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人生で二度目の裁判 〜前編〜

前回(三十八話)の裁判の形式とはちょっと異なっています。その点、何卒ご了承ください。

本編が一段落したら、前回の裁判の形式を本話に合わせて整える予定です。


また、たくさんの「いいね」ありがとうございます!!

めちゃくちゃ嬉しいです!!

開廷時間の三十分ほど前。


ルヴァ様、ヴィデル様、カサル様、リュカさんそして私の五人はセレスチア城内の裁判所へと足を踏み入れた。

司法省の役人に案内されて原告側の証拠人席へと進むと、既に知らない二人の男性が座っていた。


私たちが席について少ししてから裁判長であるオスカ大臣が入廷。

続いて原告のレナール王太子殿下、被告のリュミル宰相も入廷した。リュミル宰相は両脇を兵士に固められている。


周りを見渡すと、傍聴席には九人の大臣、つまりオスカ大臣以外の全ての大臣が並ぶ他、貴族だけでなく平民の姿も多くみられた。


そして、開廷間近になって国王陛下が入廷し王族専用席についた。

宰相を相手取る裁判では陛下の立ち会いが必要となるのだそうだ。


オスカ大臣の挨拶によって厳かに裁判が始まり、早速レナール殿下が提出した訴状の内容が読み上げられた。


『リュミル宰相の罪は大きく三つ。一つ目はゼフェリオ王国との内通。二つ目は戦時中の情報操作。三つ目はゼフェリオ軍との戦を誘発したことだ。


他国との内通だけでも終身刑に値する重い罪である上、此度の戦ではアトラント領軍の機転がなければ我が国は甚大な被害を受けていた。


意図的に多くの国民の命を危険に晒したリュミル宰相の罪の重さは死刑に相当するものと考える』


訴状を読み終えたオスカ大臣はリュミル宰相に言い分を聞いたが、リュミル宰相は「特にない」とだけ言った。


そう言ったリュミル宰相の表情や口調からは感情が読み取れなくて、全ての罪を素直に認める姿勢なのか、それとも有罪にならない自信でもあるのか、何も分からなかった。


「では一つ目の罪状であるゼフェリオ王国との内通についての陳述に移る。証拠人は挙手の上で発言するように」


オスカ大臣がそう言うとルヴァ様が挙手し、話し出した。


「リュミル宰相とゼフェリオ軍の内通の証拠が見つかっている。大胆にも王家の封蝋を用いた正式な書簡の形式で行われており、その証拠文書は提出済みだ」


次にヴィデル様が挙手する。


「リュミル宰相のゼフェリオ軍との内通は、ヘルゲン元大臣が築いたゼフェリオ軍幹部との裏の繋がりを引き継いだものだった。こちらも証拠は提出済みだ」


するとオスカ大臣は手元をチラリと見て「確かに受け取っている」と言った。

そして今度はリュミル宰相へと視線を移した。


「リュミル宰相、一つ目の罪状及び証拠人の発言について認識の相違はあるか?」


「全て事実に相違ない」


え、こんなにあっさり認めるんだ。

もしかして全部素直に認めるつもりなのかな?


「では二つ目の罪状である、戦時中の情報操作についての陳述へと移る」


これについてはまず、ルヴァ様とヴィデル様がそれぞれ王家への通信に対して応答が無かったことを証言した。


次に防衛省所属の通信技師を名乗った男性が証言したのは、防衛省の幹部経由でリュミル宰相から通信を取り次がないよう指示されたということだった。

指示と併せて、ゼフェリオ軍がアトラント領の通信を乗っ取っているという偽の情報も伝えられたという。


……先日ルヴァ様から聞いた話では、リュミル宰相が防衛省大臣を買収したとのことだった。


けれど罪状には『買収』という言葉はなく、また通信技師の男性も『防衛省の幹部』という表現をしていることから、リュミル宰相が防衛省大臣を買収した証拠は揃っていないのかもしれない。


防衛省大臣の顔を窺い見ても、平然とした表情をしていた。


続いてリュカさんが、戦中に前哨基地から王城へと向かうセレスチア軍所属の斥候部隊を目撃したと証言した。


……リュカさんと一緒に馬車に乗っていたけど、私は全然気付かなかった。


斥候部隊が戦地へ送られたということは即ち、防衛省及びセレスチア軍の幹部がゼフェリオ軍の侵攻を認識していたことを意味するらしい。


そのためリュカさんの証言は、防衛省及びセレスチア軍の幹部が『戦時中であることを認識した上で』通信を無視するよう通信技師たちに指示したことの根拠となる。


先ほどの通信技師の証言と併せて考えれば、リュミル宰相もまた、戦時中と認識していたと考えるのが自然だ。


二つ目の罪状に対する証言が全て終わると、オスカ大臣はリュミル宰相に聞いた。


「戦時中であることを認識した上で防衛省に情報操作を行うよう指示を出した、そう捉えて問題ないか?」


リュミル宰相は、「問題ない」とだけ答えた。


……スムーズに進みすぎて怖い。


死刑を求刑されたのに、言い返したり、少しでも罰を減らそうと足掻いたりといったことをまるでしない。

それでいて反省している様子も一切なく、淡々と罪を認める様子に不気味さすら覚える。


「そうか……。では三つ目の罪状であるゼフェリオ軍との戦の誘発についての陳述に移ることとする」


まずルヴァ様が「ゼフェリオ王国との内通の証拠である書簡の中に、リュミル宰相がゼフェリオ軍を唆し戦を誘発する記述がある」と述べた。


次にヴィデル様がゼフェリオ軍の数が想定以上であったことや攻撃の苛烈さを説明した上で「前哨基地が落ちる寸前だった」と証言した。

また「兵の一部が『王命』によりゼフェリオ王国内へと向かわされ戦力が落ちていた上、王都への通信に対する返答がないため援軍が見込めず危機的な状況であった」と淡々と言った。


ヴィデル様の話の途中から、法廷内は騒めき出した。


アトラント領がゼフェリオ軍に攻められた話は国中に広まっていても、基地が落ちる寸前という危機迫る状況になっていたというのはまだ王家の他には貴族の一部の人間しか知らなかったようだ。


話を終えたヴィデル様から発言を促され、法廷内の皆の注目を一身に浴びながら用意しておいた言葉を口にする。


「前哨基地に雨のように降り注ぐ火や氷や雷を止めるために、魔道具の魔力の流れに干渉しその動きを止める魔道具を使いました。


この魔道具の対象はあくまでも『魔道具』であり、『人』に対して何か効力があるものではありません。使用した魔道具は証拠として提出済みです」


人に対して作用するような魔道具ではない、つまり魔道兵器じゃないということをしっかり主張したつもりだ。


私が話している間も法廷内の騒めきはずっと続いていて、「魔道具を止める魔道具なんて聞いたことがない」とか「そんなこと本当に出来るのか?」とかいう声が聞こえてきた。


続いてカサル様が王都からの援軍が見込めないためにストレイン領から援軍を連れて戻った際の状況説明をした。


「ストレイン領の援軍を連れて前哨基地へ戻った時、全ての魔道具が停止しておりゼフェリオ軍がほぼ無力化されていたことで、一気に形勢が逆転しました。前哨基地を取り囲んでいたゼフェリオ軍の戦闘兵を千ほど打ち果たした後、敵が潰走し戦を終えました」


それを聞いた傍聴席の騒めきは一層大きくなり、アトラント領軍、ストレイン領軍、そして私の働きを称賛する声が聞こえてきた。


オスカ大臣は厳しかった表情を僅かに緩めて少しの間黙っていたけれど、また厳しい顔に戻って「静粛に」と言い場を鎮めた。


最後にヴィデル様が、ストレイン領の援軍と私の魔道具が無かった場合の被害の試算結果を話し、甚大な被害が出なかったことが奇跡だったと強調して証言を締め括った。


オスカ大臣はリュミル宰相を見つめ、口を開いた。


「さて、リュミル宰相。三つ目の罪状について主張したいことはあるか?」


「ゼフェリオ軍がほぼ全軍で攻め込んできたためにアトラント領の前哨基地が危機的状況に陥ったことは私の想定とは異なったものの、その他は全て事実だ」


「では、あなたの想定は何だったというのだ?」


「ゼフェリオ軍が三千ほどで攻め込み、アトラント領軍が迎撃し多少苦戦する、あるいは数名の犠牲を出す程度を想定していた。


それを何度か繰り返し『このまま攻められ続ければいずれアトラント領軍が敗れるかもしれない』という思想を諸大臣や貴族議員らの中に広めることが目的だった」


「一体何のために?」


「この国を強くするためだ。我が国は所詮、ゼフェリオのような小国にすら勝てると思われてしまう惰弱な国なのだ。


形上は友好関係にあるとはいえ、軍事大国であるクラヴィシア帝国と国境を接しているにも関わらず、軍事予算は減ることはあれど増えることはない。


いつ帝国に裏切られ攻められるとも知れない。友好条約などという紙一枚、いつ破られるとも知れないというのに、だ。


そんなことも理解せず予算を出し渋る愚か者たちに強兵の必要性を分からせることが、この国を守るため宰相として為すべき責務であったと今も信じている」


反省する様子もなく淡々とそう語ったリュミル宰相に、傍聴席から猛烈な非難の声が巻き起こる。


オスカ大臣が何度も「静粛に」と声を上げなんとか場を鎮めると、証拠確認が始まった。


こちら側の証拠について、司法省の役人がリュミル宰相の前へ差し出し確認させるとリュミル宰相は何度も小さく頷いていた。


……こうして陳述はあっという間に終わり、司法省による評議のために一旦休廷となった。


数時間の休廷の後、判決が下るという。

あまりのスムーズさに、ちょっと拍子抜けするほどだ。


評議が終わるまでの間にお昼を済ませるべく、私たちは城内の食堂へと向かった。


食堂へ向かう道中、歩いているだけで女性たちの視線を集めるヴィデル様の隣を歩くのは複雑な気持ちだった。


前に城内を一緒に歩いた時もヴィデル様が視線を集めていたのは同じだけど、その時は私たちは夫婦でもなければ婚約者でもなかった。


私とヴィデル様の関係が変わると、周囲からの同じ視線でさえ違って感じるのが不思議。


食堂へ着き、しばらくしてメイドが運んできた美味しそうなランチを食べながら、周囲に配慮して小声でヴィデル様に質問する。


「もし陛下の指示があったならリュミル宰相の罪が軽くなったりしますよね? なのにリュミル宰相が何も言わないってことは、陛下は関与してないってことですかね?」


すると、意外な返事が返ってきた。


「もし陛下の関与があったとしてもリュミル宰相の口からそのことが語られることは恐らく無い。彼は極度の愛国者だ。自分がいかに罰せられようとも王家やこの国の転覆などは求めないだろうと予想している」


「……国を愛しているなら、他国と内通したり戦を起こしたりなんてしなければいいのに」


「愛国心というのは、国を富ませたい、強くしたい、守りたいといった欲求が根になっているはずだが、その想いが強すぎるあまり手段を選ばなかった愛国者が、意図に反して国を滅ぼした例は大陸の史実として存在する」


「ひぇ〜! 今回は国が滅ばなくてよかったです」


「今までは、愚かな奴がいたものだと思っていたが……今はそいつの気持ちが分からなくもない」


「え? ヴィデル様も国を滅ぼしたいとか思うんですか?」


……なんかちょっと似合うな。魔王みたいな感じで。


「そういう意味じゃない。さっさと食べろ」


そう言われてせっせとフォークを口に運びながら、頭の中ではヴィデル様の魔王コスプレの妄想が捗ってしまって、どういう意味だったのか聞きそびれてしまった。



――こうしてニ時間の休廷の後、判決が下された。


「被告人は、内通罪、反逆罪を犯しアトラント領ひいてはセレスティン王国を危険に晒した。自らの罪を認めてはいるが反省の様子は見られない。動機、経緯等の事情を合わせても死刑を回避すべき理由は見い出すことができなかった」


現宰相の、死刑判決。


少しの間、法廷内は静まり返り誰一人言葉を発しなかった。


オスカ大臣が「死刑判決だ」と言いなおすと、リュミル宰相がハッキリと「はい」と言った。


……リュミル宰相が判決を受け入れたため死刑が確定となり、このまま閉廷すると思ったその時。


レナール殿下がなぜか国王陛下に向かって口を開いた。


「私から陛下へ提案があります。そしてそれを、この場にいる皆様にも聞いていただきたい」


ずっと無表情で椅子の背もたれにもたれていた国王陛下が、体を起こして不機嫌そうに「何だ」と言った。


するとレナール殿下が聞き覚えのある言葉を言った。


「王家が抱える膿を出し切るべきです」


それ、ヴィデル様が言っていたのと同じ!!


「……膿だと?」


「国と民を守るべき王家に属する人間が敵国と内通するなど、決して許されないことです。しかしヘルゲン元大臣に続き賢宰と名高いリュミル宰相までもがその行為に手を染めました。


王家の中で同じ問題が続けて起きたということは、王家という組織の問題と捉えるべきです。これ以上、陛下の御代で内通者など出さぬよう徹底的に調査すべきと考えます」


「何が言いたい」


「城内のあらゆる金庫、書庫の一斉調査を提案します」


「一斉調査だと!?」

「我々を疑っているのか!?」


レナール殿下の言葉を聞くや否や、大臣の半数ほどが立ち上がって抗議を始めた。

傍聴席からは賛否両論が飛び交っているが、概ね貴族が反対、平民が賛成の様子。


陛下の顔色は変わらず、黙ったままだ。

どう受け取ったのか分からない。


オスカ大臣がなんとか場を鎮めると、レナール殿下は再び陛下に向かって言った。


「ちょうど王家の人間は皆この場に集まっています。陛下の承認さえいただければ、今この瞬間にも城内のあらゆる金庫、書庫を差し押さえる準備は出来ています」


「何だと!?」

「勝手なことを!」


ますます大きくなる傍聴席からの抗議の声。


陛下の表情は変わらないまま、大きなため息をついて言った。


「調査の必要などない」

「なぜです?」


レナール殿下が食い下がると、陛下はレナール殿下を睨みつけて言った。


「それはこの場で言うことでは無い」


するとオスカ大臣が口を挟んだ。


「御言葉ですが陛下、司法省としても同じような王家の醜態をこれ以上晒すべきでないと考えます。ですので、レナール殿下が用意されたせっかくの好機を必要ないとおっしゃる理由をお聞かせ願えますか?」


そのオスカ大臣の言葉に、陛下は苦虫を噛み潰すような顔でとんでもない言葉を口にした。


「リュミル宰相の行動は全て私の指示によるものだ」


確定したばかりの判決を覆すような衝撃的な発言に、法廷内はその日一番の喧騒に飲まれたのだった。


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