第228話 幕引きは優しく残酷に
「私が居なくなった後のファブリスの事、心配してくれてるんでしょ? 何かあった時、すぐにでも駆け付けられるようにさ」
「……」
リティアの言葉に、研一は何も言い返せない。
完全に図星を突かれた形であり、反論出来る言葉なんて一つだってなかったから。
「アンタのお陰でこれ以上ないってくらい、良い形でファブリスは救われた。これ以上、無理してまでアンタが世話してやるのは、お節介ってもんよ」
これはリティアの本音だ。
当初の予定では単に人間と獣人の立場が逆転するだけで終わっていた筈だが、隠れてミリティに現在の助教を聞きに行ったプロディから聞いた話では、想像以上に良い方向に進んでいるらしいし――
リティア自身だって死んでいる予定だった。
「むしろ何でアンタがそこまで気に掛けてるのか、その方が私には不思議よ。他の国では、ここまでしてこなかったんでしょ?」
これがいつもの研一の対応だというなら、もう少しリティアだって甘えていただろう。
だが、千やプロディには今回みたいに戦いが終わった後も、国を気に掛けていた事は今までには、あまりないという話を聞いていた。
「……だって、俺のせいでもう少しで死んでたんだぞ。それならリティアが大事にしてたモノくらい、せめて落ち着くまで何かしてやりたいじゃないか」
ただ全く前例がない訳でなく。
過去にも研一が魔族との戦いが終わっても気に掛けていた事はある。
それはサラマンドラ国で、自分を庇ってサーラが怪我をしたのもあって、魔族との戦いの後にはフェットという悪党の残党を裏で倒していたり――
自分のせいで怪我をしたシャロンの足を治したりもした。
「何よ。そんな事、気にしてたの? そりゃあアンタが流した噂が民衆の暴動を速めたのは確かよ。けどね、アンタがやらなくてもしかるべきタイミングで、私は似たような事してたわ」
「けど――」
「私には感謝しかないわよ。ただでさえ貰い過ぎなのに、これ以上は、優しさに押し潰されて、それこそ死んじゃうって」
もしこれが同情や後悔から来る優しさではなく。
異性としての好意から来た優しさであったのなら、それこそリティアという人間は今までの過去も全て捨ててしまえていた程に。
たった一人、自分の策略を見抜く程に理解してくれた研一の存在は、孤独で生きてきたリティアには温か過ぎた。
「それにアンタなら解かったくれるんじゃない? 私だけさ、全部忘れて自分の好きなように生きていくなんて出来ないの」
だからこそ、リティアは研一の傍を離れるのだ。
このままでは自分のした事全てを忘れてしまってでも、研一から離れられなくなるから。
「暴動の時、少しではあったけど死者は出たわ。衛兵と民衆、それぞれがぶつかった時にね。その責任を、私は取らないといけない」
「それだって俺があんな噂を流したのが原因で――」
「そこまでいくと傲慢ってもんよ。そんな噂程度で暴動が起きるような状態に国を治めていた党首、つまり私の責任。さっきも言ったけどアンタの嘘なんて、私の計画を少し早めた程度。その程度の罪なんて、このくらいの罰で十分よ」
言葉と共にリティアは振り返ったかと思うと、研一のおでこに、コツンと軽く拳を当てた。
あまりに優しい罰は、「だから、それ以上、暗い顔なんてしないでよ」というリティアの気持ちを代弁するようであった。
「それにね。もうプロディと話して決めてるの。ミリティ一人じゃ、今のファブリスを治めていくのは難しい。だからマキーナ国からウィアーを派遣してもらう代わりに、私がマキの補佐に就くってさ」
だから、これ以上はアンタのお節介は必要ない。
なんてリティアは付け加えると、どこか意地悪そうに笑って提案する。
「それともそんな私の決意も過去も全部捨てさせてくれる? アンタが望むなら、私はそれでもいいわよ。残りの人生、アンタの為だけに生きて、アンタの為だけに死んであげるわ」
揶揄うような言葉とは裏腹に、リティアの目は真剣だ。
もし研一がその場凌ぎの嘘でも頷いてくれるなら、それで構わない。
今すぐに研一に口付けて、その身も心も捧げ、過去すら全て捨てて報われなかったとしても研一の為だけに生きただろう。
けれど――
「ごめん。それは出来ない。困ってたら出来る限り助けたいと思うし、傷付いたりもしたくないとは思うけど、それ以上の気持ちはリティアに持ってないから」
そんな誤魔化しの言葉で女を手に入れようとしたり、一時の欲望で抱かない人だからこそ、リティアは惹かれた。
その残酷なまでの優しさと、誘惑になんて負けない強い意志がなければ、きっと自分の計画がバレて、救いに来てくれる事もなかっただろうから。
「ふふ、アンタならそう言ってくれると思ったわ」
だから振られた事なんて悲しくない、と言いたげに笑うリティアであったが、それでも目の端には涙が滲む。
自分を理解して救ってくれた人との別れが辛くて。
もっともっと研一の事をたくさん理解する時間が欲しかったと名残惜しくて。
そして――
「けどさ、アンタ。せめて最後なんだから、もう少し格好付けてよ。それじゃあ色んな意味で収まりが付いてないわよ」
「……仕方ないだろ。俺だって男なんだ。そんな格好されたら、さすがに困る……」
ちゃんと女として見て、反応してくれたのが嬉しいやら。
そこまで興奮してるっていうなら、最後に思い出くらいくれる甲斐性見せてくれてもいいんじゃない、なんて言葉に出来ない想いを抱えて。
「ったく、それじゃあマキーナ国まで飛ばしてくれる? 出来るんでしょ、転移」
「ああ、元気でな」
「アンタもね。何でもかんでも背負って、潰れないでよ?」
「ああ、またな」
「っ。またね、お節介焼きの救世主様」
二度と会わない覚悟をしていたリティアは、最後に掛けられた研一の言葉に一瞬だけ言葉を詰まらせたが――
それでも嬉しそうに笑って、研一の前から姿を消す。
こうして研一のファブリスでの戦いは、本当に終わりを迎えたのであった。
これにて第五部終了です。
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