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ご褒美

昼食の後、ヴィデル様はアトラント家の敷地内の警備強化についてルヴァ様や執事と話し合うためしばらく本邸から戻らなかった。


だが、昼食時からすでに研究室の前に誰かがいて警護してくれていたし、ジルやレイアが代わる代わるやってきて側に付いていてくれた。


だからもう怖くはなかったけど、またこういうことがあるかもしれないと思うと、やっぱりスタンガンを作るべきかなと思う。


……後でヴィデル様がこっちに帰ってきたら相談してみよう。


  *


「……というわけで、新たに警備の人員を増やすのではなく配置変えを行うことと、敷地外で不審者を発見した場合の対応方法を見直すことになった。あとは窓ガラスを順次耐魔ガラスに替えていく予定だ」


「なるほど……。確かに、今から新しい人を増やしたらそれこそ変な人が紛れ込むチャンスを与えてしまいかねないですもんね。耐魔ガラスは高価ですし、何だか申し訳ないです……」


「遠距離通信用魔道具の利用料で儲かる分に比べれば、耐魔ガラスの費用など雀の涙ほどだろう」


「え!? そんなにですか?」


「ああ。だから気にするな」


「……はい! じゃあ私は遠通魔道具をしっかり完成させます!」


「通信機は出来たか?」


「出来ました! 通信傍受のテスト済みです!」


「見せてみろ」


椅子から立ち上がっていそいそと自信作を棚から取り出す。通信機が三つに、テスト用に魔素を発生させるための無限ループ回路が一つだ。

通信機の一つはヴィデル様に渡し、もう一つの通信機は私が持ち、最後の一つはローテーブルの上に置いた。

テスト用の無限ループ回路に魔力を流し起動する。


「では、私の通信機からローテーブルの通信機宛に発信しますので、ヴィデル様はお渡しした通信機を持ったまま間に立ってください」


バスルームの方まで行き、ヴィデル様ともローテーブルとも距離を取ると、通信機を起動して小声で適当に「肉三昧」と吹き込んだ。


ヴィデル様の元へ駆け寄る。


「発信しましたので、受信出来るかやってみてください!」


ヴィデル様は手元の通信機を起動し顔に近づけているが何も反応がない。私も顔を近づけてみるが何も聞こえない。


「では次に、ローテーブルの通信機を起動してみてください」


ヴィデル様は手元の通信機をテーブルに置き、ローテーブルの通信機を起動した。するとはっきりと「肉三昧」と聞こえた。


「よく出来てますね!! 我ながら!! 私一人で百回もテストしましたが全部成功したんですよ!」


得意げにヴィデル様を見上げると、少しだけ目を細めた優しい顔をしていた。


「そうだな、よく出来ている」


そう言って髪を拭いてくれた時と同じように頭をわしゃわしゃと撫でられた。


え〜〜〜!! 嬉しい!!


どうやらヴィデル様が『頭わしゃわしゃ』を習得してくれたらしい。手つきは容赦ないので髪がボワボワと乱れたが、そんなもの頭をブンブンと左右に振ればだいたい直る。


頭をブンブンと振っている私を見て、ヴィデル様が「ふっ」と笑ったのが目に入った。


私が頭を止めると、ヴィデル様が口を開いた。


「テストはどうやってやったんだ?」


「それはですね!! 魔素の進路の法則が分からないので、耐魔室で様々な魔素濃度の条件下で通信機をランダムに配置してテストしました! 結果はまとめてあります!」


「そうか。あと、兄弟石と夫婦石のどちらを使ったんだ? どちらも互いに魔力を送り合う一対の魔石という点では同じと以前言っていただろう?」


「それはですね!! 兄弟石を使いました! 兄弟石は同じ一つの魔石から作られるという特徴があります。夫婦石は別々な親、つまり別々な魔石から作れますが、兄弟石は同じ親、つまり同じ魔石からしか作れないのです」


「……夫婦石は三つ目、四つ目を後から追加で作ることができ、それを使えば傍受できてしまう。一方で兄弟石は親となる魔石さえ隠してしまえばそれ以上は作れない。そういうことか?」


ほんとヴィデル様って頭の回転が早い。私の遠回しな説明でもすぐ要点に気づいてまとめてくれるんだもんなぁ。

しかも話したいポイントをピンポイントで聞いてくれるからつい興奮してベラベラしゃべってしまった。


「その通りです。ですので多少値が張りますが兄弟石を使い傍受されるリスクを無くすことにしました。でも……」


まずは王都や前哨基地との通信からスタートするから傍受されないことが大事な要件だけど、将来的に貴族だけでなく平民たちにも普及させていくのであればコストを下げて通信機の価格も下げる必要があるかもしれない。


「まずはそれでいい。将来的にどっちを使うか、あるいは両方用意し用途に応じて使用者に選ばせるかは今決める必要はない」


「は、はい!!」


本当にこの上司とは仕事がしやすい。あれこれと細かい指示を飛ばして来るわけじゃなく私の裁量に任せてくれる一方で、ちゃんとポイントを押さえて確認と承認をしてくれる。


だから、自分で考えて工夫して楽しく仕事ができるのに、ちゃんと確認してもらえている安心感を持って前に進むことができる。


以前ヴィデル様から出された遠通魔道具の課題は四つあった。


通信が傍受される可能性、無限ループ回路に適した魔石の選定、魔素が薄い場所で通信できない可能性、そして基地局不要のケースの四つである。


前者の二つは解決済みとして、後者の二つは通信拠点を増やしていく中で課題に応じて対応を検討することになっていた。


と、いうことは……。


「あ、あの、ヴィデル様?」


「なんだ」


「約束を覚えていらっしゃいますか?」


「約束?」


「はい。ゴホン。『撮影は、遠距離通信用魔道具が完成したらいくらでもさせてやる』ってやつです。今解決すべき課題は解決済みですし、通信機も無限ループ回路も完成しました!」


「……それは俺の口真似か?」


げっ! 怒った? 調子に乗ってふざけすぎた。


「いえ! えーと……そう! これはセドリックさんの真似です! へへ」


「ならセドリックを呼ぶから好きなだけ撮影しろ」


「げっ! 違います! ごめんなさい! ヴィデル様の口真似でした! もうしません!」


「……」


「ヴィデル様を撮影することだけを楽しみに毎日頑張ってきたんです! お願いします! お願いします! お願いお願いお願い……」


途中から土下座し、さらに最後の方は床におでこをゴンゴンと打ち付けて懇願する私をさすがに不憫に思ったのか、ヴィデル様が目の前に跪いた。


ヴィデル様は「変な奴め」と言いながら私の顔を無理矢理上げさせると、私の顔を見て「くくくく」と笑った。


え〜! 何で笑ってるの? かわいい。

この顔撮りたいなぁ。もう撮ってもいいかな?


するとヴィデル様が立ち上がり棚から映像記録用魔道具を持って戻ってきた。


え!? 撮っていいよ、って持ってきてくれたの!? 優しい〜!!


と思ったら、なぜかヴィデル様は記録用魔道具を構えて私に向けた。カメラを向けられるとつい癖でピースサインを作ってしまう。


出てきた写真を見ると、半笑いでおでこに丸く跡が付いた間抜けな顔が写っていた。


それを見たヴィデル様は片手で顔を覆ってフルフルと震えている。


「ヴィデル様!!!」


「……分かった。約束だ、好きにしろ。いつでもどこでも好きな時に好きに撮れ。くくくく」


許しが出るや否や、私はヴィデル様が床に置いていた記録用魔道具を秒で構えてヴィデル様を連写した。


写っていたのは、手で顔を隠して笑っているヴィデル様と、手で顔を隠さず笑っているヴィデル様の尊いお顔だった。


やっと撮影許可が降りた上にずっと撮りたかったヴィデル様の笑顔が撮れた〜〜〜!! かっこいい!! かんわいい!!


撮れた写真に夢中になっていた私は、ヴィデル様が私の間抜け顔の写真をそっと自分のポケットにしまったことに気が付かなかった。


間が空いてしまってすみません!!

引き続き、よろしくお願いします!!

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