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初めて見る姿、初めて見る顔

ルヴァ様の執務室を出た私とヴィデル様は、一度離れに戻りしばらく本宅で過ごすための荷物を選んだ。

選んだ荷物は次々と使用人たちが本宅へと運んでいってくれる。


……あれ? 待てよ?

どこの部屋に運んでるんだろう?

本宅の中で過ごせとは言われたけど、具体的にどことは言われてないよね?


私とヴィデル様の衣類や書類、ちょっとした魔道具を作れるくらいの素材や工具も運び出してもらうと、ヴィデル様が外に出たので私もそれに倣う。


ヴィデル様は離れに鍵をかけて本宅へとスタスタ歩き出し……かけてピタリと止まった。

そして、こちらを振り返った。


私を待って、くれてる?


こういう時はいつも、一人で先に行ってしまっていたのに……。


こちらを見るその表情は普段通りの無表情だし、言葉も無いけれど、私を守ろうと気を遣ってくれていることがちゃんと伝わってくる。


思わず顔がニヤけてしまって、それをヴィデル様に気付かれないよう手で口を覆う。


「何がおかしい?」


……気づかれた。

目かな? 私、目もニヤけてた?


「おかしいことは何もないです。ただ、ヴィデル様が待っていてくれることが嬉しくて」


「……早く来い」


パタパタと駆け寄りヴィデル様の隣に並ぶと、私のペースに合わせて歩いてくれる。


し、幸せ〜〜!! じーんとする。

こんなことで私は幸せを感じるんだな。


……いや、相手はヴィデル様だよ? サイコパスでドSなヴィデル様が、私を守るために私が追い付くのを待っててくれて、追い付いた後は私のペースに合わせてゆっくり歩いてくれたんだよ!? 


全然『こんなこと』じゃない。これはすごいことだ。幸せを感じて当然だ。


本宅へ入るとヴィデル様は迷わず二階へ上がり、二階のルヴァ様の執務室の隣の隣のドアを開けた。


何も言わずに中へ入……ろうとしてまたピタリと止まった。


え〜〜!? 今日のヴィデル様、なんか可愛い!!


「……入れ」


「はぁ」


ドアを開けたまま押さえてくれている紳士を横目に部屋の中を覗き込むと、装飾品の無いあっさりとした部屋だった。


……聞かずとも誰の部屋か分かるんですけど。


そこに、離れから運ばれた荷物が二つに分けて置かれている。

私の荷物の山と、ヴィデル様の荷物の山。


「……これ、ヴィデル様のお部屋ですよね?」


「ああ。早く入れ。いつまで部屋の前に突っ立ってるつもりだ」


「いや、だって、私も?」


私が部屋に入る気配がないと判断したのか、ヴィデル様は私の手首を掴んでぐいぐいと部屋の中に引き摺り込んだ。


「荷物は後で片付けさせるからそのまま置いておけ。それから、魔道具作りは簡単なものだけにしろ。うるさいのも爆発するのもダメだ」


……私、爆発する魔道具なんて作ったことないんだけどな。


「あ、あの、私は別な部屋でいいですよ? ヴィデル様に申し訳ないですし」


この部屋、ベッド一つしかないし……。


「俺がお前と同じ部屋で過ごすと決めたんだ。文句言うな」


ぎゅう!! ぎゅうぅ〜〜!!

尊大な口調で、私を見下ろして言っているのに、優しさしか感じないよ?

私が変になったの? それとも、ヴィデル様が変わったの?


「……さっきからニヤニヤと、お前は自分の置かれた状況が分かってるのか?」


げっ! また私ニヤけてた?

さっきからヴィデル様が可愛いかカッコいいかの連続で、顔がすぐ反応しちゃうんだよなぁ。


……ん?


……剣?


あなたが手に取ったそれは剣ですね?

敵を斬る道具ですね?


え? この人、ペンがすぐに手に取れないと剣を手に取るの!?


土下座……しようとした私の手首をパシッと掴んでそれを阻止したヴィデル様は、「来い」とだけ言ってそのまま私を引っ張って行く。


最近、困ったらすぐ土下座しようとするのを見抜かれているらしく、絶対阻止される。

他の技編み出さないと……。


そんなことを考えながらヴィデル様に引き摺られるようにして付いていき、一階へ降り、外へと繋がるドアを出ると、中庭に着いた。


「す、すてき!!」


このお屋敷にこんな素敵な中庭があったなんて!!


周りをぐるりと本宅に囲まれているから外からは見えない。でも、上を見上げるとガラス張りになっていて、真上から日差しがたっぷりと差し込みとても明るい。


周りをレンガで囲まれた小さな人工池に、絶妙なバランスで植えられた木々や色とりどりの花々。

本宅と繋がる出入り口の近くの地面は土ではなく板張りになっていて、そこには白いデッキチェアとテーブルも置かれている。


お、お姫様みたい!


庭のセンスの良さに感動しながら花を眺める私の耳に、「ビュン、ビュン」という音が届いた。


ま、まさか……。


振り返れば、デッキチェアから少し離れたところで鬼が剣を振っていた。


なんで? なんでこの素敵なお庭で剣を振ろうと思ったの??

ていうか、ヴィデル様って剣使えたの??


……。


……ものっすごいかっこいいです。


いつの間にか肘まで捲られていたゆったりとした黒いシャツからは、鍛えられた腕が伸びていて、ゴツゴツとした大きな手に剣が握られている。

繰り返される無駄のない動きに、少しずつ汗ばむ首筋に貼り付く金色の髪。


ずーっと見ていられる。


デッキチェアに座って本格的にヴィデル様を眺めることにした。何にも考えず、ただただかっこいい夫を眺めていられる時間はすごく贅沢に思えた。


しばらくしてヴィデル様は突然剣を下ろし私の方へ歩いてきて、隣のデッキチェアに腰掛けて剣を床に置いた。


いつの間にか後ろのテーブルの上にはタオルとお水が入ったコップが置かれていた。

庭の出入り口を振り向くと、ティオナとレイアさんと目が合った。ティオナ……とレイアさんまでウインクしたーー!! 二人とも好き!!


ティオナが紅茶とドライフルーツの入ったクッキーを運んできてくれたので、ヴィデル様と二人でぼーっとお茶をした。


最近気付いたのだが、ヴィデル様は意外と甘いものを食べる。フルーツも食べるし、お菓子も食べる。好き。


「ヴィデル様、剣使えるんですね」


「お前が朝いつまでも寝ているから知らなかっただけで、時々振っている。……腕は兄上の方が上だけどな」


「カサル様が? 意外です。と言ってもカサル様のこと全然知らないですけど、物腰が柔らかいというか温和そうな方だったので」


「昔、兄上と訓練用の模擬剣で打ち合いをしたことがあるが、三回に二回は兄上の勝ちだった」


「え!?」


めっちゃ意外。いやカサル様が勝ったとか負けたとかそういうことじゃなくて、その二人が剣の打ち合いなんてする仲だったのがめちゃくちゃ意外。


それに、ヴィデル様がこんな風に自分のことやカサル様のことを話してくれるのって初めてな気がする。


本日二度目のじーんとした波がやってきて、思わず涙ぐみそうになった。


……のに、その波はあっという間に帰っていった。


「顔に付い……ふはっ」


隣のヴィデル様が私の顔をわざわざ覗き込んで笑ったのだ。


な〜に〜〜?? 何で笑ったの??

いつ見てもこのくしゃっと笑った顔がかんわいい〜〜!!


「どうやって両側に一つずつ付けたんだ? お前は本当に器用だな……くくく」


笑いながらヴィデル様は片手を伸ばし、人差し指と親指で私の口を両側から挟むと、そのまま指をそっとスライドさせて私の唇に触れた。


するとクッキーの欠片が二つ同時に口の中に入ってきた。


……ポリ、ポリ。


普段無愛想なイケメンがだよ?

笑ってるだけで破壊力がすごいわけ。

その上至近距離で唇摘まれてみ?

飛ぶよ? 私は飛びました。


それなのに、ヴィデル様の攻撃はこれで終わらなかった。


私の唇に触れたばかりの人差し指と親指で、お皿の上のクッキーをひょいと摘むと、何も言わずに真顔で私の口の前に運んだのだ。


そのワケを考えるより早く、素直な私の口はクッキーに噛み付いた。


……ボリボリ。


え? もう一枚?


……ボ、ボリボリ。


え!? ちょ、さすがにもう一枚は口に入らない!!


「ん! んぐうがが!」


私が声にならない声を上げた途端、美形がその綺麗な目を思いっきり細めて、「ふはっ、ははは、あはははは」と珍しく口を開けてお腹を抱えて笑った。


ヴィ、ヴィデル様が笑った!!


『ふはっ』とか『くくく』とか言ってくしゃっと笑うところは見たことあったけど、こんな風に楽しそうに笑うんだ!


う"〜〜〜たまらん!!!


誰かとこの感動を共有したくて、みんなにこの笑顔を見せたくて、ティオナかレイアさんがいないかと屋敷の出入り口を再び振り返ると、二人の他にも使用人やメイドたちが三、四人こちらをニコニコと見ていた。

その中には執事もいて、彼はニコニコしながらも涙を堪えていた。


彼女たちに大きく頷いてみせると、全員がコクリと頷きを返してくれ、皆とこの感動を共有できたことを感じたのだった。


お読みいただきありがとうございます!!

話を進めようとしているのに、結局平和回になってしまいました。。書いていて楽しくて。。

次回は進むはずです!!

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