れていた。
ただ衝動に突き動かされたようにエルの肩を掴み、力任せに引き寄せてしまっている事にさえ気付かないまま、セレスは必死で問い掛ける。
「……はい。間違いなく。セレス様の事を、娘だと仰っていました」
エルは力強く頷き、一字一句違わず神官長の言葉は伝えたと宣言する。
解かっていたのだ。
この言葉に込められていた意味の重さを。
傍に居たセンが、神官長の想いを全てエルに伝えてくれていたから。
「う、嘘です。先生が私をそんな風に呼ぶ訳……」
「……あの方は、ずっと後悔していたようです。最初に貴女を魔族を倒す為の道具だと伝え、乱暴に扱ってしまった事を。だから、自分には貴女の親を名乗る資格なんてないと考え、ずっと貴女の先生呼びを訂正出来なかった」
セレスが神官長の言葉を信じられないのも、無理ないだろうとエルは思う。
神官長に引き取られてすぐの頃、神官長の事をお母さんと呼ぼうとした事がセレスは何回かあったのだが、まだ復讐に囚われていた上に、亡くなった夫と実の娘の事が忘れられなかった神官長は、決してセレスの言葉を受け入れず――
魔族との戦いに役立つと思っているから育てているだけ、勘違いするなとセレスに母親と呼ぶ事を決して認めず、先生と呼ぶ事を強要していたのだ。
――その辺りの過去の思い出も、センの魔法と共にエルに伝わっていた。
「ですが、本当は、ずっと貴女の事を誰よりも大事に想っていたそうです。貴女と過ごす日々が楽しくて、実の娘の事さえ時に忘れてしまう。その事に罪悪感を抱きながらも、それでも貴女を実の娘以上に愛していく自分の気持ちを止められなかった、と」
「…………」
いきなり言われても受け入れられない。
何よりもエルに言われたからって、お前が何を知っているんだという話でしかないだろう。
そんなセレスの反応を見越していたように、エルは保管していた丸い水晶玉のようにしか見えない物体を取り出した。
「……もう少し容態が安定してからと思ったのですが、これを」
「なんです、コレは?」
エルから手渡されてみて解かったが、魔力の塊のような物らしい。
相当な力が込められており、無理やり形を留めているが、乱暴に扱えばすぐに壊れて消えてしまうであろう、物体と呼ぶには不安定な存在であった。
「救世主様からです。神官長を見殺しにする事しか出来なかった、せめてもの詫びと言われて渡された物です」
「……本当に、あの人は優し過ぎます」
これが研一が自分が神官長を殺した、なんて断言した理由の一つだったのだろう。
助けようと思えば神官長を助ける事が出来た。
けれど、神官長を助けていては、プロディとセレスにまで手が回らない。
それを仕方なかったと切り捨てられなず、悔み背負ってしまうのが、研一という人間なのだ。
「それで、これは一体どういう物なのです?」
(また魔族にでも襲われた時にでも使う、秘密兵器みたいな物でしょうか?)
セレスは差し出された水晶玉のようにしか見えない魔力の塊を持ちながら、どうすればいいか解からず困る。
見た目だけでは、用途が全く想像出来ない。
「セン様の魔力を使って作られた物体らしく、神官長がセレス様に遺した想いを、魔力で無理やり固めて保存した物だそうです。一度限りの遺言装置のような物、と仰っていました」
触れた状態で想いを見たいと強く願えば、発動するそうです。
エルは静かに付け加えると、そこでセレスを支える手を静かに離して告げた。
「……私が居ては邪魔でしょう。部屋の外に控えていますので、何かあればお呼びください」
そして、一度頭を下げると、そのまま部屋を後にする。
今のセレスには一人きりになる時間が必要だと言わんばかりの態度で。
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