第229話 光の修道女、セレス
「セレス。救世主様は、どうやら大変な女好きの男性という事です」
私こと、セレス・セレスティアは育ての親である先生の言葉に驚きを隠せませんでした。
救世主様と言えば、セレスティア国に語り継がれている御伽噺の人物で、セレスティア国が窮地に陥った際に降臨なされると謳われる英雄。
その力は万の魔族すら打ち払い、セレスティアを守る盾となってくれるなどと言われているのですが――
そんな偉大な方が、色欲に溺れた方だ言われても、到底信じられなかったからです。
「別段、驚くような事ではありません。神は不平等であり、力は正しい心を持つ者に与えられるとは限らないのですから」
「そう、なのですか?」
「ええ。表向きには、聖人のように描かれている救世主様ではありますが、これは救世主様が国に受け入れられ易くする為、情報改善されたモノ。かつての救世主様達も、決して褒められたような人格ではなかったと党首だけに伝わる記録には記されています」
「……」
私は先生の言葉に絶句するしかありませんでした。
今でこそ先生は神官長という立場にいますが、先代の国の党首であり、同時に先代のセレスティアの名を継ぐ者でもあったからです。
(その先生が語る以上、世間に語られる伝承こそが偽りだと納得するしかないのでしょうね)
物語の中で描かれている救世主様と言えば、命を賭して魔族と戦い、セレスティア国を守る為に死んでしまった悲劇の英雄という印象しかありませんでしたが――
どうやらそれは、嘘で塗り固められた偶像でしかなかったようです。
「そして今までの彼の歩みから想像するに、党首や国名を継承するような、力を持つ女性を好む傾向があるようですね」
渡り歩いた全ての国で党首やそれに類する女性を魔族を追い払う事を条件に手籠めにした上に、従わなかった者は特殊な魔法を使って心を奪い、奴隷にしたようです。
と、付け加えられた神官長の言葉に、私は怖気を覚える事しか出来ませんでした。
(抵抗出来ないような条件を付け、女性を汚すだけで飽き足らず。それでも反抗するような女性を魔法で奴隷にして言いなりに……)
それはもう、人として許されるような行為ではありません。
卑劣だなんて言葉だけでは足りない。
悪そのものとも呼ぶべき存在に、私は憤りを抑え切れず、身体から魔力が溢れていくのを止められませんでした。
もし、その救世主とやらが手の届く位置に居たのなら、セレスティアの名を継ぐ者として、私は戦いを挑んでいたでしょう。
ですが――
「セレス。その怒りは、ここで捨てなさい」
そんな私の想いは間違いだとばかりに、先生は私の戦闘意志を断ち切る言葉を放ちました。
「先生!? ですが、そんな悪をのさばらせておいては、どれだけの犠牲者が――」
「何度でも言いましょう。その怒りは全て捨てなさい」
有無を言わさず私の言葉を遮る先生の姿に、私はそれ以上何も言えません。
これは私が間違った事をした時に取る先生の態度であり、きっと私の判断が間違っているという事なのでしょうから。
「良いですか、セレス。もし救世主様が貴女の身体を求めるような事があれば、貴女は喜んでそれを受け入れなければなりません。身体も心も傷付き痛むでしょう。ですが心が壊されるなんて事は、あってはならないのですから」
すぐに頷く事は出来ませんでした。
だって、それは本当に大切な男性以外とは、してはいけない行為だと教わってきましたし、私自身、愛する人以外とは、そのような行為をしたくはなかったので。
「……もし私が若ければ、代わってあげられる事も出来たのかもしれません。辛い役目を与得てしまう事になって申し訳なく思います」
けれど、先生に辛そうな顔をさせる事の方が私には心苦しい。
魔族に両親を殺され、身寄りがなく野垂れ死ぬか、娼館に拾われるしか道がなかった私。
それを魔法の才を見い出し、ここまで育て上げてくれた方を悲しませてまで、拘るような事ではありません。
この方に助けて頂かなければ、とっくに散らされていた純潔。
ここまで守り続けられた事にこそ、感謝しなければならないでしょうから。
「貴女を党首にしてしまった事、セレスティアの名を継がせてしまった事、恨んでくれて構いませんよ」
「いいえ、先生を恨む事なんてありません。まさか今代に救世主様が現れるなんて、予想出来る訳ないのですから」
呪うのならば、自身の宿命と言うべきでしょう。
先生に助けられてなければ、娼館で。
助けて頂いた先でも救世主様の手に掛かる。
どの道、私には愛する人と添い遂げるような運命なんて、どこにもなかったというだけの事なのですから。
「このセレス。国を守る為、その身と心、全てを捧げましょう」
迫り来る悪意に、悲しんでくれる人が居るだけ幸せというモノ。
私は悲痛な顔を見せる先生の不満が少しでも和らいでくれる事を祈って、迷いを捨て、役目に殉じる覚悟が決まった姿を先生に見せるのでした。
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