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動き始めた

出来ることならずっと平和回や日常回を書いていたいのですが、そうもいかず、そろそろ物語が動き始めます。

「まずは王城とゼフェリオとの国境沿いの前哨基地へ通信機を設置する」


「カシャー」


……うん、真面目な顔で難しい話してる時のカッコいい顔がよく撮れてる。


「その二拠点からこの屋敷との通信においては何より通信の安定性・確実性を重視する。そのため基地局の要否の検証はせず設置を進めることにする」


「カシャーカシャーカシャー」


……うん、腕組んでるのもイイね! 

あれ? 四枚目、こっち睨んでる??


「エリサ」


「は、はいっ!! と、撮れた写真は四枚! 全てヴィデル様はカッコよく撮れています! ……ただ、四枚目はちょっと怖い顔に写ってしまったので披露宴会場には貼らずに大事にしまっておき……たひとおもいまひゅ」


話の途中で真顔のヴィデル様が片手で私の顔を掴み、容赦なくぶにゅっと潰してきた。


「俺は今大事な話をしていたな?」


「はひ、そうおもいまひゅ」


「それなのにお前はカシャカシャと撮影に夢中になって俺の話を聞いていなかったな?」


「き、きひていまひた!」


私の顔を潰す力が一層強くなり、至近距離で赤みを帯びた暗い瞳で睨みつけられる。


……前は、こういう風に怒ったヴィデル様がすごく怖かったな。でも最近は、怖いは怖いけど震えるほどじゃないっていうか、睨まれても怖いよりかっこいいが勝つっていうか。


結婚したから? 夫婦になったから?

……そうだ! こういうのも全部夫婦ゲンカってやつだよね!?


「じゃあ俺が言ったことを一言一句違わず……何でニヤニヤしてるんだ?」


げっ! 怒気が増した!

しかも手で掴まれる場所がほっぺたから喉に移動したーー!!


でも、奥さんだから殺さないよね?

夫婦、だもんね?


「へへ」


するとヴィデル様は立ち上がり棚から何かを取って戻ってきた。……ペン?


え……うそ……?


「壁の前に立て」


ぎゃーー!!!


私が慌てて『土下座でおでこゴンゴン』をしようとしゃがむより早く、ヴィデル様は私の顎を掴んで壁に押し付けるともう片方の手に持つペンの先をおでこに当てた。


「顔か腕か選ばせてやる」


よ、良かった。突き刺す方じゃなくて、書かれるほうだ。


「あ、では腕にお願いします」


安心して腕をどんと差し出すと、呆れ顔のヴィデル様がサラサラと大きな字で何か書いた。


ペンが離れたので腕を見ると、『私は自分の夫の話も聞けない愚か者です』と書かれていた。


え〜〜!! 夫!? ヴィデル様が自分のこと夫って書いた〜〜!!


またしてもニヤニヤが止まらない私に、ヴィデル様がやれやれという顔でため息をついた。


初めて見るその表情と仕草に、そしてそれを引き出したのが自分だということに、私はとても幸せな気持ちになった。


  *


その日の夜、久しぶりにヴィデル様と二階に上がるタイミングが同じになった。


いつもはだいたい、先にシャワーを浴びた方が先に二階に上がって先に寝ているのだが、珍しくシャワー後のヴィデル様が一階で書類の処理をしていた。

私がシャワーから出てくるとソファに座ったヴィデル様が書類をトントンと揃えて片付けるところだった。


「お疲れさまで〜す、お先に失礼しま〜す」


ヴィデル様の前を通り過ぎるときに、そう声をかけた。


二階への階段を上がっていると、ヴィデル様の足音が続くのが聞こえた。


寝室に入りベッドの自分の定位置に収まると、ヴィデル様もベッドに入ってきた。

ヴィデル様が隣に来たその瞬間、キスされた時のことを思い出してしまった。


あれ? 今までどうして普通に寝れてたの?

どうやって寝てたの?? こんな超絶イケメンの隣で?? こないだキスされたのに??


……自分のドキドキがうるさい。心臓が喉まで上がってきている感じがして喉がぎゅっと狭まる。


仰向けになっていたヴィデル様が顔だけこちらに向けた後、驚いた様子で上半身を起こした。

そしてベッドに片肘をつき、反対の手を私の顔に近づけてきたから勝手に顔が熱くなる。


「寝る時も付けてたのか」


私の首にかけられた金の鎖にそっと触れて、ヴィデル様はそう言った。

私自身に触れられたわけではないのに、心臓が跳ね上がる。


「そ、それはもちろんです。お風呂の時以外はずっと付けてますよ。いつもは寝巻きの中に隠れているんですが……」


「お前の寝相じゃ首が絞まって死ぬんじゃないか?」


「そんなこと……!」


思わずヴィデル様の方に体ごと向けて反論しようとすると、息がかかるほどの近さと、思い切り吸い込んだヴィデル様のどこか甘い匂いに、とうとう本気で息苦しくなる。


「や、やっぱり外しておこうかな! 鎖が切れたら嫌だし」


一旦休憩! ヴィデル様と距離を取ろう!

……そう思ったのに。


私が起き上がろうとするより早く、ヴィデル様の両手が私の髪をそっとよけて、鎖の留め具を手探りで探し始めた。


む、無理無理無理!!!


ひんやりとした手が手繰るようにくるくると鎖を回して留め具を見つけた途端、綺麗な顔と甘い匂いがもっと近づいてくる。


その間、私、息してなかったと思う。


器用にするりと鎖を外すと、暗闇の中でイケメンが満足そうに口元だけで笑うのが見えた。


「これで安心して寝れるな」


寝れるわけなーーーーい!!!


私には珍しく、しばらく寝れずに悶々とするはめになった。


隣のヴィデル様は綺麗な寝顔でスヨスヨと寝息を立てているのが悔しかった。


  *


次の日、朝食の後で執事がやって来てルヴァ様から呼び出しがあったという。二人で来いと。


何の話だろう? 


二人連れ立って本宅に向かう。


ルヴァ様の執務室に入ると、黒髪の男性が目に入った。

……カ、カサル様だ!!


もうどうにでもなれとたかを括っていたとはいえ、こんな突然出くわすなんてやっぱり気まずい〜〜!!


気まずさの分まで私が深々とお辞儀をすると、カサル様はそのグレーがかった翠色の瞳を細めてにこりとしてからお辞儀を返してくれた。


え、めっちゃ感じ良い人……。


でも、そんな感情もルヴァ様のあまりにも深刻そうな表情にすぐかき消された。


アリーシャ様とカサル様にやっぱり挨拶しないととか、遠距離通信魔道具をいつ設置するかとか、そういう話かと思っていた。


でも、ルヴァ様は見覚えのある曇った表情をしている。あれは……王家から通達があった時と同じ顔。


「我が領と隣国ゼフェリオの国境沿いで、ゼフェリオの小部隊の動きが活発になっているという報告を受けた。まだ数は百や二百という規模だが、こんなにも頻繁に動きを見せるのはこれまでに無かったことだ。それに」


言葉を切ったルヴァ様の後を、ヴィデル様が続ける。


「……こないだ屋敷に来て騒いだゼフェリオの奴らですか」


「ああ。奴らは商隊を装っていたが、対応した使用人は皆、あれは決して商隊などではないと言っている。積荷の量に対して商人と護衛の数が多すぎると」


「奴らは明確な意図を持ってこの屋敷に来た。そして、騒ぎを起こして裏へ回り込んで何かを探ろうとした……」


ヴィデル様がそう言うと、ルヴァ様が徐ろに机の上の紙を取り上げた。


「それだけじゃないんだ。今朝オスカ大臣から手紙が届いた」


ルヴァ様が私を見る。


「魔道研究所の研究員が数名、失踪したそうだ」


「しっ、そう?」


って、行方不明って意味の失踪??

研究員って誰だろう。しかも数人同時に??


「魔道研究所の所長であったエルストと、ヘルゲン大臣はすでに王城内に投獄されている。二人の証言からあの件への関与が疑われた者も全て聴取のため勾留されているそうだ。それにも関わらず、また何かが起き始めている」


「ゼフェリオの動きと魔道研究所の件に関連があると見るべきでしょうか?」


カサル様が初めて口を開いた。男性にしては高めの、不思議な魅力のある声だった。


「……関連がある可能性が高いとは思う。だが、ゼフェリオと王都に挟まれる我が領としては、先入観によってどちらかへの備えが疎かになれば大事になる。起きたこと一つ一つをしっかり見定めていこう」


「承知しました。私はこれより前哨基地へと向かいます」


カサル様は凛とした口調でそう言った。


「戻ったばかりで済まないが、頼む」


「私も……」


ヴィデル様の言葉をカサル様が遮った。


「ヴィデルはエリサの側にいるべきだ。ゼフェリオの件も魔道研究所の件も、どちらもエリサ狙いの可能性だってあるんだから」


そう言って私を見たカサル様は『心配だ』と顔に書かれているかのような表情をしていて、本当に私の身を案じてくれているのだと感じた。


「その通りだ。前哨基地はカサルに任せ、ヴィデルはエリサとしばらく本宅で過ごせ。その方が守りやすい」


「基地の兵を数名こちらへ寄越しますか?」


「ああ、頼む」


何だか、本当に、申し訳ないな……。

狙いが私なのかはまだ分からないけど、私が狙われている前提でルヴァ様やカサル様が動いてくれている。


ふとヴィデル様を見ると、その顔には仄暗い色が浮かんでいた。初めて見る表情だった。


なぜそんな表情しているのか、今ヴィデル様はどんな気持ちでいるのかが全然分からないことが、一番私の心を締め付けた。


いつもお読みいただきありがとうございます!!

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