故郷は魔王に焼かれて想うもの2
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その後授業が始まり、今日は彼女一人なので、皆んながいる時の読み書き算数ではなく、宇宙の話とか、その宇宙を支配する原理とソレが人に及ぼす作用だとか、ツフガの言葉とか、心底どうでもいい話が続き、最後は人が在るべき姿を知るとやらの為の実践法として、呼吸法とやらをやらされた。
彼女はずっと死んだ魚の目をして、ただ時間が過ぎるのを待った。傍目から見たらちゃんと授業を聞いてちゃんと瞑想をやっている風、に見えるが何も聞いちゃいないし考えてもいない。ただひたすら、人生は虚しいと感じていた。ある意味、いや、その意味においては、境地に達していた。齢十一にして虚無の哲人だった。
授業が終わり彼女はお廟を後にしたが、解放感も何もない。ただ時が過ぎただけ、である。友達と遊ぶ予定もないしつもりもない。家へ向かった。
途中数人の村人から、通りすがりに声をかけられた。「おや、サラ。お勉強の帰りかい? 偉いねぇ」
彼女はうんともすんとも答えず、足を止めることもなく、死んで三日経った死体のような白い目でチラリと一瞥して通り過ぎた。それはもう、相手の方が耳たぶ真っ赤にして、何か悪いことを言っただろうかと気に病むくらいに。
彼女の家はこじんまりした一軒家。この村のどこにでもある家となんら変わりない、彼女主観で言う処「貧相な家」である。
木戸を開いて入ってすぐは土間があり、カマドがあり、その奥に上がりかまちあり、黒い床板の部屋がある。
帰宅した彼女を迎える人は誰もいない。兄も弟もまだ帰ってきていなかった。
「ふん」小さく鼻を鳴らした。
お廟の前の広場には既に姿なかった。兄は色々用事があるから分かる。が、弟のユウがいない理由はない。口の端軽く歪め蔑む笑みを浮かべた。
「どうせ子供と遊んでいるんだろう」もちろん彼女も子供だが。
既に夕刻、お腹が空いていることに気づいて夕飯の支度を始めた。
箱膳を三つ並べ、お茶碗とお皿とコップを乗せる。お茶碗は白い釉薬の飛びカンナ文、お皿は表が白い釉薬で同じく飛びカンナ文、裏が茶色。コップは薄っすらモールが入っているだけで華美な装飾はない。陶器もコップも肉厚で、粗野で野太い通好みの器。しかし彼女には見慣れた物で、何の価値も見出せない。
並べ終わった彼女は、しかし料理に取り掛かるわけでもなく、座って待った。ほどもなく入口の扉がガラっと開き、隣のルル姉さんが「ゴメンねぇ。待ってた?」と晩御飯を持って入ってきた。
「そんなに待ってないわ」と答えたサラハナウラ。立ち上がり受け取るわけでもなく座ったまま。
ルル姉さんはお櫃を板の間に置くと、オカズを取りに戻った。何回も往復するがサラは手伝わない。全て運び終わったルル姉さんはお茶碗にご飯をよそってくれた。
「今日の献立は何なの?」サラの問いに、
「沢蟹ご飯に、芋の煮っころがしとカボチャのお味噌汁よ」とルル姉さんは答えた。
死んだ魚の目が微かにトンがったサラハナウラ。
「私カボチャ嫌いっていつも言ってますよね?」
「あら。うふふ。ダメよ、サラ。好き嫌いしちゃ。カボチャはとっても栄養あるんだから」
ルル姉さんはカボチャの栄養についてのほほんと力説して帰って行った。
サラはカボチャを避けてほかの部分だけ食べた。芋の煮っころがしに箸をつけ、芋とうんこの関連性に思い至り一気に食べる気が失せた。白菜の漬物をバリバリ齧りながら思う。
こんな村出て行ってやる。
が、すぐに。
いや、無理か—。自嘲気味な笑みを浮かべる。無理だろう、と。彼女が村から出ることを、誰も許さない。どんなワガママでも聞いてくれる人々だが、それだけは許してくれない。兄がクムラギへ行く度に、連れて行ってくれるよう頼んだ。それはもう何度も。けれどいつもは優しい兄がそれだけはうんと言わない。他の人も同じ。オニマルさんもラナイさんもルル姉さんもクソ爺ィも。また今度ね、とか、もっと大っきくなったらね、とか言って誤魔化して、その今度はいつまで待っても来ない。
私は一生ここで朽ちて行くんだ—。
白菜の漬物バリバリ齧りながら嘆息した。ところで白菜も前述の肥料である。
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ユウが帰ってきた。が、兄の姿はない。
「ユタは?」サラが聞くと。
「なんだか知らない人が来て、一緒に出て行った。なんだか慌ててたよ。お兄ちゃんだけじゃなくて皆んな出て行ったよ」
「出て行ったって、村の外へ?」
「そうだよ」
「どこへ? クムラギ? イホハラ?」
「知らない……」
クムラギへ行くのならそれなりの準備が必要だからイホハラかも知れない。が、行き先はどうでもいい。
また私だけ置いて行った。と腹立たしく感じた。私だって、もう子供じゃない。と、全ての子供が必ず思うことを思った。余談だが同じ脳みそが、大人になると『幾つになったら大人になれるんだろう』と事あるごとに自省するのである。
「ご飯、自分でつぎなさいよ」弟に冷たく言い渡して、彼女は風呂の支度を始めた。
風呂は裏庭の縁側に出て、縁側の端に入口がある。母屋とは別棟の掘っ建て小屋。カマドの上に風呂桶が乗っていて薪を焚いて沸かす。竹の洗い場が設えていて、風呂桶に並んでいる。
手押しポンプを数回押してやると、ゴポゴポと水が出てきて桶に溜まりだす。ジャバジャバと桶の底に溜まっていく水を眺めながら思う。クムラギには大きな浴堂というものがあるらしい。ラエモミには大理石の大浴場があるという。そればかりでなく、賭博場とかツキツキ小屋とか芝居小屋とか西国料理屋とかひしめき合っていて、それはもう夢の国のようだという。
「私だって……」ポツリと彼女は呟く。
「大理石のお風呂入ってみたい……。ラエモミとか……、行ってみたい……。パエリア食べたい、トバクしたい」もちろん賭博が何かは分かっていない。




